楽園のさざ波:「民泊」の落とし穴
Vol. 195
楽園のさざ波:「民泊」の落とし穴
今、何かと話題になっている「民泊」や配車サービス。
今月は、間もなくサンフランシスコで行われる民泊の住民投票など、スマートフォンで広がるシェアサービスのお話を二つお届けいたしましょう。
<第1話:「楽園」サンフランシスコの悩み>
シェアサービスといえば、一般の消費者が、自分の所有物や時間を共有(シェア)して、業者さんのように誰かにサービスを提供することですね。
たとえば、タクシーの代わりに迅速に車を呼べる Uber(ウーバー)、Lyft(リフト)、Sidecar(サイドカー)といった配車サービスや、ホテルの代わりに誰かの部屋に泊まれる Airbnb(エアービーアンドビー)、HomeAway(ホームアウェイ)、VRBOといった民泊サービスがあります。
スマートフォンアプリを使えばサービスを気軽に利用できるし、一般の人が登録すれば、誰でもサービス提供者になれる、つまり、お金を稼げるという「手軽さ」から人気急上昇。
こういったシェアサービス分野で消費が拡大するにつれ、シャアリング・エコノミー(sharing economy)という言葉も登場しました。
「共有経済、シェア経済」とも訳されますが、利用者も一般人なら、提供者もプロをすっ飛ばして一般人、という消費構造を指します。
近頃は、こういった迅速なサービス提供を表し、オンディマンド・エコノミー(on-demand economy)という言葉も生まれています。
テレビのリモンコンを使って、好きなときに好きな映像を観られるように(オンディマンド)、思い立ったときに手元でサービスを利用できる、といった意味です。
ところが、世の中にシェアサービスが広がるにつれ、いろいろと問題も生じています。
配車サービスの場合は、一般ドライバーが業務用の保険に入っていないため、事故の際は誰が責任を取るのか? といったケースや、ドライバーに対してタクシー運転手のような厳しい身上調査がないので、乗客が犯罪に巻き込まれる、といったケース。
そして、Airbnbのような、個人の部屋を有料で貸し出す民泊サービスの場合は、周辺住民が騒音で悩まされるとか、行政に内緒で不当な利益を得ているとか、さまざまな問題が表面化しています。
そこで、「シェア経済の発祥地」とも言えるサンフランシスコでは、「民泊規制」を始めました。
日本でも、東京都大田区が年内に条例を制定することを発表していますが、サンフランシスコは、ちょっと先輩になりますね。
昨年10月末、エド・リー市長が署名した市条例(short-term rental ordinance)は、今年2月に施行。
この条例では、Airbnbなどの民泊サービスに部屋を登録する場合、部屋の所有者もしくは賃貸契約者の「届出制」を義務化しています。(写真は、35ページにわたる条例の冒頭)
なんと、市役所に「短期賃貸届出課(Office of Short-Term Rental Registry)」というのを設けて、届け出た住民に登録番号を与え、年間90日以内だったら、部屋の貸し出しを許可することにしました(年間90日の制限は、所有者や賃貸契約者が旅行や出張などで部屋を開けている場合に適用。部屋にいながら一角を貸す場合は無制限)。
登録できる部屋(家屋)は、別宅ではなく「年間275日以上住む、法的な自宅(primary residence)」でなければならないし、Airbnbなどのサービス側も、市の登録番号がなければ部屋を掲載できません。
また、登録者は、税務上の観点から市内でビジネスを行うビジネスライセンスが必要ですし、最低50万ドル(約6千万円)の賠償責任保険への加入が義務化されるなど、さまざまな規制が設けられています。
ところが、「年間90日」という規制を超えそうな人が現れました。
「自宅のみ」の条項を無視して、投資目的で買った別宅を貸し出す違反者もいます。
さらには、「自分が住みながら部屋の一角を貸し出す場合は、年間貸し出し日数の制限がない」ことを逆手にとって、アパートの一室にいくつも二段ベッドを置いて、ひとりずつから何万円も徴収してみたりと、さまざまな違反行為が明らかになってきました。
この背景には、サンフランシスコの急激な人口増加にともない、慢性的に賃貸物件や滞在スペースが不足する現状があります。
急ピッチで高層ビルやアパートを建てているものの、とても間に合わないので、どんな小さなスペースでもありがたい。
そんな中、Airbnbなどを利用して、儲かるトリックを編み出した、ということでしょうか。
たとえば、月に30万円の賃貸料を払っていても、100万円を生み出すなら、その差額で南洋のビーチでバケーション! というのもオツなものでしょう(これは、借家の大家さんが訴え出た実話だとか)。
現在、市内の民泊物件一件当たり年間平均13,000ドル(約160万円)を生み出している、との統計もあるそうです。
まるで、生活空間が「金の卵」になったような感じですが、サンフランシスコのアパートやマンションは、居住スペースだけではなく、起業したばかりのスタートアップのオフィススペースでもあります。
おまけに、街は業界イベントや観光でも大人気なので、短期滞在者も絶えず押し寄せています。「金の卵」の輝きは、色あせることがないのです。(こちらは、10月初頭サンフランシスコ上空を飛ぶ海軍飛行隊ブルーエンジェルスのエアショー)
そこで、こういった状況に懸念を抱いた住民グループから「住民提案」が出され、さっそく、11月3日の投票日に住民投票を行うことになりました。
これは 住民提案 F(Proposition F)というもので、「年間75泊の上限」「3ヶ月ごとの市への報告義務」「登録番号のない物件を掲載した場合は、サービス会社に罰金を科す」などを提案しています。
さらには、「離れ(in-law units)」のような別棟の貸し出しを禁止したり、30メートル圏内に住む周辺住民が「あそこは違反してるんじゃない?」と思ったら市に届け出て、60日後には裁判所に提訴できたり、と厳しい条項も盛り込まれているので、物議をかもしています。
当然のことながら、Airbnbをはじめとして、サービス各社は提案 F に反対の立場ですので、反対運動には10億円ほどの資金が集まり、さかんに「提案 F 反対!」のテレビ広告を流しています。
反対派は、「提案が通ったら、おばあちゃんが離れに住めなくなるってことでしょ?」とか「近隣住民が提訴できるなんて、お隣さん同士がプライバシーを侵害し合うってことでしょ?」と、住民の不安をあおります。
一方、ホテル業界、家主協会、賃貸居住者組合を含む賛成派は、わずか4千万円ほどの資金調達で情報伝達も地味ですが、彼らのポイントは、こちら。
2月に市の条例が施行されたものの、(一課に3人という)スタッフ不足で何万件という民泊物件を精査できずに、違反が横行している。サービス側も、自ら違反を是正しようとはしない。
あと何年猶予を与えたところで、現行の条例ではダメだ!
日頃は敵対しがちな家主協会と居住者組合が、「賛成派」として肩を並べるという珍しいケースになっていますが、家主には「知らないうちに登録されて騒音の苦情が増えた」といった切実な悩みがあるのでしょうし、居住者には「旅行者や短期滞在者に部屋を貸されたら、自分たちが住めなくなる」という厳しい現実に直面しているのでしょう。
両陣営を比べると、反対派には、前サンフランシスコ市長のギャヴィン・ニューサム副知事のような強力な助っ人もいます。ですから、反対派の方が有利にも見受けられるでしょうか。
このニューサム副知事、一時は「選挙運動を支えてくれた親友の奥さんと関係を持ち、友人夫婦を離婚に追い込んだ」というスキャンダルもありましたが、その後、結婚して家庭を持ったことで見事に立ち直り、次期カリフォルニア州知事か?(2018年総選挙)とも目されています。
2004年のバレンタインデーに、サンフランシスコ市長/郡長として全米で初めて同性結婚(same-sex marriage)の証明書を役所で発行し、注目の的となった方でもあり、地元での発言力は大きいのです。
ちなみに、市内のマンションでは、昨年のうちに「住民規約」で短期間の賃貸を禁止した場所も多いようです。
もちろん、Airbnbのような民泊サービスをターゲットとした条項ですが、「誰かに貸し出す場合は、最低30日の契約」という風に定められています。
<第2話:配車サービス用の保険>
お次は、Uber(ウーバー)やLyft(リフト)といった配車サービスのお話です。
以前は、こういったサービスには 乗車シェア(ridesharing)という言葉が使われていました。が、同じ方向に向かう乗客が乗車をシェアするわけではないので、近頃は、乗車予約(ride-booking)とか 交通ネットワーク会社(transportation network company)とも呼ばれ、行政機関は略語 TNC を使うようです。
というわけで、第1話にも出てきましたが、配車サービスの場合は、まずは自動車保険の問題がありますね。
つまり、個人が入る自動車保険では、営業目的の運転中に事故を起こしたら、保険はおりないどころか、下手をすると保険停止になってしまいます。が、サービス各社は、なかなか個人ドライバーを保護してくれない。
ところが、今年7月カリフォルニア州で法律が施行したこともあって、お客を乗せて運転中の事故なら、賠償保険や衝突車両保険を会社が払ってあげよう、という風に態度を和らげています。
けれども、お客を探しながらクルーズ中は車両保険がないので、自分の車にダメージがあっても自腹を切るしかないし、自分が怪我をしても誰も払ってくれない。しかも、相手に責任がありながら払ってくれない場合は「泣き寝入り」、という状況が続いていました。
そう、このクルーズ中が「魔の時間帯」になっているのです。
そこで、カリフォルニアなど一部の州では、ドライバーがクルーズ中(上の図では「Period 1」)から、お客を乗せて降ろすまで、配車サービス用の保険提供を許可することになりました。
カリフォルニアでは、今年5月から保険大手ファーマーズ(Farmers Insurance)が提供を開始しています。
スヌーピーのキャラクターでおなじみのメットライフ(MetLife)に対しても、先日、州保険庁ジョーンズ長官が提供を許可しています。
けれども、ここで問題なのは、まだまだ提供機関が少ないので、保険料は高いし、いろいろと制限があることです。
たとえば、配車サービス保険は、あくまでも個人の自動車保険の延長なので、もしも他社の保険に入っている場合は、ファーマーズなどに乗り換えないといけません。
そして、配車サービスではリスクが増えるため、衝突や賠償の支払額を増やそうと思っても、個人保険の部分で契約額を増やす必要がある。また、個人保険でカバーしていない内容は、配車サービス保険でもカバーできない、などなど制限が多いのです(いずれも商用保険よりも個人保険の方が、レートが高い)。
ですから、今のところ「保険に入りたいけれど、高いから払えないよぉ」というドラーバーもたくさんいるんだとか。
さらに、ドライバーに対する身上調査に関しては、おかしな話があるんです。
それは、サンノゼ市が、夏の間に「お試し期間」としてサンノゼ国際空港への配車サービス乗り入れを許可しようとしたのですが、あまりにドライバーの身上調査が厳しいので、Uberも Lyftも、誰も参加しようとしなかった! とか。
まあ、駅、空港、スタジアム、それから政府機関などは、もっとも警戒が厳しい場所ですので、そこに乗り入れるタクシー会社にしても、ドライバーの身上調査(background check)は怠りません。
が、サンノゼ市が配車サービス各社に要求した中には、米司法省級の身上調査だけではなく、指紋押捺、サンノゼ市でビジネスを行うビジネスライセンス取得、そして、10年未満の車であること、といった制限が含まれていたとか。
とくに、指紋(fingerprinting)に関しては「タクシーの運転手だって指紋調査はないのに、どうして自分たちだけ?」と反発が大きかったのでした。
普通、指紋を取られるなんて、警察に逮捕されたときや、米国永住権を申請するとき、または警察やFBIに勤めるときでしょうから、「指紋」と聞いただけで、身震いしてしまったのでしょう。
サンノゼ市は、11月に再度議会で討論するそうですが、予備調査を募集する前から「こんなに厳しいチェックがあったら、誰も参加しないよ」という否定的な意見が聞かれていたとか。
来年2月、シリコンバレー・サンタクララ市の Levi’sスタジアム(サンフランシスコ49ersのホームフィールド)では、フットボールの祭典『スーパーボウル50』が開かれます。
スタジアムから100メートル圏内は、開催の前の週から厳戒態勢に入り、食べ物を運ぶトラックですら X線検査を通り、トラック運転手も犯罪歴がないかどうか厳しくチェックされるとか。
まあ、どんな場面でも、誰も信用してはいけない、世知辛い世の中になりましたよねぇ。
夏来 潤(なつき じゅん)