所変われば品変わる:何がホントに便利なの?
Vol.61
"どの言語で夢を見るか" が母国語の指標とも言われますが、"オリンピックでどの国を応援するか" が母国の証なのかもしれません。連日、日本選手のメダルの数を律儀に数えている筆者は、どこに住んでいても日本人です。
さて、今回は、久しぶりにテクノロジー関連の話題に戻ってみましょう。
<前言を撤回します>
今年4月掲載の記事の中で、携帯電話の機能のひとつ、"プッシュ・トゥー・トーク(Push-to-Talk)" のお話をしました。携帯ネットワーク上で、"ウォーキートーキー" 形式に個人やグループと話せる機能のことです。一見便利そうだけれど、"使う場面を思いつかない" と悪口を書きました。
実は、この酷評を書いた時から、プッシュ・トゥー・トーク(以下PTTと省略します)についてもっと勉強しようと思っていたのですが、そのお勉強の結果、前言を撤回させていただくことにします。
アメリカでは十年以上前から始まっているPTTサービスですが、まず、このサービスには、現行と近い将来に大きな違いがあります。4月の記事は、現行のものを念頭に書いたもので、どちらかと言うと、特殊なマーケット向けのサービスを指しています。たとえば、建築現場、タクシーやリムジン会社、車の点検・修理場など、絶えず短い連絡事項があるセグメントです。こういった場合は、あまり音質やスピードなどの性能は問題にはなりません。
一方、近い将来に出てくるPTTサービスとは、携帯電話業界のオープンスタンダードに則り、高機能で、なおかつ互換性のあるものになって来ます。いろんな端末が使えたり、違うキャリアの友達に "ねえ、ねえ" と話しかけられたりします。しかも、応答が速いです。返事を聞くのに、10秒待ったりしません。そうなって来ると、もはや特殊なセグメント向けではなく、誰もが簡単に使える、便利なコミュニケーションの手段となります。
4月に "何に使うの?" と書いた時は、ひとつ大事なことを忘れていました。PTTでやり取りするのは、ごく短い会話です。"元気?" でも、"3時に迎えに行くね" でも、"今日の服かわいかったよ" でも何でもいいわけです。特に、新し物好きのティーンにとっては、メッセージが相手に届いて、しかもそれがクールなものだったら、テキストでも音声でもイラストでも "ギャル文字" でも何でもいいのかもしれないと、考え直したわけです。
ティーン文化には計り知れないものがあります。そのティーンたちに先導されて、2、3年後に、PTTが欧米で大ヒットしても不思議はないなと思う次第です。
追記: 筆者が今回お勉強させていただいたのは、PTT分野で知られる、Sonim Technologiesというベンチャー企業です。宣伝するわけではありませんが、その詳細を書いた記事が、9月24日発売の技術評論社発行「Mobile PRESS」2004年秋号に掲載されます。
<若者のコミュニケーション>
こんな話を読みました。ワシントン・ポスト紙の記者が、プリンストン大学でノンフィクションの書き方を教えた時のことです。自身の最もプライベートな話を、悪びれた様子もなく、次から次へと包み隠さずに書く学生たちの率直さに、ただただ圧倒されたといいます。連日メディアやインターネットで耳にするグラフィックな話に比べれば、こんなものはかわいいものですと、学生たちは答えたそうです。
ある意味、過激な報道スタイルを取るメディアにも責任の一端があるのでしょうが、今時のティーンや若者のコミュニケーションには、大きな変化が見られるのは確かです。バーチュアルな空間で、自分を思う存分さらけ出すというような。
たとえば、日本でも人気が出てきたブログ(Web上で日記をつけるWeblogの略語)ですが、この"ブログ人気"に見られるように、インターネットだったら、自分の真意をすんなり書けると思っている若者も多いようです。学校や職場では話せない事を誰かに告白したいし、そういった自分を誰かにわかってもらいたい。相手が不特定多数なので、書き易いこともあるし、読んだ人の書き込みコメントも嬉しかったりするのです(リサーチ会社Perseusの発表によると、ブログ利用者の5割はティーンで、4割は20代の若者だそうです。彼らが構築したブログ世界は、blogosphereと呼ばれます)。
上記プリンストンの学生のひとりは、"メールやブログだと、気まずい沈黙もないし、会話を進めるのに大して努力しなくてもいい" と言っていたそうですが、今の若者の間では、"面と向かって" 相手に接することが、だんだん億劫になってきているのかもしれません。
一方で、若者自身が、生身の人間との会話よりも、インターネットを情報源として信頼しているのかもしれません。たとえば、コーネル大学が行った "ウソの頻度" の調査では、電話での会話の3分の1、面と向かった会話の4分の1にウソが含まれていたのに比べ、メールの場合には、内容の15パーセントにしかウソがなかったそうです。口頭の会話と違って、メールは証拠が残るし、比較的ゆっくりと会話が進むので、"勢いに乗ったウソ" が少ないらしいです。
8月に入り、携帯キャリアのCingularが、"Rescue Calls(お助けコール)" なるサービスを始めました。不運なことに、デートの最中、相手がうっとうしくなって、お家に帰りたくなったとします。そういう時、密かにケータイの "*8" を押します。すると、数分後に電話がかかってきて、こんな助言を耳元でささやいてくれます。
"今から私が言うことを繰り返してくださいね。「エ~、また~? じゃあ、今からすぐに戻ってあげるよ。」 さあ、それでは、ルームメイトが部屋に鍵を忘れて外出したから、中に入れなくて困っていると、相手に説明してあげてください。グッドラック!"
月に5ドルのこのサービスには、ご丁寧なことに、8種類のシナリオが用意されているそうです。
それにしても、相手が気に入らなかったら、自分で何とかできないものでしょうか。誰かがお膳立てした "blind date(友人・知人が紹介した初対面の人とデートすること)" が多いアメリカならではのサービスかもしれませんが、最後はやはり、生身の人間同士の相性に尽きるということでしょう。
<お利口さんなゴルフボール>
先日、久方ぶりにゴルフをしました。今は東海岸に住む、出身会社の大ボスに8年ぶりにお会いするためです(今は仕事では関係がないので、お会いするのはゴルフ場となります)。
懐かしい、嬉しい再会ではありましたが、ボールが思った所に行かないので、自身のゴルフにはすこぶる不満でした。そして、"今の技術だったら、ボールがインテリジェンスを持ち、飛距離や方向を修正して、自分の好きな場所に飛ばせるはずだ" などと考えながら、半日を過ごしました(でも、それじゃゴルフじゃないんですけどね)。
そのちょうど翌日、こんな話を耳にしました。方向修正できるわけではないけれど、若干のインテリジェンスを持つゴルフボールの話です。ゴルフ場では、時に、草むらや木の根元に隠れたボールを見つけ出すのが難しいですが、最近、この "ロストボール" を探知する装置が開発され、オンラインでは既に売りに出されたらしいです。
まず、ゲームには特製ボールを使います。このボールには、RFIDチップが内蔵されていて、手元のスキャナー装置が出したラジオ電波を受け、飛んで行った先で応答の信号を出します。この信号を拾いながら、隠れたボールを捜すのです。
Radar Golf(レーダーゴルフ)と呼ばれるこの装置は、片手でかざしながら歩けるほど小型で、ボールが近づくにつれ、ビッビッと頻繁に音を出すようになります。そして、ボールの所まで来ると、ビーッと高い継続音を出し、持ち主に知らせます。
アメリカのゴルフ場は、日本よりもラフがきつく、フェアウェイからちょっとこぼれただけでボールが見つからなかったりします。規則では、5分以内に見つからない場合、2打のペナルティーとなります(打ち直しとペナルティー加算1打)。真剣にゲームをやっている人にとっては、この加算はかなり痛いもので、今まで、ロストボール対策に様々な装置が開発され、特許が取られているそうです。中には、ボールに放射性物質を入れ込み、ガイガー放射能測定器で探し出すというアイデアもあったとか。
Radar Golf は、シリコンバレーに住む、あるゴルフ好きのソフトウェア会社のエグゼクティヴが考案したものです。"エンジェル" と呼ばれる個人投資家の助けもあり、2年前、彼は仕事を辞め、この製品を売り出すために会社を作りました。そして、この度、オンラインでの発売に漕ぎ付けたのです(実際の出荷は11月からだそうです)。
現在、全国的な小売チェーンとも交渉中だそうですが、ボール12個付きで249ドルという値段が、一般ゴルファーに受け入れられるのか興味のあるところです。ちなみに、ボールは米国ゴルフ協会(USGA)の規準に則っていますが、探知機の方は、距離を測る装置とみなされ、ツアーでは使用禁止だそうです。
それにしても、ヤーデッジの測定器などと同じで、物好きなゴルファーが買ったとしても、一度しか使わないグッズとなる可能性は充分にありますね。ゴルフボールなんかよりも、どこかに置き忘れた財布や鍵を捜し出す機械というのはどうでしょう。
<ロストチャイルド>
ゴルフボールと同じくらい行方不明になりやすいのが、遊園地に足を踏み入れた子供です。彼らは、大人とは違った脳ミソで世の中を見ているようで、何かに気を取られると、ゴルフボールよろしく、有らぬ方に飛んでいきます。そういった時のお助けサービスが、シリコンバレー唯一の大型遊園地、Paramount’s Great Americaで始まりました。
こちらもやはり、RFIDチップが活用されていて、チップを内蔵した腕時計型のカラフルな装置が、遊園地中に立つアンテナを介し、持ち主の居場所を中央制御コンピュータに逐一知らせる仕組みになっています。迷子を捜す親は、園内のデータキオスクに立ち寄り、タッチスクリーン画面で、子供が園内のどのセクションにいるのか教えてもらいます。園内は63のセクションに細かく分けられ、受信漏れがないように、各々にアンテナが立ちます。
このシステムは、SafeTzone Technologiesというカリフォルニアの会社が開発したもので、2001年末、ロスアンジェルス近郊の大型プール施設に導入されたのを皮切りに、全米に徐々に広まりつつあります。フロリダ州フォート・ローダーデールのショッピングモールでは、デパートくらい大きな遊戯施設に導入されていて、親がショッピングに夢中になっている間、子供はここで存分に楽しめるようになっています。親が買い物を終えて戻って来ると、施設内のどこに子供がいるのかすぐにわかる仕組みです。
同社は、キャッシュレスサービスのモジュールも用意していて、これを導入した施設では、各自が腕に装着したRFID装置が "電子財布" にも変身します(勿論、口座に入れておいた分しか使えませんが)。
これが先述のGreat Americaで導入されれば、もっと人気が出るのかもしれません。残念ながら、今のところ、広大な園内にデータキオスクが7つしかなかったり、レンタル料が装置一個に付き5ドルと高かったりと、一日に平均4、5組が借りる程度だそうです。
日本では、大阪のある学校で、児童の居場所を把握するために、名札か洋服にRFIDタグを付けると発表されたそうですが、この方法は、欧米では敬遠されるでしょう。遊園地などで、限られた時間子供を追跡するのは良しとしても、学校側が毎日使うのは、プライバシーの侵害だと受け取られるからです。"所変われば品変わる" で、RFIDの応用にもいろいろあるものです。
<日米経営比較論>
"所変われば品変わる" といえば、会社の経営スタイルも例に挙げられます。最初のお話の追記に出てきたSonim Technologiesですが、この会社は1999年に設立されているけれど、5年経った今は、創設者は残っていないそうです。経営が軌道に乗りそうなので、自分は会社を去り、また別の会社を始めたとか。
このように、会社を立ち上げる初期の頃が楽しくて、方向性が確立し、実行の段階となると他に譲るという経営者は、シリコンバレーでは結構多いようです。ひとつのものに固執せず、常に新しいチャレンジを求める。これは、種まきから収穫期まで、じっくりと腰を据え、会社を見守る日本の創設者とは好対照と言えます。ある種、“狩猟採集民族と農耕民族の違い” とも解釈できます。
製品開発に対する態度にも違いが見られます。たとえば、新製品を作るにあたって、日本では一から自分たちで作ろうとします。しかし、アメリカのテクノロジー会社では、必ずしもそれが最良の方法とはされず、時に、自分の欲する製品を先に開発してしまった会社を買収するという解決策を採ります。自分の手元に無ければ、どこかから採ってくればいいやという考え方です。
人事も同じようなものです。日本では、社員を一から教育しようとしますが、アメリカでは、採用したい分野での経験や適応性が優先します。ですから、新卒社員よりも中途採用が重宝されます。よって転職も多いし、スカウト活動も盛んです。ヒューレット・パッカードの最高経営責任者、カーリー・フィオリナ氏のケースのように、経営者や重役レベルの引き抜きも日常茶飯事です。
株主も経営者と同じくらいに狩猟採集民族型です。今すぐ良い結果が欲しいのです。そうしないと、株価が下がるではありませんか。そういうプレッシャーがあるので、会社としても、未公開のうちは数年を眺望した長期計画も可能ですが、ひとたび株式市場に公開してしまうと、数年どころか、年間計画も怪しいものとなります。一年などと悠長な事は言っていられずに、四半期ごとの成績が求められているのです。
このように、経営が短期決戦型なので、決断が速いという利点がある一方、長期的な投資がやりにくく、テクノロジーの一般への展開が遅れるきらいがあるのが狩猟採集的経営方式です。
しかし、いかに短所があったとしても、今から農耕民族に学べというのも、土台無理な話なのかもしれません。
(ちなみに、狩猟採集民族型・農耕民族型というモデルは、このシリーズを掲載していただいているインテリシンク株式会社社長、荒井真成氏の持論をお借りしたものです。)
<グーグル株>
最後に、先月号で書いたお話のアップデートです。ご存知の通り、8月19日、グーグル(Google)がめでたくナスダック株式市場に公開を果たしました。直前に、証券取引委員会から公開の一時延期を命じられたりしていましたが、大騒動もなく、初日の取引を迎えました。
従来のIPOと違って、オークション方式が採用されたわけですが、一般投資家にはちょっと手続きが煩雑で、しかも、公開値のガイダンスが108ドルから135ドルと "高嶺の花" だったので、予想されたよりも参加者は少なかったようです。公開の15日後には、グーグル社員の持株売却が一部解禁となるので、すぐに値崩れするという懸念もあったようです。それでも、85ドルで公開した株は、初日100ドルで取引を終了しました。
グーグル側としては、株式公開で36億ドルを調達する計画だったところが、実際は17億ドルと目減りしたので、若干の不満は残るのかもしれませんが、今の経済状況や、石油価格の高騰などという不安材料を考えると、致し方ないのかもしれません。経済不安を理由に、7月以降、11社がIPOの延期や公開値の値下げを発表しています。
いずれにしても、グーグルのような有名企業がオークション方式を採ったことで、従来のIPOよりも、ずっと公平な、民主的な公開プロセスが市民権を得たと言えるようです(株がどんな比率で購入希望者に分配されたかなどの詳細は、非公開のままとなっていますが)。そして、公開に携わった金融機関への手数料もずいぶんと低く抑えられたこともあり、今後公開を考える企業にとっても、いい教科書になったことでしょう。
昨今、評判の芳しくなかったインターネット業界ですが、グーグルが仲間に加わったことで、文字通り、株が上がることも期待されます。
グーグル公開の翌朝、シリコンバレーの代表紙サンノゼ・マーキュリー新聞に、きれいなカラー版の広告ポスターが入っていました。何かと思って開いてみると、スポーツ仕様車Hummerの宣伝でした。
この車については、昨年7月にご紹介していますが、軍用トラックを一般向けに改造した超大型車で、イラク戦争勃発後、シリコンバレーでも新たなステータスシンボルとなるほどの人気を誇る車です。
Hummerは、安いモデルでも5万ドルは下らないので、近い将来、小金を懐に入れるであろう "グーグラーたち" をターゲットにしたものかと、勘繰りたくなる絶妙なタイミングではあります。
そこで、グーグラーさんにひとことアドバイスです。この車は燃費が非常に悪く、ガソリン代がかかることもありますが、普通の家のガレージには、高さがつっかえて入らない場合があることを念頭に入れておいてくださいね。
夏来 潤(なつき じゅん)