紫陽花あれこれ
<エッセイ その213>
先日、カリフォルニア州北部のサンノゼ市に住む親友が、ちょっと遠出をしたよと写真を送ってくれました。
ハイキングが趣味の親友夫婦。家の近くの自然トレールやちょっと遠くのトレールと、時間ができると気の向いた場所に歩きに行っています。
今回は、IT業界の盛んな「シリコンバレー」と称されるサンノゼ市から、南へ2時間ほどドライブ。観光地として有名なモントレー(Monterey)やカーメル(Carmel-By-The-Sea)より小1時間南下した、ビッグサー(Big Sur)を選びました。
ビッグサーへ行くには、太平洋を臨む断崖絶壁の道路を通ります。美しい海と海岸線にそそり立つ山々と手つかずの大自然を満喫できる一方、頻繁に起こる崖崩れのため、この辺りの集落は「陸の孤島」にもなりやすいところ。
そんなビッグサーでは、やはりピクニックやハイキングが一番の楽しみでしょうか。
カリフォルニアの冬は雨季で、11月くらいから5月初めまで降ったり止んだりの天候が続きます。
その雨季が明ける、5月下旬。この時期は夏のバーベキューシーズンのスタートと称される「メモリアルデー」の休日もあり、みんながどこかに遠出をしたい季節です。
これから本格的な乾季の夏を迎えるカリフォルニアで、爽やかな晩春を楽しむ、ビッグサーのハイキングとなりました。
ようやく雨季が明け、これから一滴も雨が降らないカリフォルニアに対して、夏を目前に「ジメジメ雨」に悩まされる日本。
けれども、そんな悪天候でも楽しめるのが、色とりどりの紫陽花(あじさい)です。
今日は、紫陽花のあれこれを雑談いたしましょう。
紫陽花は英語で Hydrangea(発音は「ハイドレィンジァ」といった感じ)。
学名も似ていて、Hydrangea macrophylla(ハイドランジア マクロフィラ)というそうです。
わたし自身は、江戸時代末期に長崎にやって来たドイツ人医師シーボルトが現地妻オタキさんにちなんで名づけた Hydrangea otaksa(ハイドランジア オタクサ)というのが学名なんだと思っておりました。
が、すでにシーボルトが名づける前に「マクロフィラ」の学名が存在したそうで、残念ながら「オタクサ」は通称となったようですね。
そうなんです、紫陽花は日本の古来種。在来種のガクアジサイやヤマアジサイから種類がどんどん増えていきました。
すでに奈良時代には欧州にも渡っていたそうで、かの地で改良され逆輸入されたものが、西洋アジサイ。楚々としたガクアジサイに対して、近年は華やかな西洋アジサイの品種も増え、今年はどんな新種が出てくるのかとワクワクします。
そう、紫陽花の新種は、毎年驚くほどたくさん開発されているようですよ。
こちらは、『ハイドランジア ディープパープル』。デンマークで開発された品種です。
最初は緑色をしていますが、だんだんと紫がかってきて、最盛期にはかなり濃い紫色(ディープパープル)に変化。そのあとは、渋みのある灰色になるそうです。
ディープパープルというと、1970年代に一世を風靡した、イギリスのロックバンドと同じ名前。1972年にリリースされた「ハイウェイ スター」という曲は、どなたも耳にしたことがあるのではないでしょうか(アルバム『マシン ヘッド』に収録)。
紫陽花のディープパープルも、風変わりな色合いで、個性が光ります。
こちらは、名づけて『月虹(げっこう)』。「日本フラワー・オブ・ザ・イヤー 2021」を受賞した新種です。
フラワー・オブ・ザ・イヤーは、毎年、鉢物・ガーデニング・切花の三部門で審査され、3年前に鉢物部門の最優秀賞に輝いたのが、こちらの紫陽花。
なんともユニークな、細長い曲線美を誇る花びらで、色はピンク系とパープル系があります。
白っぽい色からだんだんとピンクやパープル、緑の色味が濃くなり、長い期間にわたって変化を楽しめる、嬉しい鉢植え品種となっています(長ければ、5ヶ月ほど楽しめるそう)。
こちらの『月虹』は、2014年に福岡県筑後(ちくご)地区で結成された『ハイドランジャーズ フクオカ(Hydrangers FUKUOKA)』という生産者団体が、6年かけて開発した品種です。
久留米市を中心に、朝倉市、大川市、広川町の6名の花農家の方々が集まって結成した団体で、紫陽花のオリジナル品種の開発に携わっていらっしゃいます(「ハイドランジャーズ」という名前が粋ですよね!)。
こちらは、今月、福岡市東区箱崎にある筥崎宮(はこざきぐう)の「あじさい苑」に出品された新種の数々。
『ハイドランジャーズ フクオカ』が手がけた品種が展示されていて、右端が今年の主力となる『月虹』。
一方、右奥にある薄いピンクと薄紫の鉢植えは、『月影(げつえい)』という新種です。
とんがったイメージの『月虹』とは対照的に、まんまるな、柔らかいイメージの品種です。人気投票をしたら一位を獲ったくらいに、みんなに好まれる優しさがあります。
濃い緑の葉っぱも、いかにも紫陽花の葉といった印象で、お絵かきに出てくるような愛らしさがありますよね。
『月影』は、来年の主力品種になるのでは、と期待されています。
そして、手前にあるのは、『ビー玉』という試作品種。丸い、可愛らしい形と透明感のある色彩から、ビー玉と名づけられたのでしょうか。
試作品種なので、これから市場に出荷されるかは、保証の限りではありません。
そう、紫陽花の品種開発は、それこそ激戦。産地間の競争や、品種間の熾烈な競争もあり、生き残るのはごくわずか。
たとえば、3年前にハイドランジャーズがカタログに掲載していた14種のうち、今も生産されているのは、『月虹』と『さくらシリーズ ふわり』という人気品種2種のみ。
次々と生まれては消え、日の目を見たとしても、新しい品種が出てくると、人気の座を奪われる。
美しい紫陽花にも、消費者には見えない競争や、生産者のご苦労があるんですね。
ちなみに、紫陽花の花びら(花弁)だと思っている部分は、本当の花じゃないそうですよ!
こちらのガクアジサイでよくわかりますが、花だと思っているのは「装飾花」で、本当の花である「真花」は、真ん中の小さな花々の密集した部分だそうです。
青いガクアジサイを眺めていたら、ミツバチがブ〜ンと飛んできて、真花にとまって蜜を吸い始めました。
懸命に蜜を吸い、すぐ脇で人間が観察していても「我、感せず」の様子。
そう、ミツバチさんは、忙しいのです。人間みたいに、暢気に花を愛でている暇などないのです。
というわけで、ちょっとクイズです。
こちらの紫陽花は、どんなところに咲いているでしょうか?
鬱蒼(うっそう)と茂った草原に咲く、ピンク色のガクアジサイ。
それを、ちょっと下から眺めているところ。
この「下から」というのがキーワードです。
実は、これは屋根の上に咲く紫陽花。
どこの屋根かというと、福岡県太宰府市にある太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)の仮殿(かりどの)。
昨年5月より、本殿の修復工事のため、ご祭神である菅原道真公の御霊は、こちらの仮殿に仮安置されています。
国指定重要文化財である本殿は、124年ぶりの大改修中。その間、道真公には、こちらに移っていただいています。
仮殿は、屋根の上に天満宮周辺の森を再現しようと設計されましたが、昨年の完成時は、こんなに「森」ではありませんでした。
が、ここに植えられた木々は、よほどこの場が気に入ったのでしょう。一年の間にずいぶんと育ち、「鬱蒼とした森」になってしまいました。
考えてみれば、ご祭神がいらっしゃる仮殿の上に植えられた木々です。何かしら超越したパワーを取り込んで、青青と育っているのだろうか? と想像をめぐらせるのです。
意表をつくデザインは、建築家・藤本壮介氏の建築設計事務所が手掛けました。お椀のような丸屋根を神殿にのっけて、さらに、その上に「森」をつくりあげるとは!
この「仮殿の森」は、本殿の修復が終わるまでの3年間(2026年まで)楽しむことができます。
来年の梅雨時には、ピンクや薄紫の紫陽花がもっと成長し、さらなる彩りを添えることでしょう。
というわけで、紫陽花のあれこれ。
わたし自身は、数ある花の種類の中で、紫陽花が一番好きです。
6月後半は、連れ合いがお世話になっている病院の帰り道、紫陽花の咲く遊歩道を歩いて、ひとときの息抜きとしていました。
例年に遅れて入梅すると、雨粒に濡れた紫陽花は、元気を取り戻したよう。
やはり紫陽花には、雨が似つかわしいものですね。