CESの裏方さん
クリスマスの翌日に日本から戻ってきたあと、お正月は、サンノゼの我が家で静かに過ごしました。
でも、アメリカは、いきなり1月2日が「仕事始め」。ですから、あんまりのんびりともしていられません。
さすがに、今年は2日が金曜日だったので、5日の月曜日から始動した人が多かったですが、わたし自身も、5日には出張のため飛行機に乗り込みました。
ラスヴェガスといえば、カジノで有名な街ではありますが、毎年、年が明けた第一週、テクノロジー業界の人たちが、わんさと集まってくるのです。
目的は、「コンスーマ エレクトロニクス ショー」という製品展示会。
英語では Consumer Electronics Show 、頭文字を取って CES(シーイーエス)とも呼ばれています。
コンスーマ エレクトロニクスとは、ずばり、家電のことですね。
もともとは「家電」の展示会だったとはいえ、年々「テクノロジー業界」が幅を利かせています。
今では、目新しいテクノロジーや試作品なんかが、所狭しと並べられる展示会になっています。
今年は、1月6日~9日の4日間で、出展社数は3600社、参加者は17万人(!)。まさに、世界最大級のイベントなのです。
それで、題名になっている『CESの裏方さん』ですが、展示会でブースを出展している会社の裏方さんのことではありません。
もっともっと「裏方さん」の方々をご紹介したいと思ったのでした。
とくに、わたしの印象に残っている裏方さんが3人いらっしゃるのですが、まずは、滞在先のホテルのスタッフ。
このホテルでは、眺めのいいラウンジで朝ごはんを食べられるようになっていたのですが、そこで働いていた黒人の男性スタッフ。
朝ごはんは「バイキング形式(buffet、バッフェ)」なので、自分たちで好きなものを選んで、好きなテーブルで食べるスタイル。ですから、フロア係とはいえ、サービス料としてティップ(心づけ)をいただけるわけではありません。
けれども、このスタッフが、なんとも、にこやかな方なんですよ。
大きな体なのに、実にかいがいしく動き回り、朝ごはんが終わる10時が近づいてくると、ジュースの入ったガラス容器や、パンが詰まった容器を片付けたと思ったら、今度は、お昼に向けてティータイムの準備を始める。
まあ、こちょこちょと、コーヒーカップなんかを上手に積み上げていくのです。
ちょうど出口に近い場所で作業をなさっていたので、わたしも何かお礼を言わなくっちゃと思って「どうもありがとうございました(Thank you very much)」と声をかけたんですよ。
すると、まあ、こちらが恐縮するくらいに感謝なさって、「わざわざ親切な言葉をかけてくれて、ありがとうございました。どうか今日も良い一日をお過ごしくださいね」と、バリトンの響きで、ていねいに返してくれたのです。
ですから、こちらも「あなたも良い一日にしてね(Have a nice day to you too!)」と言いながら、バイバイの手を振りました。
普段は、「ありがとう」と声をかける人も少ないので、ていねいに答えてくれたのでしょうか。
彼の満面の笑みのおかげで、「よしっ、今日もがんばってくるか!」と元気が湧いてきたのでした。
2人目の裏方さんは、展示会場のお掃除係の女性。
近頃、CES は、街の北側にあるコンベンションセンターでは収まらなくなって、ホテルのイベントホールやスイートルームも展示会場となっているのですが、滞在先のホテルのイベントホールでの出来事。
こちらは、最近とみに流行っている最新テクノロジーの展示会場。
たとえば、身につけていると歩数やカロリー消費量、睡眠パターンなんかを分析してくれる「おしゃれなペンダント」(写真)だとか、いろんなモノにセンサーを付けておくとインターネットを通して遠隔操作できるようになる装置だとか、そんなホットな展示物のオンパレード。
「3Dプリンタ(立体印刷)」を使って、洋服や靴をつくり、ファッションショーも開かれていました。
この分野では、小さな会社が多いので、でっかいイベントホールには展示社数も多く、見学者も多い。ですから、狭い通路では人とぶつかりそうになるし、展示ブースにも人だかり。
座る場所もありませんので、仮設スタンドで昼ごはんを買っても、みなさん、床に座ってぱくついていらっしゃいました。
わたしにとっても、唯一の息抜きはトイレに行くときくらいでしたが、トイレに入って、ちょっとびっくり!
お掃除係の女性が、洗面所で目をまっ赤にして泣いていて、それを見た参加者の女性が、懸命になぐさめているのです。
離れたところで話を聞いていると、どうやら、お掃除係の中で彼女だけが出身地が違っていて、それが災いのもと。
彼女はフィリピンの出身ですが、他の方はメキシコ出身の方がほとんど。だから、スペイン語の会話にも溶け込めないし、「あの人は働かないで、なまけている」と、上司にも告げ口をされたんだとか。
それが悔しくてトイレで泣いていたようですが、まあ、そこは、優しいアメリカ人。悲しんでいる人を見ると、知らんぷりの傍観者(bystander)にはなれません。
「そんなの気にしないでいいわよ。悪口を言う人なんて、ろくな人間じゃないんだから、あなたが気にするだけ損よ!」と、力強くはげましています。
そのやり取りを聞いていた別の女性も、「気にしちゃダメよ(Never mind)」と、温かいはげましの言葉をかけています。
わたしとしましては、これ以上、口をはさむのもイヤですし、かといって、同じアジア人としては何かしてあげたいし・・・ですから、ちょっと微笑んで「良い一日になりますように(Have a nice day)」と声をかけて出てきました。
それにしても、表舞台から離れたトイレって、結構ドラマが生まれる場所ではありますよね。
でも、お掃除の方が泣いていらっしゃったのは初めての経験だったので、「世の中って、いろいろあるものだなぁ」と痛感。
それでも、みんなが味方についてくれたので、彼女の涙もじきに乾いたみたいですよ。
そして、3人目の裏方さんは、白人の青年。
ラスヴェガスからサンノゼに戻る朝、ホテルから空港に向かうタクシーの運転手。
青年は「以前は、よく CES に行ったものだよ」と言うので、テクノロジー製品が好きなのね? と尋ねると、「いや、前はテクノロジーの会社で働いていたんだ」と答えるのです。
そう、ラスヴェガスやサンフランシスコでタクシーに乗ると、ときどき「僕もテクノロジー業界で働いていたよ」という方に出会うのですが、こちらの青年は、昨年11月まで製品検査のエンジニアをやっていた方。
なんでも、会社がなくなったので、エンジニアを辞め、タクシー運転手に鞍替えしたとか。
「エンジニアの前は、ミュージシャンだったんだ。そこから、エンジニアに転職して、今はタクシー運転手さ。でも、窓もないビルで9時から5時まで働くよりも、タクシーを運転していた方が、気楽で、いろいろあって楽しいよ」とのこと。
時間も不規則だろうし、(ラスヴェガスという場所柄)ときには変な客もいるだろうし、大変なお仕事だろうと思うのです。
それでも、ミュージシャンからエンジニア、はたまたタクシー運転手と、転機を迎えても、怖がらずにチャレンジに立ち向かう。
まあ、はたから見ると「ちょっと無計画じゃない?」と映る人生かもしれませんが、わたしには立派な人生に映ったのでした。
ラスヴェガスは、世界じゅうから人が集まってくる「砂漠の蜃気楼」。
ですから、いろんな人に出会うのです。