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オンラインスーパー: ネットで食材を(21世紀版)
Vol. 175
オンラインスーパー: ネットで食材を(21世紀版)
2月8日。東京が45年ぶりの大雪を迎えた頃に、サンノゼから成田空港に到着しました。運良く、成田に足止めされることもなく、都内にたどり着きましたが、まるで雪国のような吹雪にびっくり。
2週続きの大雪に、「食べるものすら買いに行けない」閉ざされた地域もありましたが、今月は、食べ物にまつわる「オンラインスーパー」のお話をいたしましょう。
1990年代後半のインターネットバブル期の試みと、過去の失敗から生まれた、新しいサービスのお話です。
<Webvan バージョン2.0>
20世紀の終焉を飾る「インターネットバブル」。バブルははじけて、「ドットコムバブル崩壊(Dot-com bubble burst)」を迎えましたが、この時期に華々しい内部破壊を遂げたのが、オンラインスーパーマーケットの分野でしょうか。
「スーパーで食料品を買う」という日常の行為をネット(Web)で簡単に済ませ、お届けは我が社の車(van)におまかせください、という新しい発想のサービスでした。
一番有名だったのが、Webvan(ウェブヴァン)という試み。サンフランシスコのちょっと南フォスターシティーに設立された会社で、創設者は書籍・CD販売チェーンBorders(ボーダーズ)を学生時代に築き上げた、ルイス・ボーダーズ氏。
1996年12月の設立から2年半で資金調達や配送センター建設を押し進め、1999年6月には、サンフランシスコ・ベイエリアで営業を開始しました(Photo of Webvan trucks from Wikipedia)。
当時の「ドットコム企業」としては、その新発想と事業規模で注目を集め、営業開始からわずか5ヶ月でナスダック株式市場に新規公開。翌2000年には、競合サービスを買収し、営業範囲も全米主要10都市に拡大と、まさに前途洋々。
が、バブル崩壊直後の2000年後半には業績に翳りが見え始め、年末になると株式公開時34ドルだった株価が1ドルを切ることに。そして、2001年7月には、新たな資金集めも困難な状態に陥り、ついに倒産となりました。
Webvanには、1500億円(1ドル125円換算)ほど投資されたはずですので、それこそ「華々しい倒壊(spectacular fall)」という表現がぴったりの出来事でしたが、この失敗例については様々な分析がなされ、「過度の投資により赤字から抜け出せなかった」というビジネス要因に加えて、「時期尚早だった」という技術環境や文化的要因も挙げられました。
そう、あと数年待ったらブロードバンドのネット環境や消費者のネットショッピングに対するマインドが整い、オンラインスーパーはうまく行ったんじゃないか? と。
そして、現在。「あと数年」よりも長い時間が経ちましたが、オンラインスーパーに再挑戦する動きが活発化しています。
だって、誰もが毎日食べないといけないのだから、日々の食材をネットで買うニーズは必ずあるはず!
今回の「再挑戦」は、以前とはちょっと違います。たとえば、2012年9月サンフランシスコに設立された Instacart(インスタカート)。
こちらは、Webvanのような「配送センター」は一切持たず、「買い物代理人(personal shopper)」を採用。代理人が指定のスーパーで食材を購入し、家まで届けてくれるというシステムです。
ま、便利屋さんの延長ではありますが、これまでと違うのは、スマートフォンを使って気軽にサービスを頼めるところ。
そう、ダイアルアップ方式のネット接続でデスクトップにつながれていた時代とは違って、今は、みんなの手元にスゴいコンピュータパワーがある。だから、ユーザも思い立ったときに気軽にサービスを利用できるし、提供する側だって、ユーザの位置情報などを把握しやすい。
だって今は、瞬時に手応えを得たい(instant gratification)時代です。何かを待つなんて、あり得ない。
近頃、そんなスマートフォンを使ったサービスが流行っているでしょう。たとえば、サンフランシスコで知名度を上げているのが、タクシーに代わるUber(ウーバー)やSidecar(サイドカー)の「乗車シェア(ridesharing)」サービス。
サンフランシスコは、ニューヨークと違ってタクシーがつかまらないことで有名な街。だから、「乗りたい人」と「乗せてもいい人」をマッチングして、タクシーよりもタイムリーなサービスを提供しよう! というのが「乗車シェア」のコンセプトです。
さらには、その延長で「宿泊シェア」のサービスも人気上昇中。たとえば、サンフランシスコのAirbnb(エアービーエンドビー)は、「誰かを自宅に泊めてもいい登録者」と「ホテルの代わりに誰かの家に泊まりたい希望者」をマッチングするサービスです。
すでに全世界3万都市で(お城やヨットも含めて)50万件の登録があるので、宿泊場所の評価基準もしっかり整い、サービスの質には、かなりの定評があるようです。
こういった「シェア」サービスは、「みんなで限られた資源(モノや労力)をシェアしましょう」という地球規模の動きが原動力となっていますが、スマートフォンで利用できる気軽さから広まった部分もあるでしょう。
今では、こういったシェアの概念を指して「シェアリング経済(sharing economy)」という言葉も登場しています。
そして、これをスーパーマーケット業界に適用したのが、Instacard。時間とか労力をシェアし、「食材を買いたい人」と「買って運んであげる人」をマッチングしたサービスです。
創設者/CEOのアプーヴァ・メータ氏(27歳)は、地域広告サイトCraigslist(クレイグズリスト)を見ていて、「買い物代理」のニーズがたくさんあることから発想を得たとか。
今では、地元サンフランシスコ・ベイエリアの17都市に加えて、シカゴ、ボストン、首都ワシントンD.C.、フィラデルフィアでもサービス展開しています(首都とフィラデルフィアは今月開始)。
指定のスーパーも、大手スーパーのSafeway(セイフウェイ)、オーガニック(有機食材)専門のWhole Foods(ホールフーズ)、量販チェーンのCostco(コストコ)と、バラエティーに富んでいます。
<Instacartの商売って?>
そんなわけで、Instacartが提供するのは、サービスの迅速さ、気軽さ、比較的安価な配達料といったところでしょうか。
たとえば、35ドル以上のお買い物の場合、通常配達(2時間以内または時間指定)は3ドル99セント(約400円)、依頼から1時間の配達で7ドル99セント(約800円)と、配達料は安めに設定されています。
地元ベイエリア・ニューズグループの取材に対し、CEOメータ氏は「まだ黒字じゃないけれど、年間数千万ドル(数十億円)単位で売上が立っている」と強気の発言をしています。
(引用文献:”Deliver the Goods: Instacart uses couriers to shop for food items that customers order, pay online” by Heather Somerville, the San Jose Mercury News, January 26, 2014; photo by Laura A. Oda)
が、一見「数でこなして商売にする」方式も、よく考えてみると、黒字にするのは難しい気もしてくるのです。
まず、「配達料 vs. 人件費」。サンフランシスコのような密集した街なら、一件当たり30分で買い物と配達を済ませられるとしましょう。サンフランシスコ市の最低賃金は時給10ドルですから、人件費は5ドル(Instacartの求人欄では、最高時給25ドル稼げるとありますが)。
だったら、配達料3ドル99セントでは赤字? それに、ガソリン代だってかかるでしょ? その上「あら卵が割れているわ」とクレームが付いたら、もう一度やり直し?
Instacartの場合、現時点では指定スーパー各社との交渉が難航していて、一般消費者と同じように「定価」でお買い物をしなければなりません。
通常、少しでも安く仕入れて、顧客に渡すときにマージンを取りたいところ(食品小売業だと1〜2%の薄いマージン)ですが、現状では、それすらできません。
だとすると、「数をこなすべき商売」が「スケールしない(拡大できない)商売」にも思えてくるのです。なぜなら、人をかけて商売を広げようとすると、それだけ人件費がかかり、実入りがなくなってしまう構造に見受けられるから。
さらに、細かい点を指摘すると、万が一事故が起こった場合の責任問題も微妙でしょうか。
Instacartの「買い物代理人」は、自分の車を使って配達業をこなしているようですが、営業中に事故を起こした場合、個人で加入している自動車保険は剥奪されることでしょう(求人欄には「自動車保険加入は必須」とありますが、個人で加入する保険には「営業行為は禁止」との条項があり、違反すると保険停止)。
実際、乗車シェアサービスのUberでもクローズアップされていますが、個人が「営業行為」を行ったときに誰が責任を取るのか? という問題は決して軽視できません。
ですから、どんなビジネスも保険に入るわけですが、Instacartががっちりと配達業の保険に入ろうとすると、それだけコストがかかるでしょう・・・。
べつに意地悪を言おうと思って、これを書いているわけではありません。「何かがちょっと違う」気がするから、考える材料にさせていただいているんです。
CEOメータ氏は、「我々は食品小売業でビジネスをやっているように見えるけれど、実はソフトウェアを構築しているだけなんだ」とおっしゃいます。が、ソフトウェアを実社会に適用しようとすると、予期せぬ人間社会の問題にぶつかることもあるでしょう。
とくに、「日々の食材を買う」という最も人間らしい行為をソフトウェアで解決しようとすると、システムづくりは一番たやすいことであって、その先は容易には進まないようにも感じられるのです。
現在、オンラインスーパー第2世代としては、アマゾン(Amazon.com)、グーグル、小売チェーン最大手のウォールマートといった巨人たちも挑戦しています。
それぞれ、アマゾンフレッシュ(AmazonFresh)、グーグル・ショッピングエクスプレス(Google Shopping Express)、ウォールマート・トゥゴー(Walmart To Go)という名称で、少しずつサービスを拡大しています。
たとえばアマゾンフレッシュは、自社で食材を仕入れ、配送センターからトラックで配達するWebvan型のシステムを採用していますが、地元のワシントン州シアトルで7年間かけて試験運用した結果、昨年6月にロスアンジェルス、年末にサンフランシスコと、ようやく他地域にも進出しています。
上記InstacartのCEOメータ氏は、もともとアマゾンで物流担当のエンジニアだった方ですが、彼は「アマゾンのやり方は間違っている」と反論を唱えます。
配送センターのシステムを採ることで、配達は注文の数時間後になるし、扱う商品が限られる。それじゃあ、消費者の希望はかなえてあげられないよと。
そして、Webvanと同期の数少ないオリジナルメンバーとしては、2001年8月号でご紹介したPeapod(ピーポッド)があります。
今は、本拠地シカゴ近郊で地道に営業を続けていますが、業績はあまりパッとしないとも言われています。
<オンラインスーパーの未来>
そんなわけで、「ネットショッピングのプロ」アマゾンが、それだけ神経を遣ってオンラインスーパーに乗り出しているのを見ると、よっぽど一筋縄では行かない業界なのか? と痛感するのですが、アマゾンのような「ネットの巨人」が他社よりも優位な点はあると思われます。
ひとつに、ネットの巨人は利用者の好みを知り尽くしているはずですので、「ご用聞き」のように、「そろそろいかがですか?」と提案できる点。そう、需要を創造するとでも言いましょうか。
たとえば、利用者がパンや牛乳を定期的に購入しているパターンを分析すれば、「そろそろ次のモノを送ってあげましょうか?」という提案は喜ばれるはずです。
だって、プライバシーにうるさいわたしだって、愛用のビタミンCに関しては「何回か購入した履歴があるんだから、適当に見つくろって送って来てよ」と思っているくらいですから(頃合いを見計らった「定期購入」ボタンをつくって欲しいくらいです)。
それから、利用者がまだ知らないモノをお勧めできるという、「ネットならでは」の強みもあるでしょう。過去にAとBを購入しているから、類似品Cだって、利用者が知らないだけで、買ってみると好まれるかもしれないでしょう。
昨年の夏、楽天の創設者/会長兼社長・三木谷浩史氏のお宅で開かれたバーベキューパーティーで紹介された研究題材の中に、「手持ちの本2冊の写真を撮ったら、間にお勧めの本の写真が出てくる」という発想がありましたが、こういうのは、店先では実現しにくいネットサービスの魅力的な機能だと思うのです。
アマゾンだって、昨年末に取得した特許の中に「先行発送(anticipatory shipping)」という新しい概念がありました。ユーザの過去の購買履歴やウィッシュリスト、それから「どれくらいコンピュータのカーサが商品写真の上で停滞していたか」といった情報から、ユーザが欲しいものを注文前に(!)配達してあげるという発想です。
本だって、音楽だって、服だって、食べ物だって、新しいモノを知ることで、自分の世界が広がる喜びがありますから、「箱を開けてみて、びっくり」というのは、結構楽しめるかもしれません。
「この怪獣みたいな野菜は、こうやって食べたらおいしいですよ」と追加情報を提供してもらえれば、さらに嬉しいことでしょう。
そんなわけで、日々必要とする食材をネットで注文/配達する行為が、どうしてここまで複雑なミッションになるのか? と、狐につままれた気分にもなるのですが、もしかすると我が家は、最後の最後までオンラインスーパーは利用しないクチかもしれません。
だって、野菜や果物の新鮮度・成熟度は自分の目で確認したいし、第一、お店に足を運んで旬の食材に出会うのは、とっても楽しいことですから(そして、一部の人にとっては、大事な「井戸端会議の場」にもなっていますからね)。
夏来 潤(なつき じゅん)