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HUGG(ハグ): ふたりを結ぶソーシャルネットワーク
Vol. 157
HUGG(ハグ): ふたりを結ぶソーシャルネットワーク
今月は、新しいモバイルサービスのお話をいたしましょう。
恋人や夫婦のようなカップルを結び、ふたりだけの世界を築き上げる、新しいタイプのソーシャルネットワーク・サービス(SNS)です。
「カップルSNS」とも呼ばれるものですが、カップル向けのサービスなので、参加者はふたり。ふたりのコミュニケーションをスムーズに運んであげることを目的とするサービスです。
普通は、「1対大勢」のソーシャルネットワークが、「1対1」に徹したもの。
なんだか意表を突くコンセプトですが、今回は、このおもしろいサービスを立ち上げた「裏方さん」にスポットを当ててご紹介することにいたしましょう。
<HUGGという名のソーシャルネットワーク>
8月15日にお目見えしたのは、その名も「HUGG(ハグ)」。
ハグとは、「ハグ、ハグ」といった表現にも使われる「抱きしめる(hug)」という意味の言葉。カップル向けのソーシャルネットワークには、最適のネーミングです。
「いつでもどこでも」を念頭に、現在はスマートフォン(iPhone、Android)に特化したサービスとなっていて、メッセージを送り合ったり、ふたりの「マイブーム(Favorite)」を共有したり、今までのふたりのイベントを写真や心に残る言葉でつづったりと、普段のコミュニケーションから思い出づくりまで、ふたりを密に結びつける手助けをしてくれます。
さらに、こんな目新しい機能もついています。普段は離れているふたりがそれぞれに半券を受け取り、実際に会って端末をくっつけてみると、あ~ら不思議。一枚のチケットが完成し、クーポン券や映画チケット、プレゼントの抽選券になるという「Ticket(チケット)」の機能(特許申請中)。
<HUGGのCEO、金さん>
そんな「HUGG」を提供するのは、株式会社HUGG。共同設立者であり、CEO(最高経営責任者)は、金 高恩(きむ・ごおん)さんです。
高校一年のときに、お父さんの仕事の都合で韓国から日本にやって来た方で、大学を出たあとは、おもにインターネットのショッピングサービスに携わってきた業界のベテランです。
ブログサイト「Ameba(アメーバ)」で知られる株式会社サイバーエージェントや「Yahoo! JAPAN」のヤフー株式会社と、ネットの老舗でeコマース(オンライン販売)を立ち上げてきた金さんは、ここ数年はフリーとなって、さまざまな分野のネット新規事業でゼネラルマネージャーやプロデューサーとして活躍してきました。
今春には、仕事の良きパートナーである茂木健一さんと株式会社HUGGを設立し、新たなカップル向けソーシャルネットワーク「HUGG」を発表する運びとなりました。
金さんへのインタビューは、都内のホテルの談話室で行ったのですが、オフィスからバスに飛び乗って来た彼女の最初のコメントは、「うちのダンナさんが、近くのミッドタウンで働いているんです!」
近くのミッドタウンとは、港区赤坂・東京ミッドタウン内にあるヤフーを指すのですが、「社内恋愛」で3つ年下のご主人と結婚した彼女は、まるで新婚ホヤホヤの雰囲気をかもし出し、カップル向けサービスには最適任者に見受けるのです。
が、人は見かけにはよりません。「昔、わたしは鬼だった」という金さんは、大学を出たての頃、入社先のサイバーエージェントが設立(1999年11月)したばかりの株式会社ネットプライス ドットコムに配属され、新しいネット通販サービスで、いきなり営業チームのリーダーとなりました。
その頃は、世の中が「ネット」の可能性を模索し、若い人材だって「何かやってやろうじゃないか!」とチャンスを狙う黎明期。
そろそろネット販売の競合も現れる頃で、何をするにも、スピードが第一。ほんの少しでも判断を迷っていたら、その間に誰かに先を越され、命取り。
「今、この場で決めましょうよ!」「取引先の都合でない限り、未来の予定なんか組んじゃいけません!」という哲学の彼女は、いつしか「手厳しいリーダー」として知られるようになったのです。
そんな彼女が企画書を求めるときには、手をU字型に差し出していたとか。
これは、U字に収まる分厚い企画書を要求しているのではありません。薄っぺらい企画書であっても、U字の手のひらに収まるためには、たとえば、丸めて置いてみればいいでしょう。
そんな風に、仕事をする上では、きちんと考えて、工夫をして欲しい。それを常日頃の習慣として欲しい。そういう願いが込められていたのです。
さすがに「鬼」の金さんが営業リーダーを務めていただけあって、日本で初めての共同購入型「ギャザリング」システムを導入したり、携帯電話でモバイル販売を展開したり、さらには有線ラジオUSENと共同でオンラインモールを立ち上げたりと、ネットプライスでは次々と新しいアイディアを形にしていきます。
そんな目まぐるしい日々の中、自分のやり方をメンバーに強いてはいけないと、いつしか「仏の皮をかぶる(本人談)」リーダーに転身していたのでした。
2年数ヶ月籍を置くネットプライスで、金さんは年商100億円(!)を達成するのですが(その後、同社は東証マザーズに上場)、現状に甘んじることなく、次の目標を目指すのです。
それは、実務を通してひしひしと感じたことから生まれた、新しい目標でした。
ネットサービスというと、現状では、どうしてもアメリカが先行している。たとえば、共同購入型のコンセプトだって、最初に導入されたのはアメリカ。
一般的に、サービスの細やかさではアジア諸国が群を抜いているのに、ネットサービスとなると、アジアらしさが感じられない。
だったら、アジアから世界に向けたサービスを立ち上げたらいいんじゃない? そんな大きな目標でした。
<2年ちょっとで転職>
「アジアから世界へ」と漠然とした目標を掲げながら、ある日、原宿のレストランで友人と食事をしていた金さんは、川邊健太郎さんと出会うのです。
ネット黎明期に、学生だった彼が共同設立したケータイ向けコンテンツプロバイダ「電脳隊」がヤフーと合併し、その頃は「Yahoo! モバイル」のプロデューサーとして手腕をふるっていた方です(現ヤフー最高執行責任者)。
本国のYahoo! は、1990年代後半、本業であるポータルサイトに次々と新手のサービスを追加し、進化し続けてきたネットの先駆者。
日本法人も、上場したジャスダックで一株1億円を突破(2000年1月)するなど、波に乗ります。
「もしもグローバルなサービスがやりたいんだったら、ヤフーじゃない?」と川邊さんの勧めを受けた金さんは、代表取締役社長の井上雅博さん(今年6月退任)と面接をして、二週間後にはヤフーに転職していたのでした。
が、ここには、ひと波乱。まず、目標を高く掲げる金さんは、人事部長が同席する面接で、こともあろうに「わたしは、2年で辞めます」と宣言するのです。
その裏には、「2年でしっかりと勉強させていただきたい」という殊勝な気持ちと、「2年みっちり働きます」という熱い決意があったのですが、人事部長からは「あんなコって、あり得ない!」とのダメ出しが。
けれども、幸いにして、井上さんからは「『2年いる』とはおもしろい!」との判定が下り、それまでお世話になったネットプライスの方々にも納得していただいて、晴れて転職の運びとなりました。
ヤフーに転職した2002年6月は、日韓合同でサッカーのワールドカップが開かれていたとき。同社がスポンサーをしていた試合の観戦で、社内サッカー部に所属していた未来のご主人と出会ったときでもありました。
そして、仕事の面では、「Yahoo! ショッピング」のプロデューサーとして、お客様向けの季節の企画から店舗向け管理システムまで、表から裏に目を配るオールラウンドプレーヤーとして活躍するのです。
<転職、また転職>
2年間みっちりと働いたヤフーは、結果的には、面接の宣言通りに2年で辞めてしまいました。
「アジアから世界へ」を念頭に置く金さんにとっては、大きな組織に長居したくない気持ちもありましたし、そもそも、インターネットの世界に足を踏み込むきっかけとなったサイバーエージェント副社長・日高裕介さんから声がかかったからです。
実は、大学を出たばかりの金さんが最初に就職した先は、銀座にあるダイヤモンド貿易の会社でした。学生も笑顔で接してもらえる「就活」に魅了された彼女は、150社もの企業と面接をしたのですが、その結果「経営者が型破りで、おもしろい」という理由で選んだのが、このダイヤモンドの会社。
就職して2ヶ月後に、経営者は更迭されるのですが、それでも店頭販売の記録をつくってやろうとがんばる金さんは、8ヶ月目に「成約率97パーセント」の輝かしい記録を打ち立てるのです。
店長候補の教育を受けていた金さんが、そのとき出会ったのが、サイバーエージェントの日高裕介さん。日高さんという人物に惹かれたことと、ネットはおもしろそうと感じたことが、この世界に入るきっかけとなりました。
「何かしら違うものがあるはず」と考え始めたら、心惹かれる人物が登場し、ヒントを出してくれる指南役となる。サイバーエージェントの日高さんとの出会いもそうでしたし、ヤフーの川邊さんのときもそうでした。
日高さんから「一緒に新規事業をやろうよ」と誘いを受けた金さんは、ヤフーから古巣のサイバーエージェントに戻り、女性向けのアクセサリー通販サイトを立ち上げるのです。
ここでは「カンパニープレジデント」という肩書きを持ち、損益に責任を持つ経営者として、経営のイロハを学ぶことにもなりました。
一年やってみて「脈がうすい」と判断した彼女は、次は、ファッションの通販サイトを企画します。ちょうどファッション通販サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」も現れた頃で、タイミングとしては絶好。
一年の準備期間ののち、サービスは日の目を見るのですが、一期3ヶ月の営業を見届けると、さっさと身を引くのです。
サイバーエージェントに戻って2年強。そろそろ20代も終わりを迎える、28歳の決断でした。
<フリーに挑戦>
そもそも、金さんには、確固たる人生設計があったのでした。それは、20代はみっちりと勉強をして、30代は、それまでに得たものを生かして、自分の名前で勝負すること。
これまでの仕事を通して痛感したことは、「サイバーエージェント」や「ヤフー」という名の重み。会社の名前があったからこそ、自分はつきあってもらえた。だから、30歳になったら、会社の看板ではなく、自分自身の名でやってみたい。
20代も残り一年強となった頃、サイバーエージェントを去った金さんは、新たにファッション通販サイトの立ち上げに携わります。
人気ファッションイベント「東京ガールズコレクション」にタイアップしたサービスで、その名も「ファッションウォーカー」。ガールズコレクションで見たものを、その場で買えるというコンセプトです。
サイトのプロデュース、商品企画、経営企画と、仕事は多岐にわたりましたが、これは、フリーになるための前準備ともいえるものでした。
30歳を目前に、いよいよフリーになることを決意した金さんは、「社員」を辞めて「業務委託」でファッションウォーカーの仕事を続けましたが、半年ほどすると、本格的にフリーの活動に専念するのです。
幸い、それまで仕事でお世話になった方々や飲み会で知り合った方々(!)からは、引く手あまた。「フリーになったんだったら、これお願いしますね」と、多方面からネット新規事業立ち上げの依頼が舞い込むようになりました。
折に触れて、的確なアドバイスを受けていた父親からは、この時期、こんな助言をもらっていました。
「フリーになって、2年で仕事がなくなるようだったら、また会社組織に戻りなさい。でも、2年を無事に過ごせたのだったら、もう大丈夫。その先も、自分の名前でやっていけるだろう」と。
<フリーからHUGGへ>
フリーになって5年強。そろそろ目標と掲げてきた「アジアから世界へ」に挑戦してもいいんじゃないかと、次のステップを思い描きます。
その頃には、もうひとつ、新たな課題にも取り組もうとしていました。
それは、「あいうえお」しか知らない状態で日本に来た金さんにとって、たえず頭の隅で疑問に感じていたことでした。
言葉が足りずに文章では伝えられない心の機微だって、顔を合わせると、なぜかうまく伝えられる。だとすると、コミュニケーションには、単に言葉だけではなくて、何か違ったロジックも働いているはず。だったら、その「何か」を使ってコミュニケーションの手助けはできないだろうか?
フリーから方向修正をした金さんは、昨年の前半は、「ファッションウォーカー」で仲間となった茂木健一さんと一緒に、スマートフォンアプリの試作を3つほどつくってみました。
コミュニケーションを手助けする「何か」は写真かもしれないと、飲食店の情報を写真で共有するサービスでしたが、その頃には、レストランの「いち押しメニュー」を視覚的に共有するFoodspotting(フードスポッティング、本社サンフランシスコ)など、ベンチャーキャピタルの投資を受ける大型サービスも登場していました。差別化は難しい分野なのです。
と、そこで出会ったのが、この『シリコンバレー・ナウ』シリーズのスポンサーでもある、Kii(キイ)株式会社。
同社はクラウド経由のバックアップサービスを提供しますが、ちょうどパートナーとなる「目玉サービス」を探していた代表取締役会長の荒井真成さんが、金さんに注目するのです。
昨年8月に開かれた「スタートアップ・ウィークエンド」というイベントでパネリスト(審査員)を努めた荒井さんが、参加者の中でもひときわ「元気さ」で目立った金さんにアプローチして、「カップルのためのソーシャルネットワーク」を実現しようじゃないかと意気投合するのです。
ここで、金さんがエンジニアリングのパートナーとして声をかけたのが、茂木さん。株式会社HUGGの誕生です。
そもそも、カップルの間で理想的なコミュニケーションを保つためには、言葉や絵文字を送る側が「まさにピッタリ!」と思えるツールがあること。そして、受け取る側も、それを気持ちのいい状態(心にゆとりのある状態)で受け取れること。
それがふたりのコミュニケーションをはぐくむ土壌となるはずですが、金さんチームが考えついたHUGGの一例が「ふるパタ」(特許申請中)。スマートフォンを振るだけで、伝えたいことを伝えられる機能です。
たとえば、横に2、3回振ると「ねえ、ねえ、今晩一緒に食事しましょうよ」と相手にお誘いが飛び、受け取った側は、縦に2、3回振るだけで「大丈夫だよ。何が食べたい?」と返事ができる。
あるいは、会議中だったら、パタっとひっくり返して「ごめん! 今手が離せないから、あとで連絡するね」と言い訳もできる。これで、女のコ側も「どうしてすぐに返事くれないのかしら?」とヤキモキしないで済むし、男のコ側も「そんなことで文句いわれたって困るよ(こっちだって忙しいんだから)」とイラつかないで済むのです。
コミュニケーションを助ける「何か」とは、話すタイミングでもあり、お互いの感情のズレをなくすことである、と考えた結果のHUGGの一機能なのです(ちなみに「ふるパタ」では、ユーザが自由にメッセージを設定できるようになっています)。
そして、普段は離れている恋人同士でも、実際に会ったときのつながりを密にしてくれるのが、冒頭にも出てきた「Ticket(チケット)」の機能。
半券を持つふたりが会って端末をくっつけてみると、一枚のチケットが完成するというものですが、これは、ふたりがデートしている「実世界」の時間でもHUGGが一役買ってくれる好例なのです。
なぜなら、実際にふたりが顔を合わせなければ、特典をゲットすることはできませんので。
末永くサービスを使ってもらえるには、ふたりが一緒にいるときも、離れているときも、いつでもどこでも使えるものにすること。これを念頭に置きながら、現在のオープンベータ版を着々と機能拡張し、来年初頭に予定している正式リリースに備える計画です。
もちろん、「アジアから世界へ」を目指している以上、日本だけではなく、海外でも使えるサービスにすることを目標にしています。たとえば、金さんが韓国の実家にいても、「今日はこんなご飯を食べたよ」と、東京にいるご主人と共有できるように。
そして、金さんご自身は、間もなく「金さん2号をリリース」する予定です。そう、出産予定日は11月7日だそうです。
赤ちゃんが生まれても、あまり仕事は休みませんと断言なさっていますが、会社をつくって、新しいサービスを出して、赤ちゃんを産むなんて、「今年はほんとに素敵な年になりそうです!」と、満面の笑みでおっしゃっていました。
お腹に赤ちゃんがいるようには見えないほどエネルギッシュな金さんですが、これからどんな「お母さんCEO」になっていくのか、今後の展開がとっても楽しみなところです。
後記: 昨年8月に開かれた「スタートアップ・ウィークエンド」では、取材したわたし自身も元気な金さんに注目していたのですが、今月号でご紹介できることになって、とても光栄に思っております。
インタビュー内容に事実と異なるところがありましたら、それはすべて筆者が責任を負うものです。
夏来 潤(なつき じゅん)