春うらら:桜の季節、環境を考える
Vol.104
春うらら:桜の季節、環境を考える
きっと今頃は、東京の桜は満開なのでしょう。金曜日(3月28日)は東京では雨の予報なので、前日の木曜日には、満開の桜を楽しむサラリーマンをたくさん見かけたと、こちらの新聞にも紹介されていました。
「淡いピンク色のサクラの誘いには抗えず、人気の上野公園には、本当はここにいるべきでないような人(サラリーマン)まで集っている」と書かれています。なんでも、コンピュータを駆使して、気象庁が全国の桜"前線(front)"なるものを発表し、何百万人の日本人が桜パーティー(cherry blossom party)を計画するそうな、とも書かれています。
シリコンバレーの我が家の八重桜も、間もなく満開を迎えようとしています。そんなまん丸なポッテリとした花を観ていると、ついつい桜餅が食べたくなってしまうのです(いえ、葉っぱと花びらの色のコンビネーションが、まさしく桜餅なものですから)。
さて、そんな弥生を締めくくる今月号は、環境のお話をいたしましょう。
<グリーン旋風>
今年は、シリコンバレーには春が早めにやって来ました。白い花びらの一重の桜は3月中旬には満開でしたし、我が家の八重桜も、3月23日の復活祭にはひとつふたつと蕾をほころばせていました。カリフォルニアの州の花、カリフォルニアポピーなどは、もう2月の初めから鮮やかなオレンジ色の花びらを開かせています。
花だけではなく、今年は、復活祭(Easter)も例年よりも早かったです。ご存じの通り、復活祭は、イエス・キリストが十字架にかけられた後、三日目の日曜日に復活したことを祝うキリスト教の祭日ですが、アメリカの祝日感謝祭と同様、毎年日付が異なります。復活祭は、春分の日(vernal equinox)の後、初めての満月の次の日曜日と定められているのですが、今年は3月20日が春分の日、翌21日が満月、そして23日が最初の日曜日だったので、足早にやって来ることになりました。こんなに早いのは、実に220年ぶりだそうです。
そんな復活祭を控えた日曜日、前日の雨も上がり、カラリと晴れたお天気につられて、2階の窓のブラインドを開けてみました。雲すら風で吹き飛ばされ、空は真っ青。そして、目の前には、緑に色づいた丘。普段はブラインドを開けることもないので、まったく気が付きませんでしたが、世の中はまさに春真っ盛り。「これは、どんな名画よりもきれいかもしれない」と、しばらく窓外の風景に見とれていました。
そして、思ったのですが、こんな名画は、きっとどこにでもころがっているものなのだろうと。日頃、わたしたちは、忙しさにかまけて部屋にこもったり、出かけるときでも、歩を進めるまっすぐ先しか見ていなかったりするけれど、ふと立ち止まれば、いろんな名画が見えてくるのだろうなと。そして、こういった名画は、刻一刻と変化し、決して保存がきかない。だから、余計に、その「はかなさ(ephemeral nature)」に惹かれるのだろうなと。
おっと、前置きが長くなってしまいましたが、題名の「グリーン旋風」。これは、近頃のアメリカの動きを自分なりに表現したものです。今年初めの1月号で、「サブプライム」というのが2007年の流行語に選ばれたとお伝えしましたが、実は、個人的には、「グリーン」というのが昨年一番の流行語だったのではないかと思っております。
「グリーン(green)」、つまり緑色ですが、これは、「環境に優しい」という意味があります。日本で流行の「エコ(eco)」と同じ意味ですね。英語でも「エコ・フレンドリー(eco-friendly)」と表現したりもしますが、どちらかというと、グリーンの方が好まれます。言葉が簡単ですし、短くてインパクトもありますし。
ちなみに、英語の緑色にはいろんな意味があって、たとえば、「green with envy」と言うと、「誰かをねたむ」といった意味があるし、「greenback」と言えば、アメリカの紙幣のことですね。グリーンには「青二才(未熟な)」という意味もあります。でも、エコのグリーンは、やはり自然の緑色から来ているのでしょう。優しいイメージがありますね。
そう、この「グリーン」という言葉は、近頃、いろんな場所で見かけるようになりました。新聞、雑誌、テレビのニュースやコマーシャルと、「グリーン」を耳にしない日はないくらいです。グリーンな車に、グリーンな企業。まさに緑色は大流行りです。昨年末のクリスマス商戦でも、グリーンなギフトはいかがですかと、新聞にも特集が組まれていました。
さすがに、アメリカでも、ブッシュ大統領全盛期に聞こえていた「地球温暖化は科学者の妄想である」といった非科学的な論争は影をひそめ、人間が地球の環境を破壊しつつあると、多くが自覚し始めたようです。そして、太陽光・風力発電やリサイクルなどは、「グリーン・リビング(グリーンな生き方)」の基本中の基本ともなっています。なんでも、サンノゼ市にあるNBC系列の放送局KNTVなどは、ニュース番組制作・放映をすべて風力発電でまかなっているんだとか。これは、アメリカでも初めてのケースだそうです。
メディアばかりではありません。カリフォルニア州には、昔から環境問題にうるさい人が多いため、「グリーン」の最先端を行く住民もたくさんいます。とくに、冬の雨季が終わると、雨が一滴も降らないシリコンバレーにおいては、太陽光発電は最適なものとなるのです。そんなシリコンバレーで、耳を疑うような「グリーン」な一悶着が起きました。
事は、太陽光発電用のソーラーパネル。サニーヴェイル市に住むマーク・ヴァーガスさんが7年前に設置したソーラーパネルに、お隣さんのセコイアの木の影がさす。影がさすと、発電できない。さあ、困った。
いえ、最初は良かったんです。まだセコイアが育っていなかったから。けれども、セコイアはどんどん育ち、影はどんどんソーラーパネルを覆う。困ったヴァーガスさんは、お隣のトレナーさんに頼みます。「10メートルを越えた木を5メートルのところで切ってください」と。しかし、木を切るなんてイヤだとトレナーさんは突っぱね、間もなく、揉め事は法廷へと移ります。そして、昨年12月、裁判官は判決を下しました。
「カリフォルニアには法律があって、隣人のソーラーパネルに影を落とすことは立派な罪となる。だから、8本のセコイアのうち、2本を切るように」と。
それから、上告しようかといろいろ手を尽くしたトレナーさんでしたが、法廷・弁護士費用が4万ドル(4百万円)近くにふくらんだ3月、もうこれ以上は闘えないと、裁判所の判決に従うことになりました。トレナーさんと奥さんは、立派に「前科一犯」となり、そして、3月下旬、2本の木はチョキンと切られたのでした。
ここで裁判官の言うカリフォルニアの法律というのは、30年前の1978年に制定された「Solar Shade Control Act(太陽の影を取り締まる条例)」です。この法律では、午前10時から午後2時の間に、隣人のソーラーパネルの10パーセント以上を影にしてはならない、と定められています。違反者は、一日につき千ドル(10万円)の罰金を徴収される可能性もあるそうです(この法律が初めて適用されたトレナーさんに対しては、罰金は科されていません)。
けれども、このヴァーガスさん対トレナーさんのケースをきっかけに、州議会ではさっそく法案が提出されています。ソーラーパネルよりも先に木が植えられている場合には、この法律は適用できないようにしようと。そうなんです、ヴァーガスさんは2001年にパネルを設置していますが、トレナーさんの方は、1999年までに木を植え終わっているのです。予想は極めて難しいことではありますが、木が育つことを考慮しなかったヴァーガスさんにも、ある程度の落ち度はあるはずなのです。
まあ、この一悶着は、「カリフォルニアだけ(Only in California)」の奇妙なお話として、全米で有名になったのですが、「グリーン旋風」がアメリカ全土を吹き荒れる中、似たようなケースは、今後どこにでも現れる可能性はあるわけです。
それにしても、ちょっと悲しいのは、電気自動車を運転する環境保護派のヴァーガスさんに対し、木の持ち主のトレナーさんだって、トヨタのハイブリッド車プリウスを運転するほどの環境保護派ということなのです。木を切りたくないのは、二酸化炭素を吸収して酸素を排出し、鳥たち生き物にも安全な寝床を与える、そういった環境にプラスの面を考えてのことだったのです。
「太陽光発電」対「街の緑化」。30年前の法律がよみがえった今、ちょっと考えさせられるお話ではありました。
<地球温暖化>
先日、新聞の漫画欄に、おもしろいものを見つけました。ごくシンプルなひとコマ漫画で、テレビのニュースを観ながら、夫婦がこんな会話をしています。
「ほら、氷河のスピードで動く(moving at a glacial pace)っていう表現が"遅い(slow)"という意味だった頃を覚えてる?」と。
(by Hillary B. Price)
そう、先日も、南極大陸にあるウィルキンス棚氷の一部が崩壊したと、大きなニュースになりましたね。なんでも、ウィルキンス棚氷とは南極最大の棚氷(ice shelf)だそうで、崩れ落ちたのは、ニューヨーク州マンハッタン島の7倍もの規模だったとか。崩壊したのは全体の4パーセントの大きさということですが、これによって、更なる崩壊が引き起こされる可能性も大だそうです。
今回の棚氷崩壊では、衛星写真で兆しを察知した科学者が現場に飛行機を向け、崩壊瞬間のビデオ撮影にも成功しているようですが、何千年と存在したものが崩れ落ちるのに、そんなに時間はかからなかったことでしょう。
2003年の夏、スイスに旅行したとき、わたしも地球温暖化(global warming)を肌で感じたことでした。標高1600メートルのツェルマットの街は、摂氏30度の暑さだったし、名峰マッターホルンの氷河は、澄んだ青い色から、泥の混じった茶色に変色した箇所が目に付きました。
カリフォルニアでも、シエラ山脈の宝石とも称されるタホ湖(Lake Tahoe)が、温暖化の影響で濁ってきているそうです。そして、10年のうちに、固有種である植物や魚が住めない状態になってしまうだろうと。水温の変化によって、湖水の対流が妨げられ、湖底に酸素が巡らなくなる。すると、500メートルの湖底近くに生息する魚たちは表面近くに上がってきて、バスのような外来種の魚に食べられてしまう。
これまでタホ湖の生態系を支えてきた湖水の対流は、平均して4年に一回起きるそうで、2月末の寒い時期、酸素をたくさん含んだ表面の水の層が湖底まで到達し、湖底近くに生きる植物や魚に酸素を運ぶ役割を果たしているそうです。しかし、水温の変化によって、対流が起き難くなり、2019年には、まったく起きなくなる可能性もあるとか(カリフォルニア大学デイヴィス校のコンピュータシミュレーションを使った研究結果)。
タホ湖の濁りの方は、対流の変化の影響かどうかははっきりしないそうですが、気温が上がると、シエラ山脈の雪が雨に変わり、結果的に土壌を侵食する、そんなことも影響を及ぼしているようです。
温暖化と言えば、アメリカでは、概して西部の方が熱し易いんだとか(いえ、人間の話ではなく、気温の話です)。
2003年から2007年の間、世界の平均気温は、20世紀の平均気温に比べて華氏1度(摂氏0.56度)高かったそうですが、西部11州は、華氏1.7度(摂氏0.95度)も高くなっていたそうです。だから、世界の温暖化よりも、アメリカ西部の温暖化の方が1.5倍ほど早く進み、とくにコロラド川沿いの乾燥地帯では、干ばつが頻繁に起きる可能性があると(Rocky Mountains Climate Organizationの研究結果)。
ワイオミング州の支流に発するコロラド川は、コロラド、ユタ、アリゾナ、ネヴァダと巡ったあと、カリフォルニアとアリゾナの州境を流れ、メキシコに達しカリフォルニア湾に注ぎます。こんなに長い距離を流れるコロラド川やその支流は、ロスアンジェルス、サンディエゴ、フェニックス、ラスヴェガスと、近郊の都市部の大事な水源ともなっているのです。そんなコロラド川周辺が干ばつとなると、近隣に住む何千万という人々にも多大な影響を与えてしまうのです。
そうなってくると、カリフォルニアでも恐い事が起きるのです。現在、州内では、内部デルタ地帯の水をあちらこちらに供給するというような、水のやりくりが行われているのですが、干ばつが進むと、ロスアンジェルス近郊の州南部に送られる水が足りなくなり、同じく内陸部の恩恵を受ける北カリフォルニアも、連鎖反応で水不足に陥る。すると、北と南で激しい水の取り合いが起きる、そんな恐ろしい構図が見えてくるのです。
もともとカリフォルニアの北と南は、そんなに仲が良くありません。お互いに独立した方がいいとうそぶくほど、文化が違うと感じているのです。だから、水不足のような生命の根幹に関わる事態に及ぶと、当然のことながら、醜い争いとなる。そして、そのうち、人が生活できなくなる・・・
う~ん、なんとなく映画のシナリオのようでもありますが、これが単なるシナリオで終わる保証がないところが恐いですね。「水の確保」。これは、21世紀後半のキーワードでしょうか。
<ノーベル平和賞受賞のゴア氏>
最後に、ちょっと話は変わります。「地球温暖化」と言えば、アメリカ(の非科学的な一般市民)にその存在を知らしめたのは、アル・ゴア前副大統領の功績が非常に大きいのです。そして、ゴア氏は、その功績を称えられ、アカデミー賞やノーベル賞までもらっているわけですが、それが、「ついに宿敵ブッシュ大統領を越えたか」と、ある種尊敬の眼差しで見られることにもなっています(2000年の大統領選挙では、有権者の得票数で勝っていたゴア氏が、フロリダ州のわずかな票差によって、大統領の座をブッシュ氏に奪われる結果となりました)。
そのゴア氏が、最近また何かと話題に上っています。民主党の「歩み寄り候補(compromise candidate)」として大統領選に出馬しないかなと。
いやはや、民主党の大統領候補者選びは、もうにっちもさっちも行かないところまできています。代議員獲得数で若干リードするバラック・オバマ氏に対し、あくまでも抗戦の構えを崩さないヒラリー・クリントン氏。少なくとも、4月22日のペンシルヴァニア州の予備選挙までは両者の戦いは続くわけですが、ここでクリントン氏が勝つとなると、戦いは更に続行します。そして、ペンシルヴァニア州知事、フィラデルフィア市長と有力政治家を味方に付けたクリントン氏は、現在、世論調査で二桁リードしており、戦いが続行する可能性は極めて大きいのです。
この終わり無き戦いに対し、どこからともなく、「前副大統領のゴア氏を妥協案として推したらどうだろう」という声が上がっているのです。
もちろん、これは非常に可能性の低い話ではありますが、もともとゴア氏が出馬すべきだと思っていたわたしは、「うん、いい案だ」と、ちょっと嬉しく感じたことでした。ヒラリーさんも好きですが、ゴア氏なら、経験もあるし、頭脳明晰だし、シリコンバレーのIT業界もよく理解しているし、打って付けだと思うのです。ただ難を言えば、あまりに頭が切れ過ぎて、彼の言うことを理解できる国民が少ないことかもしれません・・・
まあ、ゴア氏本人にとっても、歩み寄り候補の話は迷惑かもしれませんが、ここまで民主党内の争いが続いては、解決の手立てが限られているのも確かなのです。
ヒラリー支持派の3割近くが「もしオバマ氏が民主党候補になったら、共和党候補のマケイン氏に投票してやる!」と言い放ち、オバマ支持派も負けずに同様のことを言い返す。そんな中では、誰かが救世主とならないと、またまた共和党大統領(しかも、ブッシュ・クローン人間)が登場することになるかもしれません。
やっぱり、ゴアさん、ここで救世主となられてはいかがでしょうか!
夏来 潤(なつき じゅん)