Peapod:もうひとつのオンライン・スーパーマーケット
Vol. 20
Peapod:もうひとつのオンライン・スーパーマーケット
"あんたもしつこいねえ" と言われそうですが、前回の主役Webvan社が狙っていた分野、オンライン・スーパーマーケットについて、もう少し書かせていただきたいと思います。と言いますのも、もうちょっと死ぬ気でがんばっていたら、じきに黒字転換し、閉店することはなかったのかもしれないとか、実は、ほんの少し時代を先取りしていただけで、あと数年してカムバックしたら、立派にやっていけるのかもしれない、などの意見をたくさん耳にするからです。
前回は、まったく触れませんでしたが、この業界のプレーヤーは、何もWebvan社だけではありません。2年前のインターネット・フィーバーの最中、業界はWebvanを筆頭に、HomeGrocer、ShopLink、Streamlineなどのオンライン専門のお店で独占されていました。
今となっては、Webvanに買収されたHomeGrocerも、ShopLinkも倒産しています。Streamlineも閉鎖寸前に買収され、のれんは消えてしまいました。追い討ちをかけるように、Webvanが店じまいを宣言した3日後、ボストンを本拠に営業していたHomeRuns.comも、最後を迎えました。もともと東海岸を中心に35ほどあったドットコム・スーパーも、今は半分以下になっているそうです。現在、全国的に幅広く営業を続け、Webvanほど知名度のある会社は、一番の老舗、Peapod社(Peapod, Inc.)です。
"エンドウ豆のさや" という名のこの会社は、競合会社をはるかに先取り、1989年、中西部イリノイ州で設立されました。当初は、シカゴ郊外で食料品宅配業として始まりましたが、ほどなくインターネットに移行し、シカゴを拠点に、ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコで営業を開始しました。その後テキサス州、オハイオ州に触手を伸ばし、更にStreamlineの買収で、コネチカット州南西部と首都ワシントンDCにマーケットを広げました。
過去8年間、毎年倍の売上を達成しては来ましたが、黒字経営には未だ至っていません。業績不振が続いたおかげで、約束された投資も断られ、資金繰りがいよいよ怪しくなった昨年4月、オランダのスーパーマーケット業界の巨人、ロイヤル・アホールド社(Royal Ahold NV)が58パーセントの株を買い占め、Peapod社再建に乗り出しました。昨年は、経営改革の一環として、テキサス州とオハイオ州から完全撤退し、続いて、サンフランシスコの営業も停止しました。現在シカゴと東海岸のマーケットでは、12万人ほどの顧客を持ちます。
スーパーマーケットのチェーンとして世界第3位の売上を誇るロイヤル・アホールド社は、米国東海岸に、ジャイアント・フードとストップ & ショップというふたつのチェーンを持っており、アメリカでの商売にも手馴れたものです。その購買力を利用すると、Peapod社の売上マージンも3割ほどになるようです。しかし、配送センター、配達トラック、運転手などの諸費用を引くと、手元には何も残らなくなるそうで、今のところ黒字転換はできていないようです。昨年は、Peapod全店で116億円の売上に対し、71億円の赤字でした(1ドル125円換算)。
それでも、本拠地シカゴの運営は今年前半黒字となり、2003年には全社で健全経営に持っていきたいという意気込みです。そして、競合Webvan社が倒産宣言した一週間後、アホールド社が残りの42パーセントの株を買うことを発表しました。完全にアホールド傘下に入ったことで、Peapod社は更に大型チェーンの有形、無形の恩恵を得ることになり、財務的な建て直しに希望が出てきました。倒産した多くのドットコム・スーパーのお陰で、注文の方も急増しているそうです(WebvanやHomeRuns.comと争っていたシカゴ、ボストン、ワシントンDCでは、Peapodの単独営業となり、残るニューヨーク、コネチカット州南西部では、もともと有力な競争相手はいなかったそうです)。
日本にも以前から、夕食の食材を献立のヒントと一緒に宅配するというサービスがあったようですが、アメリカでも、小さな個人店がお得意様に食料品雑貨を配達する商売が、根強く支持されているようです。日本のように、電車通勤の帰りに駅ビルでお買物ということができないので、こういったサービスを生命線としている人もいるようです。
サンフランシスコ市のお店、Cal-Martは、50年前のおじいちゃんの代から営業しているそうです。最近Webvan社にヒントを得て、従来の電話・ファックスに加え、Eメイルでも注文を受け付けるようになりました。一方、近郊のサンタクルーズ市では、PedXというビジネス書類の自転車配達業が発展し、食料品の宅配も扱うようになりました。街で一番大きなマーケット・チェーンもパートナーとして獲得し、配達量を増やしたばかりではなく、近所のすし屋やパン屋からも配達するなど、幅広い協賛店を得ているようです。豊かな緑と美しい海岸線に恵まれ、昔ながらのたたずまいを残すこの街では、宅配も自然環境にやさしい自転車が支持されているようです。
このように、家の前まで食料品雑貨を持って来てほしいという需要は、古今東西、常に存在するようです。特に、忙しい毎日を送る現代人の間では、消えることはまずないでしょう。増してや、インターネットという便利なものが市民権を得ている現在、もっと効率を求め、新しい手法のサービスに群がる時代の先行派も、少なくないはずです。病院の詰め替え用の薬すら、インターネットで注文し、家まで郵送してくれる時代です。便利なものが受け入れられないはずはありません。
WebvanやPeapodなど、一見便利そうなサービスがなかなか成功しないのは、インターネット上ではこの手の商売が発展しないのではなく、ひとえに第一世代のプレーヤーのやり方がまずかったからと言えるのではないでしょうか。オンラインであろうと、オフラインであろうと、お店の存続は、堅実な経営に掛かっています。必要なコストは、投資に頼らず、お客様から回収するというが基本ルールのはずです。
たとえば、配達コストですが、個人経営のCal-Martでは、軽トラックでの市内配達に一律10ドルを取っていますし、PedXでは、"生活可能レベル" を保つ配達人が漕ぐ距離に応じ、8ドルから40ドルを徴収しています。それに比べ、最新鋭の冷蔵トラックを揃え、運転手の待遇も良かったWebvan社では、一件100ドルの注文に対し、20ドルから25ドルの配達コストが掛かっていたのではないかと言われます(リサーチ会社、ガートナー・グループの分析結果)。実際は、前回触れたように、100ドル以上の注文では配達料は取っていませんでしたので、ほとんどマージンのない売上では、一世帯配達する毎に、確実にお金を失っていきます。
そればかりではなく、食料品雑貨販売の新参者であるWebvan社は、仕入れの際、かなり不利な立場にあったようです。本人達は否定してはいましたが、普通のスーパーマーケットと比べ、かなり高い値段での仕入れを強いられていたようです(リサーチ会社、フォレスター・リサーチの見解)。既存のスーパー・チェーンには、長い時間かけて築き上げた卸売り業者との信頼関係や、大量仕入れの持ちつ持たれつの関係があります。これに対抗するには、彼らと同等の売値にするなど、どこかで無理をしないとやっていけなかったようです。完全にアホールド傘下に入ったPeapod社の場合、この点では保証されていると言えます。
一方、当然の流れとして、業界の素人達に対抗しようと、全米に販売網を持つ巨大スーパー・チェーンも、インターネットでのデビューを果そうとしています。ベイエリアを本拠とするセーフウェイ(Safeway Inc.)は、テキサス州でオンライン・スーパーを始めていましたが、最近、イギリスの同業者テスコ(Tesco PLC)がこれに参画しました。そして、従来のビジネス・プランを変更し、単独で営業していた配送センターをすべて閉鎖し、各店舗から個別に配達を行なうという、イギリス流のコスト削減方式を採用したようです。テスコは、この戦略で、本国でのドットコム経営に成功し、オンライン部門では売上世界第1位の座を誇っています。
また、アイダホ州に本社のあるアルバートソンズ(Albertson’s, Inc.)では、シアトル近郊の40店舗でインターネットの注文を受け付け始め、翌日宅配に加え、顧客が店に出向くなら、即日ピックアップできるという選択肢を設けています。この方法だと、オンライン・スーパーにとっても配達コストの削減になるし、顧客にとっても必需品がすぐ手に入り、しかも店のレジで並ぶ必要がないという特典付きです(アメリカのレジでは、長い列が常識となっているので、お店での買物を嫌う人が結構いるようです。このことが、スーパーマーケットに限らず、小売業をオンライン化するひとつの原動力ともなっているようです)。
ベイエリアでは今、WebvanやPeapodなどの主だったドットコム・スーパーが、姿を消してしまいました。また、遅まきながら始まった有力チェーンのオンラインサービスも、まだここまでは到達していません。既に下準備が完了している消費者の間では、次に出てくるオンライン・スーパーが、明らかな勝者になるのかもしれません。
ドットコム・フィーバーは早くも過去の話となってしまいましたが、これからは、より堅実な、地に足のついた経営が求められています。オンライン・プレーヤー達が、この100兆円産業、食料品雑貨販売で生き残っていくためには、従来の店舗型スーパー・チェーン(bricks-and-mortar grocery chains)との協業体制も、不可欠な条件なのかもしれません。スーパーマーケットがこの世からなくなることは、まずあり得ないはずですから。
夏来 潤(なつき じゅん)