Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2006年09月29日

秋の到来:アメリカの大学進学

Vol. 86

秋の到来:アメリカの大学進学


長かった夏がようやく終わり、風の中にも秋らしい薫りを感じるようになりました。いよいよシリコンバレーにも、本格的な秋の到来です。

そんな過ごしやすい「学問の秋」、今回は、教育分野の話題を中心にお送りいたしましょう。


<大学進学>


9月といえば、多くのアメリカの学校では新学期。来年、大学進学を目指している人にとっては、そろそろ入学願書を提出する季節がやってきました。

え、入学の一年も前から願書を提出?と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、アメリカには「先行入学許可(early admission)」という制度があって、一部の高校3年生は、秋のうちに好きな大学に願書を提出し、12月には早々と翌年の入学が許可されているのですね。これに漏れると、みんなと同じく、1月に複数の大学に入学申請することになります。

ところが、世の中は公平なものではありませんで、この制度で他に先行して入学許可をもらえるのは、えてしてお金持ちの家の子供なのですね。こういった生徒は、入試準備のための補習校にも通えるので、複雑な入学手続きが何たるかをわきまえている。そして、奨学金を必死に探しまわる必要もないので、願書提出を先延ばしにすることもない。
それに、お金持ちの親の場合、有名大学を卒業しているケースが多いので、そのコネや何かで子供も早々と入学を認められることにもなる(秋に願書を提出する生徒は少ないので、競争率もその分低くなります)。

アメリカの場合、大学の入学資格というのは、実に様々なものでして、学校の成績や共通入試テストの点数だけではなく、学校外の社会活動歴だとか、入学後の抱負を語るエッセイだとか、そんなものも重視されるのです。公立・私立にかかわらず、一族の中に卒業生がいるかというのも、大事な項目となる場合もあるのです(たとえば、ブッシュ現大統領。誰も彼が実力で名門エール大学に入ったなんて思わないですよね。平均Cの成績で)。
そんなコネを利用した制度という意味で、先行入学許可は、「遺産入学許可(legacy admission)」とも呼ばれています。親子代々、同じ有名私立大学の出身というのも、東海岸の金持ち一族の間では珍しくないことなのです。

学校にとっても、お金持ちの子供を学校に入れれば、寄付金が潤沢に集まり、学校経営も研究費の調達も楽になる。ひいては、学校の名声も高まる、そういった論理なのですね(アメリカの大学では、卒業生の寄付金というのは重要な位置を占めるもので、たとえば、映画『スターウォーズ』でお馴染みのジョージ・ルーカス監督は、9月中旬、母校の私立・南カリフォルニア大学に約200億円を寄付すると発表しています)。

そんな不公平な選考基準を憂慮し、大学をもっと開かれたものにしようじゃないかという動きが出てきました。
たとえば、名門私立のハーヴァード大学。来年から、先行入学許可制度を廃止すると発表しました。
ハーヴァードでは、学生全体の13パーセントが先行許可で入学した学生と言われます。ただでさえ狭き門のアイヴィーリーグ筆頭の名門校。この制度を廃止すれば、貧困層や人種的マイノリティー(たとえば黒人やラテン系)にも、より広く門戸が解放されることになるかもしれません(アイヴィーリーグ8校では、平均約1割の学生が先行入学許可制度を利用していると言われています)。

実は、こういった動きは、なにもハーヴァードが初めてではありません。4年前、州立大学のノースキャロライナ大学チャペルヒル校が、先行入学許可を撤廃しています。しかし、その後、デラウェア大学が同様の決定をしただけで、それに続く学校はありませんでした。 これに対し、9月中旬にハーヴァード大学が制度廃止を発表した数日後、今度は、やはりアイヴィーリーグの名門、プリンストン大学が同様の発表をしています。こちらは、先行して入学許可をもらうと、必ず同校に入学しなくてはならないという制限付きだったので、受験生からの批判が強かったという背景もあったようです。

アメリカでは、「自分が一族で初めて大学まで行った(I was the first one in the family to go to college)」という言葉をいまだに耳にします。わたしの主治医もそうです。これは、取りも直さず、大学進学の門戸がすべてのアメリカ人に開かれてはいないことを示しているのです。
今回のハーヴァードの英断が良い模範となるのか、アメリカの最高学府での今後の展開が楽しみなところです。


<アジア系高校生>
アメリカには世の上流階級に有利ともなる制度が存在する反面、カリフォルニアは、かなり異なった様相を呈しています。
カリフォルニアの州立大学系列のひとつ、カリフォルニア大学(University of California、通称UC)。バークレー校やロスアンジェルス校など10校を抱える巨大な系列大学ですが、ここでは今年、カリフォルニア州内からの新入生の4割近くがアジア系となりました。

今年、UCに入学したカリフォルニア州内の高校卒業生は5万5千人強。そのうち、36パーセントがアジア系で、35.6パーセントを占める白人を追い抜きました。これは、実に、UC始まって以来の画期的なことなのですね。
州内の高校卒業生のわずか14パーセントがアジア系ということを考えると、36パーセントというのは大きな数字と言えるのです(ちなみに、UCでは、約1割が州外の高校卒業生となっています)。

カリフォルニアのアジア系の高校卒業生がUCに集中する理由として、まず、私立に比べて授業料が安く、なおかつ名門の誉れが高いということがあります。たとえば、UCバークレー校に入学すると、授業料や寮での生活費など、年間2万ドル(約230万円)ほどかかるそうですが、これは、シリコンバレーの名門私立スタンフォード大学に比べ、半分以下だとか。
文化的にも、白人系が州外の遠くの大学に行きたがるのに比べ、多くのアジア系は実家に近い学校を選ぶこともあるようです(とくに、南部の州などは、アジア系人口が少ないという理由で、名門であっても敬遠される傾向にあるようです)。

そして、一般に成績の良いアジア系にとって、アイヴィーリーグなどの名門私立は入り難いという要因もあるのかもしれません。
たとえば、アイヴィーリーグ8校の平均競争率は10倍と言われていますが、アジア系にとっては、15倍から25倍とも言われています。これは、各学校のアジア系学生の枠に対し、志願する生徒が非常に多いことの表れです。
結果的に、アイヴィーリーグ全体では、アジア系は合格者の14パーセントに抑えられているとの統計もあります。

こうなると、とくに激しい競争率を経験するアジア系高校生にとって、他に抜きん出ることが不可欠となってくるわけです。そのひとつの対処法が、AP(Advanced Placement)テスト。これは、大学入試の共通テストであるSATやACTとはまた別のものです。
APとは、様々な大学初歩レベルの教科を高校在学中に前倒しで勉強することですが、このAPテストで良い点数を取ると、高校の平均成績であるGPA(grade point average)に反映され、大学に願書を提出する際に有利となるわけですね。
そして、大学に入った後も、必須である入門クラスを取らなくてもいいので、その分早く卒業できることになります。

というわけで、アメリカの大学に入るのも、ひと苦労。競争は年々激化しているのです。とくに、教育熱心な家庭に育った子供たちにとって、高校生活をのんびり楽しむなんて、もうすっかり過去の話になってしまっているのですね。


<大学卒業>
アメリカの教育システムは、日本に比べとっても複雑で、上記のように、上流階級の子供や成績の良い子達は、どんどん先へ進んでいけるようにもなっています。極端な話、中学生の年齢で博士号を取得することも可能なのですね。

そういった反面、多くの学生は、一旦大学に入ってからも、時間をかけて卒業するという選択を強いられています。

たとえば、わたしのお知り合いの娘さん。彼女は、シリコンバレーで生まれ育ち、高校も良い成績で卒業しました。けれども、いきなり名門に行くにはお金がありません。両親もそんなに裕福ではないし、完全に自活するにはまだ若過ぎます。
そこで、一旦シリコンバレーのコミュニティーカレッジに入学し、自宅から通うことにしました。コミュニティーカレッジとは、日本で言う短期大学みたいなもので、その多くは地方自治体が経営するものです。ゆえに、門戸は地元民に大きく開かれ、授業料も低く抑えられているのです。
彼女は、そこで準学士号を取得し、アリゾナの州立大学に転入しました(4年制大学で取得する学士号bachelor’s degreeに対し、準学士号はassociate degreeと呼ばれます)。
両親からの仕送りもほとんどない彼女は、今は、働きながら授業料と生活費を捻出しています。幸い、コミュニティーカレッジでの専攻が金融関係だったので、住宅ローンを扱う会社で申請者の審査をする仕事に就いたそうですが、1週間に40時間フルタイムで働き、夜間大学に通うという生活を続けているのです。
せいぜい学期にひとつしか授業が取れないので、卒業には時間がかかっているけれど、勤めている会社も理解を示し、学校に行けるように配慮もしてくれるそうです。おまけに、住宅ローン会社ということもあり、すでに自分の家も手に入れてしまったとか。
「親が家を持っていないのに、娘はさっさと家を買ってしまったのよ」と、楽しそうに笑うお知り合い。教科書代を送ってあげているだけなのに、よくやっているわと娘を褒めます。

アメリカでは、大学の卒業率はあまり高くないと言われます。それは、カリキュラム自体が厳しいこともあると思います。授業に出席し、試験を受けるだけではなく、論文もたくさん書かされるし、どれだけクラスの討論に参加したか(class participation)なども成績に反映されます。
けれども、お金が続かないというのも大きな要因なのだと思います。奨学金の数が足りないこともありますし、たとえ奨学金を貰っても、不十分な場合もあります。そうやって働き始めると、いつの間にか、スケジュールが合わなくなって、学校から遠のいてしまうというケースも頻繁に起こるようです。

ある統計によると、全米の4年制大学を4年間で卒業する学生は、全体の38パーセントのみだそうです。6年間で卒業する学生は、63?66パーセント。コミュニティーカレッジに至っては、卒業するのは3割未満とも言われています。
卒業しなかった学生の何パーセントかは、別の大学に入りなおしたり、数年後に同じ大学に復学したりということもあるので、実際の率はもっと高いのかもしれません。しかし、7割ほどの卒業率というのは、日本よりもだいぶ低いのではないでしょうか。

アメリカの大学に行くと、学生の年齢が様々なのに驚かされます。とくに、州立大学ともなると、それが如実に表れているようです。どう見てもおばあちゃんが隣に座っている、というのも珍しくありません。そういった環境で討論をすると、若い学生は、自分の経験の浅さに気付いたりもします。
そういうプラスの要素がある反面、働きながら学校に通っている当人にとっては、大学を卒業するのは、なかなか茨の道なのかもしれませんね。


<平均寿命の怪>
ちょっと話題を変えましょう。7月の終わり、日本の厚生労働省がこんな発表をしましたよね。昨年(2005年)、日本人の平均寿命は、男性が78.53歳、女性が85.49歳でしたと。
男女とも前年に比べ若干の縮小が見られるものの、女性は世界で一番、男性は香港、アイスランド、スイスに次いで4番目に長寿であると。

9月18日は「敬老の日」でしたので、日本では、長寿について考えさせられるイベントも多かったのだと思います。
それに、8月のお盆や9月のお彼岸の期間中、実家に帰って久しぶりに親の顔を拝んだよ、という方もたくさんいらっしゃることでしょう。久しぶりに会うと、なんとなく白髪や顔のシワが増えているのに気付き、そろそろ親の年齢が気になったりする方もいらっしゃるでしょう。
そんなとき、ふと、日本人の平均寿命なんかが頭をよぎったりしますよね。あ、寿命まであと何年だなんて。

けれども、ざっくばらんな話、平均寿命なんて、あんまり個人には関係がないのですね。そこで、毎年律儀に発表される「平均寿命」とは、いったい何ぞや? そんなことをお話いたしましょう。

そもそも、「平均寿命」という言葉を聞いたとき、最初に明確にしておくべきことがあります。それは、いったい何歳の時の平均寿命かということです。
まあ、厚生労働省が例年発表する平均寿命は、「0歳時」の平均寿命のことですね。つまり、生まれ落ちたとき、平均的に何歳まで生きるでしょうということです。
しかし、ここで問題となるのは、いったい誰の0歳時点の平均寿命かということです。答えは、勿論、その年に生まれた人の0歳における平均寿命となります。つまり、「2005年の平均寿命が云々」と言っている場合は、2005年に生まれた人の平均寿命という意味で、別に、1950年に生まれた人の平均寿命というわけではありません。

では、2005年以前に生まれた人にまったく無関係かというと、そういうわけでもありません。実際、平均寿命を算出するには、『ライフテーブル(簡易生命表)』というものを使いますが、簡単に言うと、男女別に、各々の年齢層の人が、ある年にどれだけ生き延びる確率があるかという表なのです。これは、役所への実際の死亡届などを基に厳密に作られます。そして、平均寿命を出すには、この表の各年齢層の生き延びる率に沿って、今0歳の人がいったい何年生きるかを算出する方式を採っているのです。
だから、どの年齢層の人のデータも、ある程度は平均寿命に反映されているということになります。言い換えれば、平均寿命とは、人口全体の生き延びる確率を、わかり易いようにひとつの数字で表したもの、といった感じでしょうか。
今回発表されたように、前年に比べて平均寿命が短くなったというのは、今までのパターンよりも、どこかの年齢層に死亡する率が増えたということなのですね。

けれども、冒頭に申し上げた通り、自分や自分の身内が平均寿命と言われる年齢に近づいたからといって、もう明日にでもお迎えが来るような暗い気持ちになる必要はまったくないのですね。それよりも、個人がどれだけ元気なのか、その方が問題になってくるのです。

じゃあ、何のために0歳時の平均寿命を毎年律儀に算出しているかと言うと、それは、どちらかというと、国の社会保障制度の政策やら、食糧難や貧困層への国連の対策やらと、大きな話をするときに有用になってくるのです。数字になって表れると、国別の比較や、時代ごとの推移も追いやすいですしね。

というわけで、次回、厚生労働省が日本人の平均寿命を発表するときは、直接個人には当てはまらないんだと、ゆったりとした気分でニュースを聞くことをお勧めいたします。

先日の敬老の日、日本人男性最高齢の方がインタビューを受けていらっしゃいました。長寿の秘訣は、なんと「タバコと酒」だそうです。インタビューアーが「え、それって体に悪いんじゃぁ・・・」と質問しようとすると、「そんなもん知るか!」と、即答でさえぎられておりました。

一方、こちらは、アメリカの翁。ウェスト・ヴァージニア州選出の民主党上院議員、ロバート・バード氏。彼は現在88歳で、歩行には2本の杖を使っているそうですが、11月の上院議員選挙に、元気に出馬しています。
8期48年を上院議会で過ごした彼は、先日、サウス・キャロライナ州の故ストローム・サーモン上院議員を追い越し、史上最長の上院での任期を達成しました。「わしの頭は、ここ25年間、ちっとも変わってないわい」と主張する彼は、少なくとも、9期目が終わる95歳までは現役を続ける宣言をしています。 「今まで仕事ばっかりで、ゴルフクラブを握ったこともないし、テニスボールを打ったこともない」と言うバード上院議員。現在も国防法案の審議において、中心的存在となっています。その朗々とした声は、議事堂内でもよく響き渡るのです。

まあ、人それぞれ、といったところなのでしょうね。


<おまけのお話:お家で聴講生!>
アメリカの大学のお話のところで、UC(カリフォルニア大学)が出てきました。そのUC筆頭のバークレー校が、検索サイトGoogleと組んで画期的なことを始めました。学生でなくとも、同校の入門コース100クラス以上を、一学期分まるごとビデオで受講できるようになったのです。
勿論、単位を取得することはできません。単に、聴講するだけです。けれども、今まで、アメリカの大学のインターネットでのビデオ一般公開は、市民への公開講座やスポーツイベントなどに限られていました。一般市民が一学期分の講義を観られるなんて、同校が初めての試みなのです。しかも、タダで。
おまけに、Googleさんのお陰で、UCバークレー独自のビデオ公開サイトよりも高画質で観やすいとの評も。

物理、化学、生物学に電気工学。総合生物学のマリアン・ダイアモンド教授は、人気の高い名物教授のひとりのようです。「Muscle(筋肉)とは、little mouse(小さなねずみ)のことなのよ」と言いながら、学生のひとりを壇上に呼びます。学生君は立派な二頭筋をみんなに披露し、拍手喝采。教室の臨場感がひしひしと伝わってくるのです。

興味のある方は、こちらのサイトへどうぞ。
http://video.google.com/ucberkeley

ちなみに、冒頭の写真は、シリコンバレーにある州立大学、サンノゼ州立大学です。こちらは、UCとは違う系列で、CSU(California State University)と呼ばれています。


夏来 潤(なつき じゅん)

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