住宅事情(パート3):どこにも住めない!
Vol. 8
住宅事情(パート3):どこにも住めない!
前回、前々回と、サンタクララ郡(Santa Clara County)を中心とするシリコンバレーや、サンフランシスコ・サンノゼとその近郊を含むベイエリア(the Bay Area)の住宅事情について、いろんな例を取り入れながらお話してきました。初回は、比較的裕福な家庭が家を買うときの話、そして、前回は、ハイテク産業の平均より収入の低い、先生達への援助プログラムなどを紹介しました。
しかし、実際は、もっと切実な悩みを抱えている人達が日に日に増加している状況で、今回は、そういった人達のお話をいたします。
日本では、ホームレスとか、福祉団体の施設で世話になっていると言うと、仕事も家族も捨て、社会放棄をした人達というイメージが強いようです。それに比べ、ベイエリアの事情は、そういった日本のイメージとも、アメリカ一般 のイメージ、精神障害者かアルコール・麻薬中毒者、ともかけ離れています。
かなりのホームレスは仕事を持ち、給料を定期的にもらっています。そして、3分の1くらいは、子供を扶養しています。時には、夫婦と子供の家族全部で住むところがない、という状況もあります。そして、ホームレスは可逆的な環境と言え、そこから脱出して、普通 の生活に戻った人達はたくさんいます。
サンタクララ郡では、ホームレスの状態に陥ったことのある人は、1年間で2万人に昇ると言います。そのうち4分の1ほどは、ティーンエージャーを含む子供だそうです。郡の人口からすると、ホームレスは百人にひとりちょっと、ということになります。ハイテク産業にいると、そんな人にはまずお目にかからないので、たとえば農業の小作や清掃会社など違った産業に行けば、もっと高い比率で、住む所がない状況のはずです。
郡のホームレス人口は、ここ数年2割強も増えたそうですが、一番増加している層は、子供を抱える女性と家族ということです。過去2年間で、85人が寒さのため路上で亡くなり、比較的暖かいカリフォルニアとは言え、摂氏零度を下ることのある冬季には、ホームレス対策は人の命のかかった切実な問題です。
そういった中、11月第3週はホームレス・ウィーク(Hungry and Homeless Week)とされ、その週以降、ホームレス問題が普段以上に喚起されます。たとえば、サンノゼにある非営利団体では、年間を通 して開けている施設のベッド数を倍の250にし、夫婦でも利用できるようにしました。国家警備隊(the National Guard)では、冬季専用として、サニーベイル市(Sunnyvale)とギルロイ市(Gilroy)の兵器庫に、250人の緊急施設(emergency shelters)を開きました。また、教会でも宗派を問わず、冬の間ホームレスに門戸を開放するところが出てきました。
その他、学校や福祉団体では、暖かい服や毛布、缶詰の寄付を募ったり、雨季に備え施設の修復工事をしたり、また、食事を無料配布している団体では、朝と昼も食事を提供し始めたり、と援助内容の強化に努めています。
路上生活を余儀なくされるには、いろんな事情がありますが、シリコンバレーやベイエリアの場合、自分の意思でそうなったという人は少ないようです。職を持つか、充分に働く意志のある人がホームレスになるのは、大抵の場合、仕事を突然なくし、次の働き口がまだ見つからない、借りていた家が誰かに高く売られて出て行く羽目になった、アパートの賃貸料が急に上がったり、共同で借りていた人が出て行ったりと支払えなくなった。でもその後、払える範囲で借りられる場所は、そう簡単には見つからない、という事情のようです。
最初は親戚や友人の家のガレージやソファー、床の上に寝させてもらっていたけれど、長居はできず、車の中や公園で寝起きせざるを得なくなった、という話が少なくないようです。
各地方自治体では、1時間当たりの最低賃金というのが保証されていますが、たとえ最低賃金以上で働いていても、ゴキブリやねずみが歩き回るようなアパートすら借りられない(物件がないか、あっても高すぎて払えない)、という状況に陥る可能性は充分にあります。
ちなみにカリフォルニア州では、2001年元旦から、最低賃金は1時間当たり6ドル25セントになりました。1年後には50セント上がることが決まっていますが、実際は8ドルでも足りないと言われています。
それでは家賃はいったいいくらぐらいかと言うと、サンタクララ郡の場合、昨年一年で平均して4割もアパートの賃貸料が上がり、ベッドルームひとつの小さな部屋で、1730ドル(約19万円)ほどだそうです。サンフランシスコ市では状況はさらに悪く、一年で5割も賃貸料が上がり、今では市内でベッドルームふたつの普通 のアパートを借りようとすると、平均2550ドル(約28万円)もかかります。
しかも、アパートの空き率は慢性的に1パーセント、というのがシリコンバレーの状況です。この1パーセントの空き率というのは、実質空きはない、と言うに等しい数値のようです。これでは、ホームレスとは紙一重(one paycheck away)という人達は、潜在的にいくらでもいると言えます。
その中で、実際ホームレスになってしまった人の話をひとつお伝えします。サンタクルーズ(Santa Cruz、東京近郊の江ノ島のような、サンノゼを西に山越えした海岸沿いの街)に住むカレンは、少し前まで子供3人とフィアンセと、大きな一軒家を借りて住んでいました。以前その家に同居していた夫との離婚が成立した後、不幸なことに、彼女の乳がんが発見され、切除手術と6ヶ月の化学療法を受け始めました。彼女のお母さんが、同じ乳がんで亡くなった半年後のことでした。治療に専念するため、仕事は辞めざるを得ないし、フィアンセも彼女の病院通 いに付き添い、半年間十分に働くことができませんでした。
そしてごく最近、シリコンバレーのベッドタウンとして脚光を浴びるサンタクルーズでは常識になっているように、家の賃貸料が跳ね上がってしまいました。しかし、充分な収入がない状態では、住み慣れた家を明け渡す以外に方法がありません。国の傷病補償(Social Security disability income)を申し込んではいましたが、届いたのは引っ越しの済んだ1週間後でした。明け渡した家を再度借りようにも、彼女より収入の面 で信頼できそうな借り手はいくらでもいて、到底彼らに太刀打ちはできませんでした。
短大卒で、高級レストランのマネージャーや、はやっている飲み屋でバーテンダーをして人気のあった彼女は、それでも、たくさんの友達に助けてもらい、車を購入したり、子供達にクリスマスプレゼントや学校用の必需品を調達したりしました。しかし、住む所だけはどうしようもありません。"私は、こぎれいな、中流階級のホームレスよ" と言う彼女は、今は家族と共に、週日はひと晩70ドルの安モーテルに住み、リゾート客のため値段の上がる週末は、友達の家に転がり込む、という生活を続けています。このモーテルが格安の理由は、ギャングが殺されて床下に埋められているとか、40年代に溺死した人の幽霊が出る、という噂があるからとか。毎日住む家を探し続けてはいますが、今のところ徒労に終わっています。
しかし、住む家が見つからなくても、彼女はもうすぐフィアンセと結婚し、子供をふたりは産みたいと考えています。そして、"これは一時的なことなのよ、と自分に言い聞かせているの。今は少なくとも子供達はいるし、私も元気でやっているし。これより悪い状態だって考えられるわけでしょ"、と希望を捨てていません。
カレンのいるサンタクルーズ郡(Santa Cruz County)では、先頃、全米でも珍しいホームレスの実態調査が行われました。路上や海岸、森林、緊急施設で生活している人達へのインタビューの形式で、郡内くまなく、一斉に二日間で調査されました。それによると、数は3300人で10年前の約2倍、と悪化を物語っていますが、これは初めから十分に予想される結果でした。
しかし、それ以外は、一般的に信じられているイメージからかけ離れていました。たとえば、4割はホームレスを始めてまだ半年以下、7割は2年未満、と"ベテラン組"の少なさ。4割は女性。全体で3割は子持ち。3割は就労者。同じく3割は大学に行った経験者で、1割は2年制・4年制大学の学位持ち。そして、8割は地域に5年以上住み、ここから出て行く気はない、ということです。
こういったシリコンバレー周辺のホームレスのために、国からの補助が支給されると先日発表されました。住宅・都市開発省(the U.S. Department of Housing and Urban Development、通称HUD)から出される、全米で10億ドル(約千百億円)の補助金の一部で、ホームレスの人達が、住居、定職、医療保険、保育所等を探す手助けをした、地域の優れたプログラムに支給されるものです。
サンタクルーズ郡では、昨年の9倍の250万ドル(約2億8千万円)が、九つの非営利団体に支給されます。ここでは、昨年一年で40人が路上で亡くなっており、より充実した対策が緊急に求められています。
ホームレス人口が2万とも言われるサンタクララ郡では、17の団体に630万ドル(約6億9千万円)が支給されます。現在、郡全体の施設のスペースは2300人分しかなく、この補助金により、もっと多くの人を保護できるようになります。
この他、サンタクララ郡の北に隣接するサンマテオ郡(San Mateo County)、その北のサンフランシスコ郡(San Francisco County)など、北カリフォルニア全体で5662万ドル(約62億3千万円)が支給されます。こういった補助金がなければ、閉鎖の憂き目を見る施設もあるそうで、どの地域の団体も、異口同音に補助金支給を歓迎しています。
前述のカレンのように、教育もあり、いい仕事や家族にも恵まれていたのに、突然状況が変わってしまった、ということは頻繁に起きることです。そして、ひとたびそういう不幸が起きると、特に、シリコンバレー周辺のように異常な住宅事情の場所では、自分を守るのがより困難になってきます。
しかし、このような不幸を経験した人達は、たとえホームレスと呼ばれていても、将来に大きな希望を持っています。自分の意思があれば、ホームレスの状態(homelessness)からは、いくらでも抜けられるからです。
最初は、ひと晩ごとの施設(a shelter)で寝床や食事を提供してもらい、民間・個人基金、教会、非営利団体、そして、国や地方の行政機関の援助を受け始めます。でも、今までの伝統的な施設では、職が見つかった途端に、援助がストップしてしまいます。そのため、シリコンバレーでは、定職があったとしても自立できない人の為に、スキルアップ・トレーニングやカウンセリングを受けられる、半年・一年単位 の一時住宅(a transitional house)というコンセプトが生まれました。
この共同生活施設では、賃貸料が安いので、給与の大部分を、将来の住宅費のため貯蓄することができます。また、ホームレスを止めた人が一番ホームレスに戻りやすい最初の一年を、仲間と安心して過ごすことができます。
ここでスキルや教育を身につけ、より良い仕事に就きお金が貯まったら、次はいよいよ自分の力でアパートを借ります。そして最終的には、低所得者用の特別 ローンを借り、家を購入する。これが、シリコンバレー特有の、ホームレスのステップアップと言えるようです。
"3ヶ月後には、私はホームレスなんかじゃない" という意思が、本人を助け、社会全体の援助活動をさらに意義のあるものにしているようです。
夏来 潤(なつき じゅん)