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今月の現象:タイガー、グーグル、情報盗難
Vol. 93
4月。日本では、新たなスタートの時ですね。期待に胸をふくらませ、新しい職場や学校に入った方々もたくさんいらっしゃることでしょう。
4月は、アメリカでも、春の陽気に誘われ、心躍るとき。そんな季節の中、近頃あれやこれやと耳にすることを、3つのお話にまとめてご紹介いたしましょう。
<タイガー現象>
4月は、いよいよ、野球シーズンの到来ですね。日本でも、アメリカでも、大好きな選手への声援に、一段と力が入ります。
今シーズンの注目株は、何と言ってもレッドソックスの松坂大輔選手でしょうが、西海岸のサンフランシスコ・ベイエリアでは、残念ながら、彼の存在はあまり身近に感じられません。
まあ、レッドソックスの本拠地ボストンや、敵地ニューヨークでは、松坂投手や井川慶投手の一挙手一投足が細かに分析され、お互いを熾烈にけん制しあっているのでしょう。が、西のシリコンバレー辺りでは、相変わらず、のんびりと、サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ選手の歴代記録に迫るホームラン打数なんかが話題になっています(ひとシーズン本塁打73本という記録を持つボンズ選手は、ハンク・アーロン氏の生涯記録755本に、あと15本ほどに迫っています)。
それから、珍しくプレーオフ出場を決めたバスケットボールのゴールデンステート・ウォーリアーズや、プレーオフ第2回戦に進出するアイスホッケーのサンノゼ・シャークスというのも、地元の大きな関心事でしょうか。
ところで、現役も引退も含め、アメリカのスポーツ選手の中で、誰が一番人気だかご存じでしょうか?
そう、あまり難しくもないクイズでしょうが、答えは、ゴルフのタイガー・ウッズ選手です。
ちなみに、このときの調査でいくと、2位はバスケットボールのマイケル・ジョーダン、3位はボクシングのモハメド・アリ、4位は同じくボクシングのジョージ・フォアマン、5位は自転車のランス・アームストロングとなっています(5位のアームストロングは、20代半ばでガンを克服し、その後、ツール・ド・フランスで7連勝を果たした鉄人ですね)。
で、タイガー・ウッズくらい有名で、アメリカで一番人気ともなると、それこそ、数えきれないくらいのスポンサーが付き、コマーシャルにもバンバン出演するわけです。けれども、ここで、ふと疑問が湧くのです。いくら知名度があるからって、コマーシャルとして、ほんとに効果的なのかと。
まずは、ご存じ、ナイキ(Nike)。タイガーの名前を聞くと、まず思い浮かべるのが、この会社です。今では、ゴルフ用品の有名メーカーとして、クラブやボール、ゴルフシューズなど、あらゆるグッズを販売します。目立ちたい人のために、今月から、ピッカピカの金色のゴルフシューズも登場です。
「これは、タイガーが使ってるドライバーなんだよ」というのは、世界中のゴルフ場で聞こえてくる自慢話となっていますね。それに、タイガーが愛用するボールと聞くと、もうそれだけで飛ぶような気がしてくる。そして、つい手が伸びる。だから、それだけで、ナイキのタイガー採用は、大成功なんでしょう。
お次は、クレジットカードのアメリカン・エクスプレス(American Express)。日本でもアメリカでも、競争相手のビザやマスターカードに比べると、加入店舗数は少ないです。ひとつに、お店が支払う手数料が高いというのが要因になっているようですが、それゆえに、何かで差をつけなくてはなりません。
その対抗策のひとつが、「利用制限額なしのカード」。きっと、申し込みを受理するには、利用希望者の過去の支払い履歴など、相当のチェックをするのでしょう。が、制限をなくせば、利用者にとっても便利な上に、自分たちにとっても実入りが増え、好都合。妙案かもしれません。
けれども、タイガーさんがアメリカン・エクスプレスに貢献しているかどうかは、定かではありません。だって、第一、タイガーがほんとにクレジットカードなんて持ち歩くの?お付きの人が全部処理するんじゃないの?なんて思っちゃいますよね(あのマイクロソフトのビル・ゲイツさんだって、お財布にいくら入っているのと聞かれて、「財布はあんまり持ち歩かないよ」と言っていたし・・・)。
同じ論法で、どうも怪しいのが、時計のタグ・ホイヤー(TAG Heuer)。ダイバーズウォッチなんかで、かなりのネームバリューを築き上げているので、その点では、タイガーにも負けません。それに、2年ほど前、タイガーの協力を得て、プロ用のゴルフ時計も発売しています。
けれども、ゴルフ中に時計はしないでしょ?とくに、タイガーは、手袋すらしてないことが多いのに・・・なんか、怪しいぞ。
そして、一番怪しいのが、車のビューイック(Buick)。アメリカの三大自動車メーカー、ジェネラル・モータース社のブランドで、「エントリーレベルの高級車」とされています。
まあ、タイガーがビューイックの宣伝に出るようになって、持ち主の平均年齢が、60代半ばから50代半ばへと、10歳も下がったそうです。そういう意味では、タイガーの貢献度は大と言えるでしょう。
けれども、どうしても、この疑問がつきまとうのです。「いくらなんでも、タイガーがビューイックには乗らないでしょう。」
わたしなんて、ビューイックが「高級車(luxury car)ブランド」だったことすら知らなかったくらいですから、タイガーとの結びつきはゼロに等しいのです。
まあ、いくら知名度があるとはいえ、ウソ臭い宣伝は、かえって逆効果かもしれませんね。
追記:ウッズ選手のコマーシャルについては、ビジネス専門ケーブルテレビ局CNBCの4月5日放送番組を参考にさせていただきました。
それから、先日4月15日は、アメリカの野球史上、大事な記念日でした。メジャーリーグ野球に初めて黒人の選手が入って、ちょうど60周年だったのです。60年前、ブルックリン・ドジャースに仲間入りしたジャッキー・ロビンソン選手(故人)が、MLB初の黒人選手だそうです。この記念すべき日に、メジャーリーグ中で、ロビンソン選手の背番号42番を付けた選手たちが目立ちました。
当時は、メジャーリーグに黒人選手は許されない時代。「お前を殺すぞ」という脅迫状まで届いたそうです。けれども、そんなロビンソン選手の苦労があったからこそ、今は、有色人種のスポーツ選手たちが、思う存分活躍できるようになったのでしょうね。
<グーグル現象>
先月の第1話「お仕事と自主性」で、こういうことを書きました。検索エンジンの最大手グーグルでは、制限内であれば、従業員が就業時間中に好きな研究をしてもいいと許されていると。
これを読んだお友達が、こう言っていました。僕が聞いたのは、「プロジェクトに関係ないことをしてもいい」のではなくて、「しなくてはいけない」のだと。
グーグルさんは超有名企業なので、あちらこちらで参照されるケースも多いです。だから、ここでちょっとご説明しておきましょう。
実は、わたしからしてみると、この「してもいい」と「しなくてはならない」の違いは、同じ事象を表と裏から見ただけという解釈なのですね。
わたしが「してもいい」と書いた引用元は、グーグルのCEOエリック・シュミットさんでして、テレビインタビューでの彼の口調を再現しようとしたものなのです。経営者からすると、「プロジェクトの枠に縛られず、自由にやらせているんだ」という意識が強いのでしょう。
けれども、働く側からすると、いかに現行のプロジェクトと直接関係ないこととはいえ、それは立派に評価の対象となっているわけで、そのアウトプット如何によっては、「はい、さようなら」となってしまうのです。そういう状況下では、「しなくてはならない」という意識の方が強くなるわけですね。
ですから、「してもいい」と「しなくてはならない」という表現は、個人的には、どちらでも正しいのだと思っています。
というわけで、注目のグーグルさん。こちらでも、メディアの話題に上らない日はありません。先日も、利益が前年同期比7割増と、第一四半期の業績がバリバリに調子が良かったぞとか、そのうち、マイクロソフトのパワーポイントみたいなソフトを出すぞとか、株価は660ドルをターゲットとするアナリストまでいるぞとか、賑々しいお話もありました。
そんな中、地元紙マーキュリー新聞は、こんなことを書いていました。グーグルが株式公開して、億万長者(millionaire)が何千人と生まれたわけだけれど、これから、どれほどの従業員を繋ぎとめておけるのかと。
グーグルの株式公開から、間もなく3年。公開前から働き始め、間もなく勤続4周年を迎える従業員は何百人といます。ということは、この何百人にとっては、ストックオプションがすべて満期となり、株を売却できるようになる。だから、これを機に、株を全部売り払って、さっさといなくなる従業員が出てくるのではないか、そういった懸念があるのです。
たとえば、公開前の2003年に与えられた1万株のストックオプションは、4周年を過ぎると、5百万ドル(約6億円)ほどの利益を生むことが可能となります。うん、それだけあれば、もう会社を辞めてもいいやと思う人が、バンバン出てくるかもしれない。
ここで、頭を悩ますのは、会社側。少しでも、優秀な人を繋ぎとめ、モーティベーションを持って働いてもらわないといけない。しかも、どんどん金持ちとなっていく古株社員を尻目に、同じだけ働く新米社員にも、不満を持たせないようにしなければ。
そこで、グーグルさんは、あの手、この手の工夫をします。まず、ストックオプションとは違った、「ストックユニット」という制度を導入しました。ストックオプションでは、実際の株価がオプション価格よりも低くなる可能性もあり、オプションを行使すると、損をするケースも出てきます。そこで、株を何株持っているという「ユニット」という概念を設け、いつでも現行の市価の値打ちを保証するようにしました。
今月からは、従業員のストックオプションを、外部の投資家にオークションで売れるシステムを導入します。従業員の中には、ストックオプション価格が、グーグル株ピーク時のひと株510ドル近辺の人もいるのです。そういう人にとっては、外部にオプションを売れるとなると、もっと高く買ってもらえるかもしれません。
ストックオプション制度ばかりではありません。もともと女性社員にも男性社員にも「産休」が取りやすい制度はありましたが、希望者が長期休暇を取りやすいようにと、現在、新制度を整備中だそうです。
それから、夏には、グーグル社員がどれほど満足しているのか、4回目の「満足度調査(happiness survey)」も行われる予定です。
けれども、どんなに会社側ががんばっても、現状維持は難しいでしょうね。働きたい人は残るし、働きたくない人はいなくなる。こればかりは、防ぎようがありません。多くの人にとっては、今の仕事と新しいチャレンジを天秤にかける機会となるのでしょう。
ストックオプションで金持ちになって、同じ場所で働くモーティベーションが翳る現象は、古くはマイクロソフトも経験していることですし、ある意味、会社が大きくなる上での「成長の痛み(growing pain)」なのかもしれません。
ところで、ひとつお話をご披露いたしましょう。朝起きてカーテンを開けると、我が家のベッドルームからは、まず、丘の上の大きなお屋敷が見えるのです。もともと小高い我が家から更に高い場所にあるので、360度を見渡せる絶景の場所に建っています。
ここは、インターネットバブル期に、ISP(インターネット・サービスプロバイダー)で儲けた会社の創設者のお宅なのですが、普通の家の10軒分のお屋敷に、27台の車が入るガレージが付いています。車集めが趣味なんだとか。敷地の脇には、使用人の離れまであるといいます。
この創設者殿、もともとはトラック運送業を営んでいたそうですが、物を輸送するのも、インターネットのパケットを輸送するのも同じ事と、ISPを運営するようになったようです。すると、時流に乗って、あれよあれよと言う間にドカっと儲かり、自分は40歳を過ぎた頃に、早くも引退。悠々自適の生活を送るようになりました。
まあ、パーティーでも開こうものなら、専用の駐車場係を何人も雇い、立派なご門から長?い私道を登るのにゴルフカートでお客様をお連れする、という念の入れよう。参加した方々は、一様に、その立派なお屋敷と、シリコンバレーやサンタクルーズの山並みを見渡すパノラマに息を呑むと言われています(わたしはご招待を受けたことがないので、噂を頼りにするしかありません)。
ところが、数年前、このお屋敷が売りに出されました。売却の希望価格は、16億円くらいでしたか。けれども、なかなか買い手がつかなかったですね。第一、バブルがバーストしてあまり経っていない時期。そんな高い家は誰も買わない。
それから、家自体にも問題があったそうです。なんでも、屋敷内のそこここに、創設者殿のイニシャルがモティーフとなって盛り込まれ、イニシャルが違う人にとっては、買い難い雰囲気をかもし出していたとか。
結局、その時は売れず、そのままになっていたようですが、売りに出した理由は、離婚。どうしてかは知りません。でも、創設者殿の奥方は、さっさとどこかに行ってしまったようでした。
現在、このお屋敷に誰が住んでいるのかは定かではありません。けれども、お屋敷を見上げるたびに、こう思うのです。世の中うまくいかないものだな、と。
もしかしたら、創設者殿、お仕事に情熱を持てなくなってしまったわりに、代わりになる「楽しいもの」が見つからなかったのかもしれませんね。
<スパイ現象>
ここ数日、ローカルニュースで、こんな話題が取り沙汰されています。サンフランシスコから湾を渡って東側のコントラコスタ郡で、相次いで「アイデンティティーセフト(身元情報盗難、identity theft)」が起こっていると。
大手スーパーチェーンのAlbertson'sで、クレジットカードやデビットカード(銀行のキャッシュカード)で支払いをした人の情報が盗まれている。被害は一店舗では収まらず、複数店舗での被害者は、百数十人を越えているようだと。
盗まれているのは、カード番号。デビットカードの場合には、暗証番号まで一緒に盗まれています。被害者の中には、気が付いてみると、銀行口座に1ドルも残っていなかったケースもあり、ニュース番組では、頻繁にオンラインで会計処理や残高をチェックし、買い物をするときは、なるべく現金を使うこと(けれども、あまり高額の現金を持ち歩かないこと)と、視聴者に注意を促していました。
これを最初に耳にしたとき、自分はAlbertson'sでは買い物しないからいいやと思っていました。けれども、二度目にニュースを聞いたとき、ハタと、身の上に起こった事を思い出したのでした。
ごく最近、立て続けに、クレジットカードと銀行のデビットカードに、身に覚えのない処理を発見したのです。しかも、ゾッとすることに、両方とも同じ場所。ラスヴェガスのForum(フォーラム)というショッピングモール。ホテル・シーザスパレスに隣接する、小ぎれいなモールです。クレジットカードが3月末、デビットカードが4月初めの買い物で、両日とも、わたしがサンノゼ、連れ合いが日本にいるときの事でした。
明らかにおかしいので、カード会社にクレームしましたが、それにしても、こんな事が自分の身に起きるなんて・・・
後日、Albertson'sでの情報盗難は、カード読み取り機を偽物と交換してあったためと判明したようでした。読み取り機の中を細工するとか、読み取り機自体を偽物と交換という手口は、南カリフォルニアでよく使われているものだそうで、だとすると、ラスヴェガスの手口も同じなのかもしれません。
実は、あまり買い物をしない我が家も、フォーラムの地下のコンビニで、朝ごはんを買った記憶があるのです。1月のCES(コンスーマ・エレクトロニクスショー)のときでしたが、そこでクレジットカードが使えなかったので、銀行のデビットカードを使って買い物をしたあと、ご丁寧に、連れ合いがデビットカードを置き忘れた経験があるのです。
そのときは、ちゃんとカードが戻ってきたので、しっかりしたお店だと感心していたのですが、クレジットカード番号とデビットカード番号(暗証番号付き)は、しっかりと読み取り機に盗まれていたのかもしれません。
クレジットカード会社は、もう一度同じような疑惑の処理が出てくれば、カード番号を変えてしまいましょうと言っていました。あちらも慣れたもので、カードの持ち主が自分のじゃないよという処理に関しては、お店側に証拠を提出させるルールになっていて、多くの場合、忙しいお店の方は証拠を出してこない。だから、クレジットカード会社は、支払いはしないし、腹は痛まない(そんな事情で、アメリカでは、持ち主がクレームした6、7割は、支払いが行われない結果となっているのです)。
それにしても、カード番号が盗まれるなんて、身元情報盗難の中では一番単純なものとはいえ、あまり気持ちのいいものではありませんよね。 かといって、現金で買い物をする気にはなれないし・・・それだって、アメリカでは、充分に危ない!
<おまけのお話:サンジャヤ現象>
いやはや、参りました。アメリカ中に、奇妙な「サンジャヤ現象」が吹き荒れていたのです。
このシリコンバレー・ナウのシリーズでも何回かご紹介していますが、アメリカの超人気番組に『アメリカン・アイドル』というのがありまして、これに出ていたサンジャヤ君の人気が、尋常ではなかったのです。
このサンジャヤ・マラカー君は、17歳。インド系アメリカ人の男の子で、お目目パッチリの茶目っ気ある表情で、全米の女の子たちを魅了します。
けれども、困ったことに、この番組は、歌唱力のあるプロを見つける企画。サンジャヤ君は、ちょっとそれから外れている。決してヘタではありませんが、まわりのアイドル候補者とはレベルが違う。先のシーズンのアイドル、ケリー・アンダーウッドは、グラミー賞で新人賞を受けているし、過去の候補者ジェニファー・ハドソンだって、この前のアカデミー賞で助演女優賞をもらっているという、そんな、れっきとしたタレント発掘番組なのです。
ところが、何を間違ったのか、サンジャヤ君に魅了されてしまった方々が、「ヘタクソを救う会」なるサイトを立ち上げ、サンジャヤ君の救済を始めたのです。ラジオの超大物パーソナリティー、ハワード・スターンも助っ人となり、毎週、視聴者にサンジャヤ君への投票を促します(そう、この番組は、視聴者の電話投票で結果が左右されるのです)。
いつの間にか、話題はサンジャヤ君の歌唱力ではなく、毎週披露される奇抜な髪型へと移っていったのでした。
でも、しょせん無理があったのでしょう。先週、ベスト6を選ぶところで、さよならとなりました。「ベサメ・ムーチョ」では、アドバイザーのジェニファー・ロペスから絶賛を受けていたサンジャヤ君ですが、やっぱりカントリーの歌は難しかったですね。
あ~、やっとサンジャヤ君の歌から解放される! 平和な日々となりました。
夏来 潤(なつき じゅん)