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タブレット市場: マイクロソフトに勝ち目は?
Vol. 160
タブレット市場:マイクロソフトに勝ち目は?
もう11月後半になりましたが、今年の歳末商戦は、どうやらタブレットの戦いとなりそうです。そんなわけで、今月は、マイクロソフトのタブレット新製品に焦点を当ててみましょう。
<マイクロソフトの「Surface」って?>
11月の第一週、我が家にマイクロソフトの新製品「Surface(サーフェス)」が届けられました。
先月号でもご紹介していますが、タブレットが話題をさらうパーソナルコンピュータ市場に一石を投じようと、マイクロソフトが10月26日に発売したタブレットの新製品です。
今のところ、米国市場向けにマイクロソフトストアとオンラインで販売されています(写真は、キーボードカバー「Touch Cover(タッチカバー)」が付く64GBモデル)。
このSurfaceは、アップルのiPad(アイパッド、写真左)よりもちょっと大きな画面を持っていて、各タブレットメーカーの「小型化」に逆行したコンセプトとなっています。
マイクロソフトの新しいOS「Windows RT(Windows 8のモバイル版)」の魅力を最大限に引き出すためには、ある程度の大きさがないとダメ、という信念にもとづいています。
なんといっても、Windows 8はマルチタッチ対応ですから、画面を触って操作するのが特長。
カラフルな「タイル」が出てくるスタート画面をタッチして、各機能を立ち上げるようになっています。
それで、Surfaceを触ってみた感じをひとことでまとめると、個人的には、こう表現したいと思うのです。
う〜ん、ちょっと難しい・・・。
これは、「扱うのが少々難しい」という意味と、「一般消費者に受け入れられるのは、ちょっと難しいだろう」という意味と、両方を兼ねています。
実は、先月号では、Surface発売前だったこともあり、タブレットにカチャッと取り付ける「キーボードカバー(Touch Cover、Type Coverの2種)」を取りあげてみました。
マイクロソフトは、どうしても「パソコンとキーボード」の既成概念から抜けきれないのだと。
ところが、実際にキーボードカバーを使ってみると、これが意外と使い易いのに驚いてしまったのでした。薄いながらに、軽く触れただけで小気味よく反応してくれて、これなら、あった方がいいかなと。
キーに触れると、ポンポンと音が出るところもわかり易いです。
そして、コマーシャルを観ていて「なんだか不格好!」と思っていた裏側の「キックスタンド(Kickstand)」も、画面がタッチし易くなって、なかなか良い出来だと思うのです。
が、残念ながら、良いところは、ここまで。
いえ、決して悪口を言いたくて書いているわけではありません。そうではなくて、もしもSurfaceを一般消費者向けの製品と考えると、問題点がいくつかあると申し上げたいのです。
まず、Windows RTを触ってみると、その操作の難しさに戸惑いを感じます。画面の右を触ったり、左を触ったりと、どこに何が出てくるのかをマスターしなければならないのです。
たとえば、画面の右端を内側に向かってドラッグする(引っ張る)と「スタート画面」「検索」「設定」などのメニューが出てきます。
左端をドラッグすると起動中のプログラムがひとつずつ出てきますが、その一方で、ドラッグした指をそのまま左端に戻すと、起動するプログラムの一覧が出てきます。
ある機能を使い終わったら、指を画面の上から下へと滑らせ、プログラムを閉じます。
そういったひとつひとつの動作が、一般ユーザには難し過ぎる気がするのです。そう、「直感的(intuitive)」ではなく、頭の中でこねくりまわしたような、頭でっかちの方式に思えるのです。
ま、そんなことは慣れればいいでしょう。けれども、もっと悪いことに、Surfaceを触っていてもウキウキしないのです。
もちろん、メールもできるし、スカイプ(Skype、インターネット電話)もできます。あまり解像度は良くないですが写真だって撮れるし、ソーシャルネットワークのフィード(最新情報)もリアルタイムで見られます。
でも、「他には?」と、物足りなさを感じるのです。
たとえば、iPadを触ると、あんなこともできる、こんなこともできる! と、次から次へと新しいことにチャレンジしてみたくなるでしょう。
それは、たぶん扱い易さでもあり、アプリの豊富さでもあるでしょう。世の中に27万以上のiPadアプリが存在するとなると、「There’s an app for that(それにもアプリがありますよ)」というキャッチフレーズにも、説得力があるのです。
ところが、Surfaceの場合は、娯楽分野ひとつ取っても、レパートリーが乏しいのです。だったら、Surfaceは何に使ったらいいの? と、多くの人が首をかしげることでしょう。
さらに悪いことには、Surfaceを買う必然性が見当たらないのです。
たとえば、アップルの戦略を考えてみましょう。アップルの製品を買い続けるのは、
「アップルでなければならない」必然性があるからです。
だって、11年前にアップルがiPod(アイポッド)というメディアプレーヤを出して、その一年半後にiTunes(アイテューンズ)ストアが始まると、多くの人がここ(ネット経由のバーチュアル・アップルストア)で音楽を買うようになったでしょう。
最初は音楽から始まったけれど、そのうちにミュージックビデオなど映像を買うようにもなったでしょう。
当時は、ネットで「違法コピー」が横行する混沌とした時代でしたが、iTunesストアが商売として成り立つことがわかると、音楽・テレビ・映画業界のパートナーもどんどん増えて、それと同時にユーザもどんどん増えていきました。
そして、5年前にiPhone(アイフォーン)というスマートフォンが出てくると、iPodからデータを移して、電話で音楽や映像を持ち歩くようになったでしょう。
さらには、ゲームを始めとして、いろんな機能のソフトウェアを買うようになって、「アプリ」という概念がすっかり巷(ちまた)に浸透するようになったでしょう。
それで、2年半前にタブレットのiPadが出てくると、もうiPadでなければならない環境ができあがっていたのです。だって今まで蓄積した音楽やら、アプリやら、iPhoneで撮った写真をタブレットで持ち歩こうとすると、iPadじゃないといけないでしょう。
すると、今度は、手持ちの膨大なライブラリを保管してあげましょうと、iCloud(アイクラウド)というサービスまで始まりました。
こうなってくると、次に何かしら新しいコンセプトの製品が出てきたにしても、アップルのiOS製品じゃないといけないでしょう。
そして、いつの間にやら、世の中全体がそんな風潮になっているのです。
新聞や雑誌を読むのも、旅先でテレビの留守録を予約するのもiOS製品。レストランのワインメニューだって、銀行のオンライン口座だって、国際紛争の調停者が重宝するアプリだってiOS向けにつくられています。
そんな風に、知らないうちに、iOS製品とiTunesという「クモの巣」に捕らえられていたわけです。
そう、相手はクレジットカード番号を握っていますので、その「ネバネバ性」はクモの巣以上かもしれません。
そういう点では、アマゾン(Amazon.com)だって同じでしょう。タブレットKindle(キンドル)を買った人は、アマゾンで電子書籍を買い、さらには服や家庭用品も買う、という構図。
そうなると、たとえばカリフォルニアのように、アマゾンに対して州の消費税(state sales tax)が課せられるようになったって、顧客は逃げたりしないのです。
アマゾンの創設者/CEOジェフ・ベィゾズ氏は、こう断言しています。
「みんなはガジェットが欲しいんじゃない。サービスが欲しいんだ。(中略)秘密のソースは、Kindleというデバイスをアマゾンのエコシステム(お金を生む環境)にうまくつなげることだよ」と。(11月16日放映のインタビュー番組『チャーリー・ローズ』より。この週には、フォーチュン誌の「今年のビジネスパーソン」に選ばれ、第2世代のKindle Fire(8.9インチ型Kindle Fire HD)も販売開始)
けれども、そんな必然性は、マイクロソフトには無いでしょう。そう、Surfaceに移して持ち歩きたいライブラリはありませんし、彼らのサービスにがっちりとカード番号を握られているわけでもありません。
べつにSurfaceでなくても、何でもいいのです。
そんなわけで、Surfaceというタブレットひとつを取ってみると、ヒットしない可能性は大きいような気がしています。
もしかすると、マイクロソフトが6年前に出したメディアプレーヤ Zune(ズーン、写真)や、ハードウェアは日本のシャープが担当したスマートフォン Kin(キン、2年半前に発売となり、残念ながら2ヶ月で販売停止)と同じように、「失敗例」に名を連ねるかもしれません。
が、マイクロソフトは(今のところ)ソフトウェア会社です。Windows 8をハードウェアメーカーに提供して、ロイヤリティ(ソフトウェア使用料)をもらって食べていければいいのでしょう。
<タブレット市場って?>
というわけで、先月、今月とタブレットのことを書いてきましたが、ここまでタブレットにこだわっている理由は、モノとしておもしろいばかりではなく、他のモバイル製品よりも市場の「立ち上がり(ramp up)」が早いからです。
こちらのグラフでもわかるように、フィーチャーフォン(俗にガラケー)、スマートフォン、ノートブックパソコン、ネットブックパソコン、メディアプレーヤ、電子書籍と、あらゆるモバイル製品と比べても、タブレットの需要の伸びが著しいのです。
(タブレットの創世をiPad発売の2010年4月と定義。各製品の市場初登場から、当初5年間の累積販売台数(予測を含む)を比較。Gartner社、IDC社のデータをもとにモルガン・スタンレーが今年5月に分析)
そして、来年2013年には、パーソナルコンピュータ(デスクトップとノートブック)の出荷台数をタブレットが追い抜くとも予測されています。(上記モルガン・スタンレーの世界市場分析とCEA(全米家電協会)の米市場動向を参照)
今のところ、大部分のタブレット製品は教育分野や娯楽の用途で使われているようですが、企業でもタブレットの導入が進んだり、「BYOD(Bring Your Own Device、個人端末の業務活用)」のコンセプトが広まったりすることが予想されるのです。
とくにセールス担当者や医療従事者と、前線で働く人にとっては、タブレットはありがたいフォームファクタ(形状)ですから。
このように市場の立ち上がりが早いということは、「早くしないと、置いてきぼりになる」ということでもあります。
現在、世界のタブレット市場を見渡すと、アップルが6割から7割のシェアを握っているとされています。
巨大市場・中国では、アップルブランドが強く、8割(79%)のシェアともいわれています。(Umeng友盟 Analytic Platformの分析)
そんな中、OS(基本ソフト)の分類から考えられるシナリオは、ふたつ。
「現状通り、アップルのiOSとグーグルのアンドロイドが主流のまま」というものと、「マイクロソフトのWindowsがアンドロイドを追い抜き、2番手のタブレットプラットフォームになる」というもの。
もちろん、マイクロソフトは後者のシナリオを思い描いてSurfaceタブレットとWindows 8(モバイル版Windows RT)を投入したはずなのですが、この第一手は、ポシャる可能性だってあります。
しかも、タブレットをつくるメーカーにしてみれば、Windowsを採用するには高いロイヤリティを払わなくてはなりません。「だったら、無料のアンドロイドで結構」というメーカーも出てくるでしょう。
少なくとも、アメリカ市場を考えると、来年あたりが「タブレット戦争」の山場となることでしょう。
だとすると、Surfaceの次の一手を打つにしても、パートナーのお尻をたたくにしても、マイクロソフトは急がないと・・・。
<こぼれ話:マイクロソフトストア>
いえ、まったくの蛇足ではありますが、実は、Surfaceを使うにあたって、マイクロソフトストアに足を運んだのでした。
画面の右だの、左だのを触っていると、いろんなものがヒョコッと出てくるのですが、「もしかすると、まだ発見してない触り方があるに違いない」と思ったからです。
ここは、シリコンバレーの人気ショッピングモール・バレーフェア(Valley Fair)にあるマイクロソフトストアで、なんと、先に出店していたアップルストアの斜め前に出現した店舗です。いえ、ほんとに斜め前なんですよ!
入り口を入ると、若い担当者がにこやかにハ〜イと声をかけてくれるのですが、平日だったこともあり、お客よりも、色とりどりのTシャツを着たスタッフの方が多いくらい。
壁際のWindows 8のコーナーに向かうと、すかさず女性担当者がアプローチしてきて、さっそくWindows 8のデモをしていただくことになりました。中国系だし、なんとなくエンジニアっぽい方です。
そこで「伝授」していただいたのは、上でもご紹介したように、画面の左端をドラッグした指をそのまま左に戻すと、起動中のプログラムの一覧が出てくるというもの。こればっかりは、自分で「発見」するには、ちょっと複雑でした。
それから、プログラムを閉じるには、画面の上から下へとスーッと指を滑らしますが、大画面パソコンを使っていたからか、これが、なかなかうまく作動しなかったですね。
というわけで、店舗に足を運んだ甲斐はありましたが、お店の前のソファーに腰掛けていると、アップルストアから出てきたお客さんが目の前を通り過ぎて行きました。
青いTシャツのスタッフに、大きなiMac(アイマック、アップルのデスクトップコンピュータ)を運んでもらっています(しかも、これ見よがしにマイクロソフトストアの真ん前を通過・・・)。
そうなんです、ここはアップル本社のお膝元。世界で一番、アップルファンが密集する場所なのかもしれません。それが証拠に、アップルストアは(平日だって)いつもお客で満杯です。
そんな競合に負けないように、マイクロソフトさんに、ひとつご提案があります。ご自分ではあまり気にしていらっしゃらないようですが、タブレットSurfaceにはWi-Fi接続だけではなく、携帯ネットワーク接続モデルも追加すべきです。
今どき、iPad mini(アイパッド・ミニ)だって、LTE(第3.9世代の携帯ネットワーク)につながるのです。公園のベンチで音楽も買えないとなると、ちょっと寂しいではありませんか。
それに、第一、広いキャンパスの中庭で撮ったコマーシャルが、ウソくさく感じられますよ。だって、あの設定でWi-Fi接続は厳しいでしょう?
そんなわけで、次回の参考にしていただければ嬉しい限りなのです。
夏来 潤(なつき じゅん)