Don’t let the bed bugs bite you(おやすみなさい)
たぶんイギリスから来たのだと思いますが、アメリカでは、子供を寝かしつけるときに、よくこう言うのです。
Sleep tight. Don’t let the bed bugs bite you.
最初の文章 Sleep tight は、「しっかりと寝なさいよ」という意味です。
Sleep tightly と言ってもいいのですが、tight は形容詞でもあり、副詞でもありますので、Sleep tight でも大丈夫なのです。それに、こっちの方が、ゴロがよくて言い易いですしね。
Sleep tight の代わりに、Sleep well とも言い換えられます。
けれども、次の文章はいったい何でしょう。
Don’t let the bed bugs bite you は、文字通りの意味は「ベッドにいるシラミ(トコジラミ)に噛まれたらいけませんよ」というわけですね。
(こちらは、Let A ~ 「Aに~させる」という構文の否定形で、Don’t let A ~ 「Aに~させないように」という構文ですね。)
実は、この二つの文章は慣用句となっているので、自然と対になって出てくるものなのです。ですから、この慣用句全体で「ゆっくりと、ちゃんと寝なさいよ」という意味なのだと覚えていていいと思います。
ちょっとややこしいので、誰かに「ゆっくりと寝てください」と言いたいときには、単にこう言ってもいいかもしれません。
Have a good night’s sleep.
けれども、「トコジラミに噛まれないように」なんて、どこからそんなヘンテコな表現が生まれたの? と、ちょっと気になるところではありますよね。
いろんな言葉や慣用句の語源(etymology)には、諸説ありますし、どれが正しいとは決して断定できないわけですが、どうやら、Don’t let the bed bugs bite you に関しては、長年にわたって、文字通りの意味で使われていたようなのです。
つまり、実際に、「トコジラミに噛まれないように十分に注意して、しっかりと寝なさいよ」という意味で使われていたようなのです。
たぶん、トコジラミ(bed bugs)という生物は、英語が生まれた頃から自然界に存在していたのでしょうが、昔は、ベッドで寝るときには、トコジラミがいないことを確認して、注意しながら寝ていたのでしょう。
実物は見たことがありませんが、トコジラミなる昆虫は、長さ4ミリ、幅3ミリほどの大きさなので、ちゃんと目に見えるものなのです。だから、ダニとは違うのですが、噛まれるとダニ同様、かなりかゆいそうなのです。赤く湿疹ができて、腫れ上がる場合もあるとか。
昔は、ベッドのマットレスなんてものはなかったので、ベッドのフレームにロープをきつく張って、その上で寝ていたそうです。すると、ベッドの足を伝ってやって来たトコジラミが、ロープの隙間から、人間目がけてビュンビュンと入り込む。
シラミなんてものは、人間や動物の血を吸って生きているものですから、ベッドの上でおとなしく寝ている人間は、いい餌食(えじき)となるのです。
イギリスでは、トコジラミの被害がひどくなると、ベッドの足を灯油の入った容器に浸けておいて、シラミがベッドの足を登れないようにする習慣もあったくらいだそうです。
けれども、1950年代にはDDT(有機塩素系の強い殺虫剤、現在は使用禁止)の普及によって、トコジラミもすっかりと姿を消した・・・。
それで、どうして今になってこんな話をしているかと言うと、近年、アメリカではトコジラミが大発生の兆しを見せていて、注意した方がいいかなと思ったからなのです。
大学の寮や、ホテル、滞在型の施設など、いろんな人が入れ替わり立ち替わり入って来る場所で、大発生しているそうなのです。
この辺りでは、名門私立のスタンフォード大学やサンノゼ州立大学の寮でも大騒ぎになっていましたし、一時的に施設に入っている人たちの希望として「新しいマットレスが欲しい」という、切なるクリスマスの願い事も耳にしたことがあります。
わたし自身も、先日、カナダに旅行したときには、「これだけは注意しよう」と意識していたのでした。ちゃんとしたホテルですから、大丈夫だとは思いましたが、荷物にくっついて我が家に持って帰って来たら大変ですものね。
普通の殺虫剤には耐性があって、一度家に入り込むと、なかなか退治できないそうなので。(もちろん、手入れの行き届いたホテルでしたので、我が家の場合は大丈夫でした。)
ですから、アメリカのホテルに泊まったときには、一応ベッドのシーツを確認した方がいいかもしれませんね。それから、ベッドやソファーの上にべたべたと衣服を置かない方がいいのかもしれません。そして、台の上に置いたスーツケースは、開けっ放しにしないこと。
もちろん、そんなことは杞憂に終わる、安心なホテルも多いとは思いますが、ひどい場所(安めのモーテルなど)になると、マットレスやソファーの縫い目に白い卵が!なんていうのもあるそうです。(雌は生涯のうちに500個も卵を産みつけ、卵が孵化すると5週間で大人になって卵を産みつける・・・、という恐~い話もあるのです。)
というわけで、英語のお話からはすっかり遠ざかってしまいましたが、本日のお題はこちら。
Sleep tight. Don’t let the bed bugs bite you.
ちょっと前までは、単に「おやすみなさい」の慣用句でしたが、今はいやに意味深なものがある。そういった表現なのでした。
ちなみに、いつまでも「おねむ」の人のことを、sleepyhead と言います。
「眠たい頭」とは、ねむくて頭がボ~ッとする感じがよく出ていますよね。
なかなか目を覚まさない子供を思い浮かべるようで、ちょっとかわいくて、ホッとする表現でしょうか。