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IT業界の夏祭り: スタートアップ・ウィークエンド
Vol. 145
IT業界の夏祭り: スタートアップ・ウィークエンド
暑い夏を日本で過ごしました。久しぶりの蒸し暑さに少々へたばってしまいましたが、祭りに花火、蝉の声と、趣のある日本の夏はいいですね。
普段カリフォルニアでは耳にしない蚊の羽音だって、ある種の「風流」をかもし出してくれるのです。(たくさん刺されて、苦労いたしましたが・・・。)
と、そんな8月は、東京で開かれたIT業界のイベントをご紹介いたしましょう。
その名も『スタートアップ・ウィークエンド(Startup Weekend)』。暑い夏をしめくくる、熱い催しとなったのでした。
<広まるスタートアップ旋風>
『スタートアップ・ウィークエンド』は、名前の通り、ウィークエンド(週末)を使ってスタートアップ(起業)を考え、企画するイベントです。
2007年、アメリカで生まれた催しですが、今はアジア、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカと、全世界で開催されています。これまで35カ国で開かれたイベントは210回を超え、参加者はのべ2万8千人。「卒業生」からは、たくさんのスタートアップが誕生しています。
それが日本にも到来し、今夏は、京都、東京、福岡の三都市で開かれました。
東京での開催は、8月19日(金)から21日(日)の3日間、54時間。場所は、東京・渋谷区にある株式会社ミクシィ。言わずと知れた、日本発のソーシャルネットワーク『mixi』の運営会社です。このイベントを協賛し、場所を提供してくれているのです。
今年3月号では、スマートフォンOS「アンドロイド」向けアプリケーションの開発イベントをご紹介いたしました。あのときは、3日間で新しいアプリを開発しようという、エンジニアのイベントでした。
それに対して、こちらのイベントは、斬新なビジネスやアプリを企画して、願はくは、新しい会社を立ち上げる礎としようではないか、という催しなのです。
ですから、参加者は必ずしもエンジニアばかりではなくて、マーケティングやファイナンスの専門家、ウェブデザイナーやグラフィックアーティスト、さらには目新しいアイディアで起業を狙っている人と、とにかくスタートアップに興味のある人だったら誰でもOKなのです。
参加者の経歴も、実にさまざま。主催者によると、3割は、現在大きな会社に勤めている企業人。そして、残りの7割は、スタートアップで働く人、自分で会社を立ち上げている人、思案中の人と、いろんなバックグラウンドの方たちなのです。
中には、大手広告会社に勤務する方や、場所を提供されたミクシィの社員と、有名企業からも参加しています。
最終日には、3日間の成果が発表されるのですが、前回の東京イベントで「優勝」に輝いたグループは、実際にシェアハウス(何人かで住む場所を共有すること)のマッチングサービスを稼働されているそうです。
2年前のサンフランシスコのイベントからは、Foodspotting(フードスポッティング)という会社が誕生し、これまでに約4百万ドル(2億9千万円)の資金提供を受けています。
巷にレストランの評価サービスは多い中、こちらは「一押しのメニュー」を紹介するアプリです。飲食店評価ガイドのZagat(ザガット)、オンライン予約サイトのOpenTable(オープンテーブル)と、大物から資金を取りつけているのです。
まだまだ日本での知名度は全国区とはいえませんが、このイベントを知ったきっかけは、パネリスト(審査員)として招かれた、Kii 株式会社代表取締役会長・荒井真成氏のご紹介でした。
Kii(キー)といえば、この『シリコンバレー・ナウ』シリーズの輝かしいスポンサーでもいらっしゃいますし、今回の『スタートアップ・ウィークエンド』の協賛社でもいらっしゃいます。ご紹介を受けたら、足を運ばないわけにはいかないのです。
とはいえ、当初は失礼ながら「いったい何のイベント?」と半信半疑だったわたしも、終わる頃には、みなさんの熱意と創造力に動かされ、「これは書かずにはいられない!」と、筆を執る(マックに向かう)ことになったのでした。
<この指とまれ!>
このイベントの大きな特徴といえば、見ず知らずの人が集まって、この場でグループを結成することでしょうか。新しい相棒を見つけるのですから、「僕は人見知り」なんて、悠長なことは言っていられないのです。
そこで、イベント初日の金曜日の夜には、こんな面白いウォーミングアップが行われました。「ふたつの言葉をつなげて、新しいビジネスを考えてみよう!」
まず、80名ほどの参加者から、好きな言葉をどんどん出してもらいます。そして、参加者全体を10のグループに分け、グループごとに気に入った言葉をふたつ選んでもらいます。課題は、選んだふたつの言葉をつなげて「〜ドットコム」の新しいビジネスを考えること。
たとえば、主催者のジョニー・リーさんが「お手本」として課されたのは、「りんご(アップル)」と「怪獣(モンスター)」。う〜んと悩みながらも、「モンスターアップル・ドットコム」のビジネスを考え出しました。
それは、アップル製品の部品を入れ替え、俄然パワーアップしてあげますよ、というサービス。もちろん、そんなものは空想の産物でしかないのですが、これは、あくまでもウォーミングアップ。こんな感じでいいのです。
そして、ウォーミングアップのベスト賞に選ばれたのは、「クレージーパンツ・ドットコム」。クレージーなパンツとは、何ともヘンテコな発想ですが、こちらは新手の下着を提供するビジネスです。
下着にいろいろとセンサーが付いて、体調管理をしてくれるだけではなく、変な時間帯(たとえば勤務時間)に下着が体から離れると、奥方にワイヤレスで警報が飛ぶ、という恐〜いパンツ!
実は、このグループが最初に討議していたのは、「女のコ同士が、パンツを交換し合う」というネットワークサービス。ディスカッションが進むうちに、いつの間にやら、「健康管理パンツ」に変身したのでした。
さて、これは単なるウォーミングアップなので、何のご褒美もありません。けれども、お遊びで打ち解けた参加者たちは、いよいよグループ編成へとなだれ込むのです。
それは、「我こそは!」と妙案を秘めた人たちが皆の前で披露し、「僕も(わたしも)この人と一緒にやってみたい!」という人たちが仲間になる、という形式。
まさに、子供の頃の「この指とまれ!」の形式ですが、それはそれで、いろんなスキルの人が集まって、理想的なグループ編成ができるようです。
全部で12のグループが結成され、翌土曜日と日曜日には、アイディアを具体化して、デモの準備をいたします。きっちりとプロトタイプ(試作プログラム)を動かす必要はないようですが、やはり発表に漕ぎつけるまでは、道のりは長い。
あちらこちらに散らばる話を収束したり、当初は思いもよらなかった課題を克服したりと、それこそ寝る間も惜しんで、頭脳をフル回転させるのです。
<プレゼンテーションと結果発表>
最終日の日曜日、午後5時からプレゼンテーションが始まりました。3日間54時間の成果が、いよいよお披露目されるのです。
各チームにはきっかり5分間が割り当てられ、そのあと、審査員と会場から質疑応答のセッションが設けてあります。12チームが参加しているので、終わったのは午後9時。みっちりと密度の濃い4時間なのでした。
このイベントのしめくくりは、各賞の発表。会場のみなさんが「Most Innovative(最も斬新)」「Biggest Surprise(一番ビックリ)」「One to Watch(今後の注目株)」の3賞を投票し、審査員は別室で「優勝」を選びます。
見事3賞に輝いたのは、『remembar.me(リメンバーミー)』『2kenme(2軒目)』『CookingDJ(クッキングDJ)』の3チーム。そして、栄えある優勝には『CookingDJ』が選ばれています。(ちなみに、remembarはミススペルではなくて、語尾のARはAugmented Realityを指しています。)
かわいらしいキャラクターが登場するCookingDJは、お気に入りのビートに乗って、DJのキャラクターが料理の手ほどきをしてくれるサービスです。
代表的なレシピを表示し、曲の変わり目で次のステップを指導してくれるという、「お料理一年生」には嬉しいアプリなのです。たとえば、一曲が終わる頃には、「ポテトはゆであがって」「お肉をフライパンで焼く動作に入る」と、DJくんが細やかに指導してくれるのです。
実際にビジネスとして立ち上げるには、まだまだ克服すべきハードルはたくさんありますが、とっても面白い発想なのでした。
一方、わたしは「あまのじゃく」なので、受賞チームであっても「実現は難しいんじゃないかな?」と感じたものもありました。
失礼を承知で書かせていただくなら、たとえば、「スマートフォンカメラを使って、名前を忘れた相手を認識する(相手のデータをソーシャルネットワークから抽出する)」といったコンセプトは、相手にカメラを向ける無礼よりも、「プライバシー」の問題が障壁となって、ビジネスとして運営するのは難しいんじゃないかと思った次第です。
現に、世界最大のソーシャルネットワークFacebook(フェイスブック)は、誰かが勝手に載せた写真から自分の身元(名前)を削除できる新機能を発表しています。
ネット上に出まわる個人情報を守るスタートアップもちらほらと姿を現しています。今までは書かれ放題だった個人情報の中身をチェックしたり、「行動追跡」情報を企業に有償提供するお手伝いをしたりと、ユーザの観点から生まれたビジネスモデルが登場しつつあるのです。
これからは、「何でもあり」だった情報天国から「プライバシーに憂慮」という風潮になるのかもしれません。だとすると、人を認識するのは一段と難しくなってくる・・・?
でも、画像認識という観点からすれば、たとえば、こんなビジネスはいかがでしょうか。ふと思い付いたのは、犯罪捜査に特化した分野。犯人のモンタージュ写真や似顔絵から身元を判明してあげれば(もしくは被疑者を示唆してあげれば)、警察やFBIは喜んでくれるのはないでしょうか?
だって、もともと捜査当局が保持するデータは、逮捕歴のある人だけ。対象をネット全体に広げれば、市民の協力に頼ることなく、かなりの確率で犯人を特定できるかも(と、妄想はふくらむのです)。
一方、あまのじゃくのわたしは、賞からもれた中にも「いいな!」と思ったものがありました。それは、「したい、やりたい」を共有するサービス。名付けて「amigoo(アミーゴ)」。
たとえば、「鬼ごっこをしたい」とか「アマゾン探検に行きたい」という希望があれば、それを投稿して、まわりの人が「いくいく(絶対に参加する)」ボタンや「いく(気が向いたら参加する)」ボタンで賛同してくれるのです。
「鬼ごっこ」のような身近な希望だったら、「いくいく」ボタンで実際にメンバーを集められるし、「アマゾン探検」のような高尚な目標だったら、「ちょっとつぶやきたい程度」の真剣度だと、みんなも理解してくれるのです。
わたしなどは、祭り囃子が聞こえてくると、いても立ってもいられないタイプなので、「青森のねぶたで踊りたい」とか「宮城の鹿踊(ししおどり)を見に行きたい」と投稿があれば、つい「いくいく」ボタンを押してしまうでしょう!
(写真は、東京・六本木の盆踊り大会で披露された、宮城県栗原市一迫(いちはさま)の「早川流清水目八ツ鹿踊」。鹿踊といえば、岩手の各流派も有名ですが、ここの八ツ鹿踊は、女鹿を探し廻るのがユーモラスなのです。)
この手の「やりたい」を共有するサービスは、海外にも実在するようですが、ここで大事なことは「地域性」。日本の特性をよくつかんでいなければなりません。
たとえば、みんなが何に興味を持つかにも、お国柄が出てくるでしょう。昔から日本では、「鬼ごっこ」「缶蹴り」「雪合戦」とソーシャルなお遊びが受けていましたが、だとすると、「大気圏外旅行」とか「ミグ戦闘機試乗」といった孤独な冒険型は、いまいち反響が鈍いのかもしれません。
こんな特徴もあるでしょう。それは、日本ではネットの匿名性が高いとこと。たとえば、日本生まれのソーシャルサイトmixi に比べて、実名が条件のFacebook は、日本では後発となりました。自分の履歴書を堂々と掲載するLinkedIn(リンクトイン、プロフェッショナルのためのソーシャルサイト)だって、なかなか理解されないでしょう。
そんな風に、日本人はネットの匿名性を大事にするので、サービスを展開する上でも、「匿名性を守りつつも、集まった人たちの身元を保証する」という、難しい使命が生まれるのです。
ですから、地域性を大事にしようと思ったら、アメリカのサービスを翻訳して日本で展開なんてことは、土台無理な話なのです。日本では、独自のやり方が求められているのですから。
『スタートアップ・ウィークエンド』開催の週末、さいたま市では、こんなイベントがありました。福島から関東に避難している人たちが参加して、夏祭りが開かれたのです。盆踊りや屋台を楽しんだり、出身地と避難先を登録する情報交換の場としたりと、盛況な催しとなったのでした。
きっかけは、ある女性が「夏祭りをしよう!」とネットで呼びかけたから。1500人が駆けつけたとは、ネットの集客力は、なんとも偉大なのです。
というわけで、賞には選ばれませんでしたが、「やりたいを共有」には大きな可能性を感じたのでした。
ただ、『amigoo(アミーゴ)』という名前は、変えた方がいいのかもしれませんね。だって、わたしは「アミグーって変な名前!」と思ってしまいましたので。
<主催のジョニーさん>
この『スタートアップ・ウィークエンド』を日本で広めようとがんばっているのは、いつも笑顔のジョニー・リーさん。相棒の李さんとともに、日本語と英語の混じる軽快な口調で、会の進行を務めます(写真は、右からジョニーさん、李さん、MCを務めた池田さん)。
なんでも、ジョニーさんは、もともとはリクルーターをやっていた方だとか。とにかく人が好きで、人の輪を広げたいタイプなので、このイベントの主催者に転身したのでした。新しい人にも出会えるし、参加者のお役にも立てるし、まさに一石二鳥かもしれません。
曰く「国だって文化だって、すべては人がつくるもの」。人は、組織の礎なのです。
とはいえ、現実は厳しいものがあって、新手のイベントには、なかなかお金が集まらない。だから、ジョニーさんも、半ばボランティアでやっているのが現状です。
とくに、今夏の催しは、京都、東京、福岡の三都市で開かれています。さらに、各都市の勝者は90秒のコマーシャルを制作し、9月にネット公開で視聴者の投票を行ったのち、最優秀チームには、起業に向けて百万円が贈られます。そんな金策をするのも、ジョニーさんなのです。
そんなわけで、東京で審査員を務めたKii の荒井氏は、イベントの翌日、ジョニーさんを政府機関に紹介されたそうです。まあ、政府をくどくなんて並大抵のことではありませんが、願はくは、起業のイベントに理解を示さんことを。
というわけで、『スタートアップ・ウィークエンド』をざっくりとご紹介させていただきましたが、どんな素晴らしいアイディアであっても、クリアしなければならない基本事項があるのでしょう。
荒井氏によれば、自身の評価の基準は3つ。まずは、「アイディアの発展性」と「ユーザの広さ」。ある分野に的を絞って始めたサービスも、別の分野に転用できれば、ユーザもビジネス規模もどんどん広がって行くのです。
そして、忘れてはならないことは「人」。とにかく「やる気のある人」が集まらなければ、何事も先には進まないのです。
「我こそは!」と思う方は、次回チャレンジなさってみてはいかがでしょうか。
夏来 潤(なつき じゅん)