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自動運転車: テスラ「モデルS」事故の教訓
Vol. 206
自動運転車: テスラ「モデルS」事故の教訓
今月は、近頃とみに動きが盛んな「自動運転」のお話をいたしましょう。
<事故の原因は?>
今春、シリコンバレーの電気自動車メーカー、テスラモーターズ(Tesla Motors、本社:パロアルト)の車が起こした事故は記憶に新しいところです。
そこで、この事故の原因と「オートパイロット」機能を考えてみましょう。
まずは、テスラ車の事故の経緯ですが、去る5月7日、フロリダ州内陸部ゲインズヴィルのハイウェイを「オートパイロット」機能を使って走行中の「モデルS」が、ハイウェイの十字路で合法的に左折しようとしていた大型トレーラーに衝突して大破し、ドライバーが亡くなったという惨事。
事故が公表された翌6月、その際は、トレーラーの白い車体が太陽光を反射して、モデルSが前方の車を認識できなかったという説明でした。
が、7月末、テスラが連邦上院・商業委員会の公聴会で説明したところによると、「車のレーダはちゃんとトレーラーを検知していたが、それをモデルSのコンピュータが無視(tune out)した」とのことでした。
もちろん、「無視」するにはそれなりの理由があって、たとえば、ハイウェイの上に出てくる看板や高架橋などは、手前から見ると、ちょうど道路上にあるように見えるので、「間違って急ブレーキをかける(false braking)」ことを避けるために、「これは、道路上の物体ではないな」とコンピュータが認識するようになっています。
言うまでもなく、ハイウェイで急ブレーキをかけると、事故につながりますから。
それで、事故のケースでは、レーダではちゃんとトレーラーが見えていたのに、カメラ映像を含めて総合的に判断した結果、コンピュータが「ハイウェイ上にある看板」だと認識して、そのまま自動ブレーキもかけずに激突した、とのテスラ側の釈明でした。
そこで、テスラCEOイーロン・マスク氏は、9月11日に電話記者会見を開いて、「これからは、もっとレーダに頼り、オートパイロットのソフトウェア改善と、テスラ車が実地で学んだこと(看板、高架橋の位置情報など)をシェアすることで、危険を回避することに努めたい」と述べています。
「おそらく、このソフトウェア改善があれば、ドライバーは命を落とすことはなかっただろう」とも。
オートパイロットの新バージョンは、世に出回るモデルSとモデルXに向けて、9月21日から無線通信で配布されるとのこと。
このオートパイロット機能をハード面で支えるのは、車線や信号、道路標識を読み取る「カメラ」と、前方の障害物を検知する「ミリ波レーダ」。
普段は、カメラとレーダが二人三脚でコンピュータの判断を助けますが、場合によっては、「相反するインプットをどう判断するか?」で、まさに生死の分かれ道となるのです。
アメリカの『暮しの手帖』ともいえる Consumer Reports誌は、消費者に間違った安心感を与える「オートパイロット」という名称は改めるべき、と述べています。
そして、テスラにカメラを使ったセンシング技術を供給していたイスラエルの Mobileye社は、「(彼らが勝手に手を加えて発表した)オートパイロット機能は、衝突の危険性を安全に回避できるようには設計されていない」と、テスラとの関係を絶つことを発表しています。
テスラが前方レーダ1基、前方カメラ1台、自動ブレーキシステムを搭載し始めたのは、2014年10月。「オートパイロット」機能をリリースしたのは、昨年10月。
機能の改善に、ひとりの命が関わったとは、なんとも身につまされる話ではあります。
<「自動運転」の遠い道のり>
この惨事を教訓とするならば、「オートパイロット」とか「自動運転」という言葉の意味を、消費者がもっと理解しなければならない、ということでしょうか。
まず、「オートパイロット」などと軽く表現しますが、その実、飛行機のオートパイロットと自動車のオートパイロットは、比べ物にならないほど、車の方が難しいのです。
それは、ひとつに、広々とした空では衝突の危険性が少ないので、人が数十秒のうちに介入できるけれど、混んでいる道路を走る車の場合、その数十秒が命取りになることがあります。
そして、車の場合は、道路工事や天候・コンディションを含めた現状把握、歩行者や自転車といった予測不能な「障害物」の検知と、複雑怪奇なデータ分析を「いつも正確に」行わなくてはなりません。
「あ、ちょっと間違えちゃった!」というのは、絶対に許されないのです。
それで、「オートパイロット」が不完全な今の世の中、「自動運転」は、まだまだ先の話であることを知っておくべきでしょうか。
そもそも、「自動運転(self-driving、autonomous、driverless)」というのは、非常にまぎらわしい言葉で、実際には、ステップバイステップで段階が定められています。
わたし自身もつい最近まで知らなかったのですが、「ドライバーアシスタンス」のレベル1から「完全自動運転」のレベル5まで、自動運転は「5段階」に分かれるそうです。
まず、自動的に速度を保つ従来の「クルーズコントロール」に加えて、前の車と一定距離を保つとか、車線の真ん中を走るとか、隣の車線に移るとか、現在、市場に出始めている「ドライバーアシスタンス」は、レベル1から2。
障害の少ないハイウェイに加えて、そろそろ一般道に出て試験走行している「条件付き自動運転」が、真ん中のレベル3。この場合は、走行地の法令いかんに関わらず、ドライバーがいつでも介入できるように、待機する必要があります。
そして、グーグルや自動車メーカーのフォードが目指しているような、目が見えない人でも、ひとりで車に乗れる「完全自動運転」が、レベル5(写真は、グーグルが目指すハンドルなしの自動運転車)。
週末を控えた金曜日(23日)、「またグーグルの自動運転テスト車が事故に巻き込まれんだって」とニュースが流れましたが、これまで、一般道で走行する「レベル3」のテスト車が関わった二十数件の事故のうち、自分に非があったのは一件のみ、との同社の発表でした。
(SAE Internationalが定義する「5段階」; 参考文献: The Truth about “Self-Driving” Cars, Steven E. Shladover, Scientific American, June 2016)
グーグルに続き、今夏あたりから、にわかに活発化する実地テストですが、米国内では、サンフランシスコの街中に加えて、アリゾナ州スコッツデールでテスト走行を始めたGM(ジェネラルモーターズ)の例があるでしょうか(写真は、Chevy「ボルト」電気自動車を使ったテスト車)。
GMは、今年3月、サンフランシスコのクルーズオートメーションという会社を買収したあと、スコッツデールにオフィスを開き、他都市にも研究拠点を増やす計画です。
オハイオ州では、東海岸とシカゴを結ぶターンパイク(有料高速道路、The Ohio Turnpike)が、年末までに自動運転試験を始めるプランを発表しています。
この区間は、比較的まっすぐで高低差が少なく、車線がゆったりしていて路肩も広い、有料道路で混雑が少ない、と理想的な条件がそろっていて、これまでのカリフォルニアやネヴァダといった暖かい地域でのテスト走行に加え、寒冷地の厳しいコンディションで実地データを集めよう、という意図があるそうです。
自動運転のテスト走行に関しては、カリフォルニア、ネヴァダ、フロリダ、ミシガン、首都ワシントンD.C.で、それぞれ法令が定められていますが、オハイオ州には規定がないので、「他州に遅れを取るな!」と、とりあえず踏み切ることになったようです。
まあ、規制がないなら、やってもいいんでしょう? というわけですが、同じ理由で、ヴァージニア州やテキサス州も、「こっちにおいでよ」と自動運転車の研究機関にラブコールを送っています。
各州の足並みをそろえようと、9月20日、米運輸省は、自動運転に関する15条のガイドラインを発表しています。が、州に与える影響は、今のところ不明です。
そして、一般車両を利用した配車サービスのウーバー(Uber、本社:サンフランシスコ)は、9月中旬、ペンシルヴェニア州ピッツバーグで自動運転車を使った試験走行を始め、米国初の消費者向け実地テストとなりました。
そう、実際に、ウーバーがランダムに選んだお客さんがタダで試乗しているんです。
こちらの実験では、フォード「フュージョン」ハイブリッド車が使われていて、レーダシステムに加えてカメラを7台、周囲360度の3Dマップ作成用レーザーを20基搭載。
運転席にはピンチヒッターの運転手、助手席には3Dマップを検証するエンジニアが乗り、お客さんは後部座席に座ります(もともと、ウーバーのサービスでは、お客さんは後部に座り、GMが投資する競合サービスのリフト(Lyft)では助手席に座る、というのが一般マナーとなっています)。
こちらのペンシルヴェニア州では、自動運転車を走行させる場合、運転席に免許証を持ったドラーバーが座っていれば、べつに「両手をハンドルのそばに置く」といった規制はないそうです。
が、冬は厳しいし、道路も高低差があって入り組むという悪条件が重なり、ピッツバーグに研究機関を置いたウーバーとしては、「ここをクリアしたら、どこでもOKさ!」と自信をつける一歩となるのでしょう。
一足先に、世界初の自動運転タクシーとなったのは、8月末、ニュートノミー(nuTonomy)がシンガポールで始めた実地テストがありますね。
ニュートノミーは、マサチューセッツ工科大学(MIT)からスピンオフしたスタートアップ会社で、自動運転ソフトウェアを開発しています。なんでも、多くの自動運転機能がまわりの車を基準に自分の動きを算定するところ、ニュートノミーは、まわりの環境から動きを定める方式を採用しているとか。
ですから、多くの自動運転車の場合、目の前に車が停止していると、いつまでも動こうとしないが、ニュートノミー車の場合は、果敢に追い抜こうとする、とのこと。
が、その方式のためか、目の前に停止車両がいると、逆の車線を使って大回りで追い抜いてみたり、路肩に停まっていた車がこっちに向かって動き出したのが見えずに、テストドライバーが急ブレーキをかけたりと、人間の運転免許試験では落第するような、ぎこちない動きも見られるとか(前者はテクノロジー誌Recodeの記者体験記、後者はAssociated Pressの体験記事より)。
ルノーと三菱の小型電気自動車には、前方カメラ2台、光レーダ6基(うち1基はルーフ上)が搭載されるそうです。
まあ、4キロ四方の限られた区域とはいえ、ごちゃごちゃしたシンガポールの街中でのテスト走行です。自動運転車にとっては、なかなかチャレンジングなテスト環境なんでしょう。
というわけで、大きく前進する「自動運転」の分野。このお話を書いていて気になったことは、事故に関するテスラ社の弁明でした。
7月末の上院公聴会では「レーダではトレーラーがちゃんと見えていたのに・・・」と釈明し、9月中旬のCEOマスク氏の電話記者会見でも「これからは、レーダに頼る」と述べています。
が、同時に「当初レーダに頼らなかったのは、レーダシステムはあまりにも複雑で、遠くの看板や高架橋と道路上の物体が区別できなかったからだ」とも述べています。
たぶん、「最初のレーダシステムは不完全だったけれど、改良バージョンは大丈夫だよ」と言いたかったのでしょうが、消費者には不安の残る発言ではあります。
これから先の自動車業界を考えると、エンジンを載せた複雑なガソリン車やハイブリッド車から、モーターを使ったシンプルな電気自動車に移行するのでしょうし、「自動運転」機能は日々改善し、ドライバーのやることは減っていくことでしょう。
けれども、開発メーカーやメディアの「自動運転」「無人」のうたい文句に惑わされることなく、消費者自身が安全性を考慮する必要があるのでしょう。
夏来 潤(なつき じゅん)