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シリコンバレーの人と土壌
Vol. 165
シリコンバレーの人と土壌
4月は、新緑の季節。メジャーリーグ野球も本格的に始まり、まさに春爛漫!
そんな明るい卯月は、ちょっと「シリコンバレー」について考えてみることにいたしましょうか。
<人の流れ:Yahoo! の場合>
4月に入ると、だいたい株式市場が乱高下しますよね。第1四半期(1〜3月期)の業績発表が集中するので、機関投資家も個人投資家も含めて、彼らの一喜一憂が株価と市場の混乱を招くのです。
たとえば、ビデオレンタル・ストリーミングサービスのNetflix(ネットフリックス、本社:シリコンバレー・ロスガトス)は、突然、注目株となった部類でしょうか。
これまで、郵送によるDVDレンタルからネット上のストリーミングへと移行に苦戦していたところが、ここ最近、ブロードバンドが充実してきたおかげでストリーミング利用者も増え、それにつれて業績もアナリストの予想を上回ったのでした。
そんなわけで、業績発表の翌朝(4月23日)、株価は42ドルも上がって217ドルを記録!
まあ、そんなものを見せられると、株の投資家ほど気分屋はいないようにも思えるのですが、この乱高下の4月に「小康状態」を保っているのが、ネットの老舗Yahoo!(ヤフー、本社:シリコンバレー・サニーヴェイル)でしょうか。
先月号でもご紹介していますが、昨年7月にCEO(最高経営責任者)に就任したマリッサ・マイヤー氏が、従業員に向けて「テレコミューティング(在宅勤務)禁止令」を発し、物議をかもしておりました。
4月16日の第1四半期(1〜3月期)業績発表では、収益(revenue)は前年同期と同じで、利益(profit)は36パーセント増し、という微妙なものだったので、投資家はあんまりエキサイトしなかったのでした(不自然な利益増は、コスト削減や中国のネット通販の巨人Alibabaグループへの投資効果によるもの)。
そんなわけで、株価は、ガックリ感で下がってみたり、「これから投資するにはいいかも」と期待感で上がってみたり。
CEOのマイヤー氏ご自身は、「今年後半には収益の伸びが予想されるが、自分たちが望む成長曲線を描くまでには、あと数年はかかるだろう」と、業績発表と同時にクギを刺していらっしゃいました。
たぶん、今のマイヤー氏の最優先事項は、業績よりも、人を雇うことだと思うんですよ。
たとえば、今年3月にYahoo! が買収したスタートアップ Jybeなどは、彼らのエンターテイメント分野の推薦アプリではなく、メンバーである5人の「頭脳(brainpower)」が欲しかったのだと言われています。
この5人は、前々代のYahoo! CEOキャロル・バーツ氏の頃に会社を去った元社員で、バーツ氏がマイクロソフトと契約した「Yahoo! とBingの協業体制」を不服として辞めた方たちだそうです(サーチエンジンはBingが提供し、広告セールスはYahoo! が提供するという10年契約)。
実は、こんな話を聞いたことがあるのです。故スティーヴ・ジョブス氏がアップルCEOとして采配を振っていた頃、自らYahoo! に赴き、会議の席で熱くこう語ったそうです。
「あなたたちの強みは、Yahoo!メールで個人ユーザをがっちりと握っていることであり、それをうまく利用しない手は無い! だから、一緒にでっかいことをやろうじゃないか!」と。
何かのサービスで個人ユーザを握っているということは、たとえ今は収益は生まなくとも、あとで新しいサービスを展開したときに、必ずやお金を生むことになる。だから、メールサービスでユーザをがっちりと握っているYahoo! は、その強い立場を利用して、うまく商売を展開すべきである、というジョブス氏の信念にもとづいたお言葉だったのです。
ところが、当時のYahoo! CEOは、ジョブス氏の意図を理解することもなく、「コンテンツカンパニーたるべき自分たちには関係が無い」と、アドバイスを聞き入れようとしなかった・・・。
これが、果たしてどのCEOの御代だったのかは定かではありません。そして、このお話の提供者は、Yahoo! の経営方針に幻滅して会社を去り、今は有名なアプリケーション会社のCEOとして活躍するという顛末でした。
「頭脳の流失(brain drain)が激しい」と言われて久しいYahoo! ですので、上述のスタートアップJybeのように、失われた頭脳が戻って来てくれるのは、CEOマイヤー氏にとっても喜ばしいことでしょう。
「これから人を雇うときには、わたしも面接する!」と宣言し、部下に煙たがれている彼女ですが、業績発表時には、「今年に入りYahoo!への転職応募も3倍に増え、戻って来る『ブーメラン社員』も最近雇ったスタッフの14パーセントに上る」と、人事戦略がうまく運んでいることを示唆されています。
そして、物議をかもした「テレコミューティング(在宅勤務)禁止令」については、4月19日、ロスアンジェルスで開かれた人事関連コンベンションのキーノートスピーチで、初めてその重い口を開かれています。
「人は、ひとりで仕事をしている方が効率的だけれど、みんなで一緒にいる方が協力的で、より斬新なアイディアを考え付くものです(people are more productive when they're alone but they're more collaborative and innovative when they're together)」と。
マイヤー氏がYahoo! CEOとなったとき、会社の駐車場はガラガラだし、VPN(会社のコンピュータにアクセスできる仮想ネットワーク)に一日一回もログインしない在宅勤務社員がたくさんいたそうで、今まで自分が働いていたグーグルの「はつらつとした」雰囲気とはあまりに違うことに驚かれたそうです。
だからこそ、不人気になることがわかっていても「禁止令」を発したのでしょうし、これが、「組織は人なり」とも言われるゆえんでしょうか。
シリコンバレーという土地は、老舗企業から次々と新しい枝葉が茂り、そこからまた新芽が顔を出しと、輪廻転生を繰り返しているところではあります。
「シリコンバレーの祖」とも言えるショックリーセミコンダクタからフェアチャイルドセミコンダクタが生まれ、そこからインテルやAMDやLSIロジックが生まれ、そこからまたNVIDIA(エヌヴィディア)を始めとする次世代の企業が生まれたことは、その好例でしょうか。
そういう輪廻の土地柄ではありますが、Yahoo! は、マイヤー氏の表現を借りるなら「ネット企業のおじいちゃん(the grandfather of Internet companies)」ですから、ずっと元気でいて欲しいなと願っている人もたくさんいらっしゃることでしょう。
お断り: 先月号でもお断りしていますが、「マイヤー」氏の表記は、英語の発音にもとづいています。それから、Yahoo! に関しては、あくまでも本国のお話となっております。
<シリコンバレーという土壌>
少し前のことになりますが、2月第一週、サンフランシスコで真新しいコンベンションが開かれました。その名も「Apps World(アップスワールド)」。
Appsというのは「モバイルアプリケーション」のことで、モバイルアプリ関係者が集い、自分たちの製品・技術・サービスを売り込んだり、互いに情報共有をしたりという業界イベントです。
場所は、アップルが開発者向けイベントWWDC(World Developers Conference)を開くことで有名な、モスコーニ・ウェスト(Moscone West)。
モスコーニ・ノース(North)やサウス(South)ほどでっかくはないですが、新手のイベントを開くには、ちょうど良いサイズの会場です。
そう、この「アップスワールド」がアメリカで開かれたのは、今年が初めて。4年ほど前から10月にロンドンで開かれるようになったイベントで、今年は大西洋と北米大陸を超えて、サンフランシスコに飛び火したのでした。
というわけで、本来はイベント自体のお話をすべきではありますが、今回は、ちょっと違ったアングルからご紹介いたしましょう。
と言いますのも、「アップスワールド」には、こちらの「Silicon Valley NOW(シリコンバレーナウ)」シリーズのスポンサーでもいらっしゃるKii(キイ)株式会社も参加され、ブース出展やレクチャーを通して、『Kiiクラウド』という新しいクラウドサービスを紹介されたのですが、同社取締役会長・荒井 真成氏にぜひ会場でお会いしたいと、日本からお客様がいらしたのでした。
このお客様は、大阪市の名代で来られたベンチャーキャピタルの方で、橋下市長のお声掛かりで生まれた「グローバルベンチャー創出ファンド」という構想の下調べをしにアメリカにいらっしゃったのでした。
大阪が厳しい国際競争を勝ち抜くためには、交通・流通の拠点である「うめきた」に世界から人とお金と情報を集め、独創的なビジネスの「創出の場」としたい。だからファンド(幅広く投資家から募った資金で新規ビジネスに投資する仕組み)を創設しようじゃないか、というでっかい構想です。
それで、せっかく「ベンチャー企業」や、それを育む「ベンチャーキャピタル」のお話を聞きに来られたわけですので、荒井氏は「言いたいことを言いますよ」と相手の方にも断りを入れて、実にざっくばらんなお話をなさったそうです。
たとえば、辛口の批評にはなるが、日本ではインキュベーション(アイディアの卵であるベンチャーを孵化させ、大きく育て上げること)の環境がまだまだ十分に整っていないようにも見受けられると。
インキュベーションに最も必要なものは、単に「場所」と「お金」を提供することではなく、アメリカのベンチャーキャピタルやエンジェル(ベンチャーの創成期を援助する個人投資家、多くは業界の成功者)が務める「コーチ」の役割。
シリコンバレーでエンジェルやベンチャーキャピタルが「コーチ」としてうまく機能しているは、彼らの成功を通じて次世代を育てる方法論が確立されていて、しかも「コーチ陣」の数は多く、質が高いから。
大きく発展しそうなベンチャーを見極めるのはもちろんのこと、ひとたび彼らに投資すれば、転機が訪れるたびにきちんとフォローしてあげて、彼らとシナジー(相乗効果)がありそうな会社を見つけてきては組み合わせて全体を大きく育てようとする。そんな一連の活動がきちんと制度化されている。
それは、エンジェルなりベンチャーキャピタルが、ある目的にかなったベンチャーを集めて「ポートフォリオ(組み合わせ表)」を編み、その全体を投資とアドバイスで有機的に大きくしていこうという明確なプランを思い描いているから。
それをやって初めて、あるものは大きく成功し、投資した側にも利益をもたらし、次のサイクルへと資金をまわすことができる。
もちろん「ポートフォリオ」の全社に成功して欲しいとは願っているが、その中で成功するのは、ほんの一握りであるのも事実なので、たとえば5億円持っているエンジェルは、5万ドルずつ100社に投資しようとする。その中でたった1社が成功したとしても、100倍となれば5億円は戻るし、100倍以上になれば利益を生む。そういったリスク分散をしている。
残念ながら、日本のベンチャーキャピタルは「ポートフォリオ」というシステマティックなアプローチが明確ではなく、どこかアドホック(場当たり的)なところがあり、誰かが「いい!」と言ったものに投資が集中するような傾向がある。
そして、日本の場合は、投資金額が少ないケースが多い。
もちろん、起業したばかりで、あまり資金を必要としない段階もあるが、ひとたび成長を始めれば、ここぞとばかりに大きな投資をして成長を促すべきときも出てくる。が、投資金額が限られていれば、成長には不十分なばかりか、かえって投資が無駄に終わることもある(そして、また投資金額を減らすという悪循環も生まれる)。
やっているベンチャーの方だって、お金をボンと投入すべきときに投入できなければ、ちんまりと小さくまとまって、でっかいことができなくなってしまう。
と、そのようなことを、ざっくばらんに日本からいらしたベンチャーキャピタルの方にお話しされたそうです。お相手は、さすがにベテランの方だけあって、怒りもせずに熱心に耳を傾けていらっしゃったとか。
一般的に「シリコンバレーって、いったい何が違うんだろう?」と言ったときに、荒井氏が指摘した「コーチ陣の働き」とともに、必ず出てくるのが「リスクを取る」とか「失敗を恐れない」気質でしょうか。
そう、「何かにトライして、失敗したとしても、恐れずに再度挑戦する(try, fail and try again)」ということ。
これは、シリコンバレーで活動するみんなのモットーともなっているようです。
それは、とりもなおさず、「失敗しても、もう一度挑戦するチャンスが与えられる土壌である」ことでもあるのでしょう。
そう、「失敗を恥とし、失敗したことを責める」のではなく、「失敗から学んで、次の栄養源とすればいいさ!」という楽観的な態度をみんなが共有しているということ。
たとえば、あるエンジェルの集まりで個人投資を引き出そうと、スタートアップの創設者がこんなプレゼンテーションをなさったそうです。「僕はもう二度も会社を起こして、いずれも失敗している。今度は三度目だから大丈夫さ!」と。
「二度あることは三度ある」ことを恐れるよりも「三度目の正直(three times a charm)」にしてみせる! と胸を張っていらっしゃるのですね(ちなみに、シリコンバレーで起業する場合は、創設者が自己資金を出すことは珍しく、そのためにエンジェルやベンチャーキャピタルが存在するわけですね)。
それで、ひとたび「失敗しても次があるさ!」という楽観的な土壌ができあがると、成功を夢見て世界じゅうから人が集まって来るようになるのです。
まるで、1850年代のカリフォルニアのゴールドラッシュみたいに、1950年代にもカリフォルニアにドッと人が流入し「第2のゴールドラッシュ(シリコンバレー創成期)」となりましたが、その人の流れは今も絶えることはありません(現在、シリコンバレーの中心地サンタクララ郡は、人口の約4割が外国生まれとなっています)。
そして、いろんなアイディアを持った人が世界じゅうから集まると、顔を合わせているうちに互いのアイディアが磨かれ、それに業界を知り尽くすエンジェルやベンチャーキャピタルの助言が加わると、ますます磨きがかかって大きなアイディアに発展していくものなのでしょう。
そんな土地柄は、アメリカでもユニークなものですので、ときどき他州の州知事が訪れ、「ぜひ我が州に商売を移してくれ」と懇願しに来るのですが、人と土壌の備わったシリコンバレーを去ろうと考える人は、あんまりいないのだろうなとも思えるのです。
というわけで、今月は、シリコンバレーという土壌で人とアイディアを育てるお話をいたしましたが、近頃は「モバイル」隆盛のおかげで、起業のあり方もずいぶんと変わってきています。が、そのお話はまた、後日にゆずることにいたしましょう。
夏来 潤(なつき じゅん)