冬季オリンピック:ソルトレーク・オリンピックの周辺
Vol. 30
冬季オリンピック:ソルトレーク・オリンピックの周辺
皆様良くご存じの通り、2月8日から、ユタ州ソルトレークシティーで、冬季オリンピックが開催されます。
ところが、スポーツイベントとしてはタイミングの悪い事に、今はまだ、フットボール、バスケットボール、アイスホッケーなどのプロスポーツのシーズン中です。ゴルフもテニスもシーズンが始まったばかりだし、加えて大学バスケットボールなどの視聴率の高い催しも災いし、みんなのオリンピック熱はあまり高まってはいないようです。テレビ局も、冬季オリンピックを初めて放映する栄を受けたNBC以外は、押しなべて無関心を装っています。
そんなこんなで、通常人気の高い開会式の入場券もまだ余っていて、900ドルのチケットが、700ドル以下で売られているという話も聞かれます。
でも、せっかく4年に一度のオリンピックだし、アメリカで開かれるということで、このスポーツの祭典に纏わる話を、いくつかまとめてみたいと思います。
【技術提供】
今回の冬季オリンピックでは、シリコンバレーからも選手が出場します。でも、この地域を代表するのは、何も選手達だけではありません。今までIBMが一手に引き受けていたオリンピックのIT管理を、今回からコンソーシアム形式で、複数の会社が担当することになり、サン・マイクロシステムズ、オラクル、シスコ・システムズ、インテル、ヒューレット・パッカードなどの地域の重鎮達が参加しています。
総元締めは、ニューヨークのシュランバジェー・シーマというIT会社が努めていて、今回の祭典では、4000台のゲートウェイのPCとサーバー、145台のサンのUNIXサーバー、700台のシスコのルーターとスウィッチ、1200台のゼロックスのプリンターを、5万キロメートルにも及ぶ光ファイバーで繋げるという大仕事をこなします。
また、ソフトウェア側では、オラクルのデータベース、インテルのLANDesk、HPのOpen Viewなどが選ばれ、これらをスムーズに起動させ、遠隔地でのデータ収集や分析、さらにコメンテーターやプレスへの瞬時の情報開示を保証する、という大きな責任を担っています。
既に1月中旬にシステムは稼動していますが、本格的にスタートする開会の日までには、ボランティアも含め、3000人がIT管理に従事するそうです。今回から、実況中継中、コメンテーターが過去の記録や統計をタッチスクリーンで見られる、という細やかな機能も追加されており、情報社会のオリンピックを陰で支えるのも、どうやら至難の技のようです。
ところで、UNIXサーバーを提供しているサン・マイクロシステムズは、最近新たにアイスホッケー・リーグ(NHL)と契約を交わし、リーグのインターネットサイトのアップグレードを担当することになりました。それに加え、オールスターゲームやドラフトなどの特別なイベントのスポンサーも務めることとなり、リーグとの関係を深めていくようです。
ソルトレーク・オリンピック委員会が、IT関連に割く予算は390億円だそうですが、どうやら、スポーツ分野には、テクノロジー会社にとっておいしいビジネスが、たくさんころがっているようです。
【テロ防止】
今回のオリンピックのもうひとつの課題は、セキュリティーです。多くの人が集まり、テロのターゲットになり易いということで、警備体制もかなり強化されています。国の治安やテロ活動への応戦というのは、ブッシュ政権の最重要課題でもあります。
ところが、先日アッシュクロフト司法長官が現地を視察したところ、イベントの前後に人が流れて来る、付近のレストランやお店の警備がまだまだ生温いと指摘され、急遽、警備要員を増やし、パトロールを強化することになったそうです。
ソルトレークに向けては、シリコンバレーからも助っ人が派遣されました。ニューヨークのワールドトレード・センターでも活躍した、災害救助専門のレスキュー隊です。今回のオリンピックでは、全米から集まった6つのレスキュー隊が待機していますが、その中には、唯一連邦政府から認証されている、爆弾事故専門のロスアンジェルスのレスキュー隊もいます。こういったレスキュー隊は、テロ事件だけではなく、スキー場のリフトが動かなくなったとか、大雪で建物が倒壊したといった事故にも活躍します。
オリンピックと同様に、2月3日に開かれるフットボールの祭典、スーパーボウルでも、今までに類を見ない警備体制が取られます。このもうひとつの国民的イベントの開催地、ニューオーリンズのスーパードームでは、周囲に高さ3メートルのコンクリートフェンスが張り巡らされ、入場者は、ファン、報道陣、売り子を問わず、徹底的なセキュリティー・チェックを受けます。
通常、スタジアムに黒塗りのリムジンで乗りつけるVIPといえども例外ではなく、フットボール・リーグ(NFL)のコミッショナーであろうと、チームのオーナーであろうと、車で入場することはできません。みんなかなり遠くにある駐車場から、テクテクと歩いて来ます。頭上はと言えば、6万5千人の命を守るため、無飛行地帯(no-fly zone)として警戒されます。
イベントでの惨事としては、1996年のアトランタ・オリンピックでの爆破事件も記憶に新しく、冬季オリンピックしかり、スーパーボウルしかり、何とか無事に終わってほしい、と関係者は神経を尖らせているようです。
【聖火リレー】
現在、アメリカでは、各地を巡る聖火リレーが行なわれています。12月4日にアトランタを出発した聖火は、46州にまたがり、65日間、2万2千キロメートルを走り継がれ、目的地ソルトレークシティーに向かっています。聖火ランナーには、全米で、約1万2千人が選ばれました。中には、昨年のホームラン王、バリー・ボンズ選手のような有名人もいますが、大部分は、一般人から選出されています。
ベイエリアでも、200人ほどの老若男女がリレーに加わりましたが、中には車椅子や義足の人も参加しています。選考の基準は、勿論、速く走れるといったことではなく、難関を乗り越え、いかにコミュニティーのみんなの励みになったかということです。
シリコンバレーを走り抜けた中には、白血病、大脳麻痺、肺炎を次々と克服し、パラリンピックの水泳で金メダルを獲得した20歳の女性や、腎臓移植を受けながら、ガンとも3回闘い生き残った21歳の男性などもいます。彼は、今通っているバスケットボールの名門、サンタクララ大学で、チームの学生マネージャーを元気に務めています。
サンフランシスコで聖火を繋げた37歳の男性は、4年間闘い続けている白血病を押して、300メートルの距離を歩きました。その3日前には、あと4日しかない命だからと、医者から参加を断念するように言われていました。しかし、ついひと月前にはトライアスロンにも出場し、17時間の制限時間ぎりぎりで完走しています。そういう彼にとって、今回の聖火リレーは、何としても実現したい事で、救急車の運転手をしている友達を巻き込み、病院脱走計画まで練っていました。最後には担当医も根負けして、ゴーサインを出したようです。
参加当日の早朝、入院しているシリコンバレーの病院から救急車で運び出され、途中、別の病院で痛みを抑えるモルフィネを調達し、サンフランシスコに到着しました。前リレー走者からバトンタッチされると、車椅子から立ち上がり、弱々しい足取りではありましたが、笑顔で聖火を高く掲げ、大役を見事に果しました。
そして、応援してくれた家族や友達、沿道の人達に別れを告げ、病院に戻り、間もなく昏睡状態に入りました。そのまま意識は戻らず、3日後には息を引き取ってしまいました。普通の人には考えもつかない事ですが、彼にとって、オリンピックの聖火とは、きっと自分の命の象徴だったのでしょう。
今回のソルトレーク・オリンピックには、いくつかのテーマがあって、そのひとつに、"Light the Fire Within(内なる火を燃やせ)" というのがあります。この言葉には、オリンピックという一大イベントを成功させることにより、昨年9月の悲惨な事件を乗り越え、国民全体が早く立ち直れるように、という願いが込められています。
この言葉はまた、世界中のひとりひとりに向けられた応援メッセージでもあるようです。
【ユタ州】
今さらご説明するまでもなく、ソルトレークシティーというのは、ユタ州の州都です。このユタ州というのが、他の州とはちょっと違っていて、210万人いる州民の7割がモルモン教徒という所です。モルモン教会、正式名称、末日聖徒イエスキリスト教会(The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)では、信徒がアルコール飲料を飲むことを禁じていて、よって州全体にも、アルコールに関して厳しい規則があります。
たとえば、酒屋は州が経営し、日曜日に店を開けることはできません。また、バーやナイトクラブなどのお酒を専門に出す所は、プライベート・クラブと定義され、一杯のビールを飲むにも、メンバーシップ料を払って入場します(2週間有効だと一人5ドル、1年間有効だと12ドルから100ドルと様々)。
これは、何教徒であろうと、どこの州民であろうと、ユタ州にいる限り、従わなければいけません。教会は、信徒以外の飲酒を禁じているわけではないのですが、これでは好き勝手にお酒が飲めるという雰囲気ではありません(レストランでは、メンバーシップ料なしにお酒を飲むことはできますが、一杯目を飲んでしまわないと、次を出してはいけないルールのようです)。
このアルコールに厳しい伝統は、長い間変わらず守られてきましたが、オリンピックが近づいてきた2,3年前から、何かと論争の的となっています。世界中から人が集まるいいチャンスなのに、商売の邪魔になる、というアルコール飲料業界の反発が強くなってきたのです。
この "ユタ州の飲酒法の狂気" に対抗するため、Dead Goat Saloonというバーのオーナーは、他の6つのナイトクラブと連盟を組み、年間15ドルの会費を払えば、加盟店全部に自由に出入りできるというシステムを打ち出しました。インターネットで会員を勧誘していますが、開始早々、軽く300人は集まったそうです。ユタ州の法律では、複数の店の会員制については記述がまったくなく、盲点を突いた対抗策と言えます。
また、あるビール醸造会社の経営者は、挑発的なマーケティング戦略で、とことん飲酒反対派と闘っています。彼は、自分の新商品を、Polygamy Porterと名付けました(polygamyとは、多婚のことで、ここではモルモン教徒の間で伝統的に行なわれてきた一夫多妻制を指します。Porterとは、黒ビールのことです。教会は、1890年に一夫多妻制を禁じてはいますが、これは決して過去の話ではありません)。
このビールの宣伝には、"Why have just one?(どうしてたったひとつだけにしちゃうの?)" というメッセージが選ばれ、ラジオで堂々と流されています。本当は、ビルボードにでかでかと、数人の女性に囲まれた裸同然の男性の写真を載せ、"Take some home for the wives(奥方達に何本か持ち帰ろう)" というスローガンを掲げたかったのですが、これにはさすがにビルボード広告会社が躊躇し、掲載を断られたそうです。保守派の反応も素早く、かなりの攻撃もあったそうです。
このビール会社の経営者は、一年以上に渡って、モルモン教をもじった挑発的な宣伝文句を謳い続けてきました。これに反発し、宗教的な意味合いの強いアルコール飲料の広告を、全面的に禁止しようという案が出されましたが、州のアルコール飲料管理委員会は、昨年10月、これを棄却しました。米国市民権連合の圧力があったからです。そういうわけで、法的に規制のない限り、彼の宣伝攻勢は今後も続くようです。
ちなみに、先述のナイトクラブ連盟は、ユタ州を近々訪れる予定がなくても、アルコール法に対する宣戦布告に賛同してくれる有志から、義援金を募っています。興味のある方は、www.slcgetalife.comをご覧ください。(注:現在は、こちらに参照したウェブサイトは使われておりません。あしからず。)
夏来 潤(なつき じゅん)