Butler’s Pantry(執事の配膳室)
久しぶりの英語のお話です。
ふと、サンノゼで家を探していたときのことがよみがえってきたので、まずは、思い出話をいたしましょう。
もう16年も前のことになりますが、アパートから一軒家に引っ越そうと思い立ち、家を購入することにいたしました。
べつにアパートに不満があったわけではありません。新しいアパートで、プールやテニスコートも付いています。なかなか快適な生活でした。
けれども、当時は、まだまだシリコンバレーでも物価は安定していたので、家だって、そんなに高くはありませんでした。
毎月、アパート代を払うのならば、それを住宅ローンにまわした方がいいんじゃないか、と考えたのでした。
実際、シリコンバレーで家を探すとなると、これは、結構大変な作業です。
第一、「シリコンバレー」と呼ばれる地域には、10以上も「市」があって、たとえば「ここは高級住宅地」とか「ここは教育熱心な街」とか、いろいろと独自のカラーがあるのです。
もちろん、それによって住宅価格もぜんぜん違いますし、そういった諸条件を考えると、短期の滞在者にとっては、仕事場の近くとか、良い学校があるところとか、好きな街の家を借りる方が、経済的にも賢い方法でしょう。
けれども、「ここにずっと住むかもしれない」と考えた我が家は、とりあえず、シリコンバレー最大の街サンノゼで、新築の家を探すことにいたしました。
その頃、サンノゼは、まさに宅地開発の波がどっと押し寄せる先駆けの頃で、あちらこちらに、美しく整備された住宅地がお目見えしていました。
もともと農地や放牧場が広がるサンノゼには、宅地に転用できそうな土地がいっぱいあったのです。
結局、全部で12軒の家を見てまわったのですが、そのうちの数軒は、現在、我が家が住んでいるコミュニティーにありました。
なんのことはない、ゴルフをやりたい連れ合いは、最初っから、このゴルフ場付きのコミュニティーしか頭になかったのです。
その数件の中でも、最初に見た「高級な住宅」は、わたしにとって印象深いものになりました。
なぜなら、その家には、聞き慣れない部屋が付いていたからです。
そう、それが、題名になっている Butler’s Pantry(発音は、バトラーズ・パントゥリー)。
Butler は執事(しつじ)。Pantry は、配膳の準備をする部屋。
ですから、「執事の配膳室」とでも訳せるでしょうか。
もちろん、執事というのは、イギリスの貴族階級の家で使用人をまとめていた役職ですので、現代のアメリカには、ほとんど関係がありません。
けれども、その「高級感」だけが脈々と受け継がれていて、「執事が使えるような配膳室」といった意味合いで、butler’s pantry と呼ぶようになったのでしょう。
実際には、食事をするダイニングルーム(dining room)と台所(kitchen)の間にある小部屋で、食器や銀食器を入れる棚や、ナイフ・フォーク、ランチョンマットなどの小物を入れる引き出し、そして、配膳の前に盛りつけをチェックできるような台のある小部屋(またはスペース)のことです。
まあ、今でこそ、そんな名前を聞いたって驚いたりはしませんが、その頃のわたしは、butler(執事)という単語が出てきただけで、「すごいなぁ」「アメリカの邸宅は違うなぁ」と感心してしまったのでした。
そう、butler’s pantry のある家は、一般的に大きな邸宅。我が家が引っ越した家には、そんな贅沢な小部屋はありません。
(上の写真は、インテリアデザインの雑誌から取ったもので、サンフランシスコ空港に近い、Midland Cabinet Companyという棚(cabinet)の専門会社の広告です。なかなかクラシックな、品のある butler’s pantry なのです。)
それで、歴史をさかのぼってみると、実際にイギリスの「執事の配膳室」と呼ばれていた部屋は、現代のアメリカのものとはちょっと違うのですね。
イギリスの領主さまの館(マナーハウス、manor house)では、銀食器や銀のナイフ・フォーク、燭台と、高価な物が棚に並ぶ小部屋を butler’s pantry と呼んでいたのでした。
当時、美しく細工された銀の食器は、貴族階級に好まれていて、それゆえに「富」の象徴ともなっていました。
そこから、「銀のスプーン(silver spoon)」という表現が生まれ、今でも、こんな風に使われています。
He was born with a silver spoon in his mouth.
(彼は銀のスプーンを口にくわえて生まれてきた、つまり、金持ちの家庭に生まれた)
そして、そんな高価な銀食器をしまう小部屋には鍵がかかるようになっていて、butler しか鍵を持つことはできませんでした。
ですから、執事が管理するという意味で、butler’s pantry 。
領主さま家族のディナーのあと、空き時間ができたら、執事は銀食器の数を確認し、表面に傷やくもりがないかと点検するのが習慣になっていました。
点検が終わったら、鍵をかけ、無事に一日が終了するのです。
それから、領主さまのディナーには、美味な料理だけではなく、おいしいワインも欠かせませんが、手元にあるワインのリストをつくることも、執事の重要な職務でした。
ですから、この大事なワインリストも、butler’s pantry で保管されていたのです。
そう、執事ともなると、ワインの知識は豊富に持ち合わせていて、おいしいワインを調達するのはもちろんのこと、ひとつずつ料理が運ばれるごとに、ダイニングルームの屏風の裏で、白ワインや赤ワインと、お料理に合うワインを準備なさっていたわけですね。
そんなわけで、高価な銀食器や大事なワインリストを保管していたのが、butler’s pantry 。
この小部屋の鍵を持つことは、まさに「執事の誇り」とも言えるような、重要な意味を持っていたのです。
執事にとって、この鍵を誰かに手渡すということは、自分が職務を解かれるということ。それは、何よりも恥ずべきことだったのでしょう。
おっと、サンノゼの家探しのお話が、いつの間にかイギリスの執事のお話になってしまいましたが、今日のお題は、butler’s pantry 。
簡単な名称にも、深~い歴史と意味合いが含まれている、というお話でした。
そうそう、ふと思い付いたのですが、mansion(マンション)という言葉には、ちょっと気を付けた方がいいかもしれませんね。
日本語でマンションと言えば、各世帯が購入する集合住宅になりますが、英語で mansion と言えば、「大きなお屋敷」という意味になりますね。そう、何億円もするような、豪華な邸宅。
日本のマンションを指す言葉は、英語では condominium(コンドミニアム)になりますので、要注意。
I bought a mansion in Japan(日本でマンションを買いました)
なんて言おうものなら、
Oh, you must be a millionaire(お~、あなたは億万長者なんですねぇ)
なんて、変に感心されちゃいますよね!