リアリティー番組: ウソ(台本)から出たまこと?
Vol. 192
リアリティー番組: ウソ(台本)から出たまこと?
今月は、リアリティー番組のお話をいたしましょう。ひとつ目は、サンフランシスコが舞台となっている番組。ふたつ目は、リアリティー番組から飛び出した「スター」のお話となっています。
<第1話:サンフランシスコのリアリティー番組>
そうなんです、サンフランシスコがリアリティー番組の舞台となっているのです。
リアリティー番組(Reality TV programs)といえば、CBS系列の『サバイバー(Survivor)』シリーズを始めとして、2000年代前半に一世を風靡したジャンル。
一般人が登場する、台本のないテレビ番組と定義できるでしょうか。
たとえば『サバイバー』だと、熱帯のジャングルや海に浮かんだ孤島が舞台となりますが、今回は、都会のサンフランシスコが舞台。いったい何の番組かと言えば、不動産のエージェント(仲介業者)が活躍する番組です。
そう、不動産市場が焼けこげるくらいにホットなサンフランシスコ・ベイエリアで、いかにして物件をスムーズに(理想的には高く)売れるかと、3人の敏腕エージェントが競い合う番組なのです。
ケーブルチャンネルのBravoが製作する『百万ドルの物件 サンフランシスコ版(Million Dollar Listing San Francisco)』というシリーズで、独立記念日のお祝いが終わったばかりの7月8日、華々しくデビューしました。
昔は芸術一筋だったBravoは、いまやリアリティー番組の大御所。この『百万ドルの物件』の舞台としては、これまでロスアンジェルス、ニューヨーク、マイアミが登場し、サンフランシスコは4番目のロケーションとか。
ネーミングの百万ドルというのは「高い物件」を表すわけですが、初日に登場した「豪邸」は、サンフランシスコのノエバレー地区にあるモダンな3階建、市の南西にある閑静な住宅街の豪邸、そしてベイブリッジを渡った郊外アラモにある超モダンな一軒家。
もちろん、どれも百万ドル(ざっくりと1億円)では買えません。
まずは、小手調べに、ジャスティンさんがノエバレーを担当するのですが、見晴らしの良い高台のわりに、ダウンタウンからはちょっと離れている。
すぐに買いたい男性が現れたものの、売り主側の強気の提示価格に、これ以上は出せないと断念。
が、最初に申し出ていた声の人物が「じゃあ、僕が現金で買うよ」と、めでたく商談が成立するのです。
いえ、通常の不動産取引では、売値(asking price)が設定してあって、買い手(prospective buyer)がそれより低い値段を提示し、売り主(seller)がそれを呑むか、もうちょっと高い値を再提示(counter offer)して、商談が成立します。
結局は、当初の値段よりも低く売買されるのが普通なのですが、番組の場合は、「もっと高く売れる!」と踏んだ売り主が、値段をどんどんつり上げた(サンフランシスコらしい)ケースとなっています。
そう、欲しいと言った方が不利になり、当初の売値350万ドルは380万ドルに!
そして、「台本がない」リアリティー番組とはいえ、近頃は、ストーリー展開に面白味を持たせるために筆を入れている場合も多いです。
たとえば、市内の豪邸に二人目のエージェント・ローさんが向かうと、売り主側のエージェントが「高過ぎ!」と思えるような売値を提示してきたり、アラモのモダンな一軒家(写真)では、設計・施工主・売り主を兼ねる夫婦がエージェントのアンドリューさんと売値の設定で折り合わなかったりと、何やかやと問題が起きるように細工してあるのです。
このアラモのケースでは、サンフランシスコ市内から離れているので、200万ドル台に留めておいた方が良いというエージェントの説得で、一時は納得した奥さんでしたが、お得意さんを呼ぶパーティーを大々的に開いたあと、「少なくとも340万ドルでなければ売りたくないわ!」と難色を示すようになったのでした。
ダンナさんが建築士で、奥さんがインテリアデザイナー、息子が不動産開発業となると、我が手で築いた家には「心」が残るし、誰もが欲してくれると信じ込む難しさがあるのです。
初回の放映の直後、サンノゼ・マーキュリー新聞は、エージェントのアンドリューさんとのインタビュー記事を掲載していて、この中で「もしかしたら、もうちょっと高い値段を設定しても良かったのかもしれない」と認めています。
ここ半年ほど、サンフランシスコの不動産業界にも変化が見られるようになり、以前のように一軒に十数人が集まって競り落とすような競売状態(bidding war)は収まってきて、せいぜい一人、二人が買う意思を見せるようになった、と。
ですから、以前は売値を低めに設定しておいて、たくさん人を集め、「競売」で値をつり上げるのが常套手段だったのが、だんだんと通常の不動産取引に近くなってきた、とのこと。
(”Translating drama of the deal: Interview with Andrew Greenwell” by Richard Scheinin, photo by Aric Crabb, San Jose Mercury News, July 11, 2015)
そのひとつの理由に、中国を始めとする外国からの投資が減速したことがありますが、とくに中国の場合は、本国での不動産の私有は禁じられているのが現状です。
さらに、テクノロジー業界の隆盛のおかげで、世界各地からの流入も激しく、市の人口増加も目を見張るほど(米・国勢調査局の推計では、2013年の市総人口84万人は一年で11,300人増加)。
そんな状況を考えると、サンフランシスコなどの魅力的な市場では、ちょっとやそっとでは「普通」に戻らないのではないか? とも思えるのです。
現在、市内は、高層ビルの建設ラッシュ。こちらのアングルでは、ほんの一年で、目の前の(邪魔な)ビルを含めて、高層ビルが5本も現れています!
そして、今となっては、サンフランシスコ市内の家の中間値は、116万ドル(120円換算で1億4千万円; 一軒家とマンションの売買物件を上下に二分する中間の値段)。
ということは、街の物件の半分が116万ドルを超えているということで、リアリティー番組『百万ドルの物件』にも堂々と登場できるということでしょうか?!
ま、中には、信じられないボロ屋だってあるんですけれど、さびれた場所だって「up and coming neighborhood(これから人気が出る地区)」と婉曲語を唱えていたら、いつの間にやら「well-established neighborhood(高級住宅地)」に変身してしまうのかもしれません。
<第2話:リアリティー番組から大統領誕生?>
大統領というのは、アメリカの大統領のことです。
4年に一回の大統領選挙が、来年11月8日に迫り来る中、そろそろ民主党、共和党の両党とも、候補者選びに本腰を入れ始める頃でしょうか。
現職のオバマ大統領(民主党)は憲法で定められた「二期8年」の満期となりますので、民主党は代替えとなる人を当選させたいわけですが、事実上の民主党候補と言われるのは、元ファーストレディー、前国務長官のヒラリー・クリントンさん。
現時点では、17名が民主党候補として名乗りを上げていて、副大統領ジョー・バイドゥン氏も「考え中」だそうですが、やっぱり本命はヒラリーさんでしょう。
一方、まったく読めないのが、共和党。
現時点では、共和党大統領候補として出馬した方は33名。あと何人か増えるかもしれませんが、とにかく、誰が候補指名を受けるかは、五里霧中。
が、中でも、ここ数週間とみに人気を上げているのが、不動産王(real estate mogul)でリアリティー番組のスター(reality TV star)、ドナルド・トランプ氏。
トランプ氏は、もともとニューヨークの高層ビルやリゾート・カジノ開発で大成功を収めた方ですが、NBC系列の『アプレンティス(Apprentice:見習い)』というリアリティー番組で、右腕になりそうな有能なスタッフを選ぶ「ボス」として、視聴者の間で一躍有名になりました。
巨大企業を一代で築き上げた実力を誇るとともに、教育も大事にする人で、たたき上げのチーム(street smarts)と高学歴のチーム(book smarts)を対戦させ、どっちが役に立つかと「品定め」したこともありました。
毎回、ひとりずつ、番組の最後で姿を消しますが、トランプ氏の「あんたはクビだ(You’re fired)」というセリフから、「究極の面接」とも言われました(現在は、セレブが参加する『セレブリティー・アプレンティス』に移行)。
とにかく「歯に衣着せぬ人」とは、この人のことを言うようで、6月16日、大統領候補として名乗りを上げた決起集会で、「大失言」をしでかしました。
事もあろうに、メキシコからアメリカに入って来る人間は、ほとんどが麻薬を運んで来たり、犯罪を持ち込んだりする悪者である、と述べたのです。
「まあ、中には良い人もいる」と付け加えたものの、これが社会の反発を生まない方がおかしいくらいで、この直後、NBCは人気番組『アプレンティス』でトランプ氏の出演を打ち切りましたし、トランプ氏がオーナー権を持っている『ミスUSA』も放映を中止しています。
ところが、不思議なことに、その後、トランプ氏は世論調査でジリジリと支持率を上げ、今では「一番人気」の共和党候補となっているのです!
移民を警戒し、「アメリカとメキシコの国境を強化する!」と宣言するトランプ氏。保守的な共和党支持者の間では、期待の星となっているのでしょう。
こちらの漫画では、その点を風刺。トランプ氏のトレードマークである「前髪」をつたって人々が国境侵入。が、よく見ると、トランプ氏は双眼鏡を口にくわえています。
(Cartoon by Signe Wilkinson/Philadelphia Daily News, from San Jose Mercury News, July 28, 2015)
そんなわけで、近頃、トランプ氏ばかりがもてはやされるので、他の共和党候補者も「失言」で脚光を浴びようとしているようなんです!!
現在、オバマ大統領がイランと進めている、ウラン濃縮制限などの核協議。
ここで枠組みが合意されたことに対して、マイク・ハッカビー候補が「この合意は間違いだらけで、イスラエルをオーブンに導くものだ」と攻撃したのでした。
ここで「オーブン」というのは、第二次世界大戦時、ヒットラーがユダヤ人を迫害した「ホロコースト」を表します。
そんな前アーカンソー州知事の悪趣味な発言に対して、オバマ大統領は、「国のリーダーたるべき大統領候補者がこんな発言をするなんて、近頃とみに目立つバカげた(ridiculous)政治攻撃のパターンである」と、訪問先のエチオピアで述べています。
加えて、「トランプ氏をヘッドライン(見出し)から引きずり下ろしたい魂胆だろうけどね」とも。
(Photo from WhiteHouse.gov)
いよいよ8月6日には、第一回目の共和党候補テレビ討論会が開かれます。33名も候補者が居並ぶ中、16名が本命候補と言われますが、「トップ10」に入らなければ、討論会にも出させてもらえません。
すでに「トップ10脱落」と目される中には、唯一の女性候補である元HP(ヒューレット・パッカード)CEOカーリー・フィオリナ氏や、元ニューヨーク州知事ジョージ・パタキ氏が名を連ねています。
現ニュージャージー州知事のクリス・クリスティー氏や、前テキサス州知事のリック・ペリー氏は「危うい」と評されています。
(討論会を放映する FOX TVは、8月4日現在の最新の世論調査5件から支持率トップ10を選ぶそうですが、まるでアイドルの人気投票のよう: Photo from San Jose Mercury News, July 14, 2015)
いずれにしても、来年7月下旬に開かれる共和党全国大会で大統領・副大統領候補が指名されるまで、長〜い闘いが続きます。
が、ひょっとすると、一般人に広く知られる実業家のトランプ氏が指名を受け、選挙で大統領に選ばれることもあるのかもしれません。
保守派の間では、どうやら体制不信(anti-establishment)の精神が脈々と受け継がれていて、「政治家」であることは、かえって不利に働くようにも思えるからです。
となると、リアリティー番組のスターが大統領になるってこと?!
余談ですが: 7月23日、国境都市テキサス州ラレドを訪れたトランプ氏の後ろには、「大統領専用機」を思い起こす自家用ジェット機が。そして、彼がかぶる野球帽には、スローガンである「偉大なアメリカを取り戻そう!(Make America Great Again)」が縫い込まれていました。
カリフォルニア州では年初から、トランプ氏が敵視する「査証なし移民(undocumented immigrants)」にも運転免許証を発行するようになりましたが、今年前半に新たに免許を取得した人の52%(40万人)が「査証なし(いわゆる不法)」と分類されるとか。
先日、国勢調査局が発表したように、カリフォルニアで最大の人種は、もはや白人ではなく、ヒスパニック系(Hispanics:ラテン諸国からの移民と子孫)。
ま、ヒスパニック系を敵に回すと難しいのが、近年の大統領戦でしょうか。
夏来 潤(なつき じゅん)