次はアメリカ!: ソフトバンクの孫さん

2014年3月31日

Vol. 176

次は、アメリカ!: ソフトバンクの孫さん

 

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 カリフォルニアは雨期のはずなのですが、今シーズンは、お湿り程度しか雨が降りません。中庭の八重桜も、例年よりも早く開花しました。

 夏の干ばつが心配される今日この頃ですが、今月は、著名人のインタビューのお話をいたしましょう。


<I’m looking at the future(僕は将来を見据えている)>
 今、日本から乗り込み、アメリカのビジネスを変えてやろう! と尽力する中に、孫正義氏がいらっしゃいます。ご説明するまでもなく、ソフトバンクグループの創業者でいらっしゃいますが、先日、この方のインタビューを観て「おもしろい!」と感服したのでした。

 インタビューは、アメリカの公共放送(PBS)で毎日(月〜金)放映中の『チャーリー・ローズ(Charlie Rose)』で行われたもの。3月10日に放映された30分のインタビューですが、孫氏のビジネスに臨む素顔が、存分に引き出されていたと思うのです。
 

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 本題に入る前に、この『チャーリー・ローズ』という番組ですが、こちらはアメリカで最も信頼のおけるインタビュー番組と言えるもので、政財界の著名人に限らず、科学者/教育者、ジャーナリスト、芸術家、文人、映画人、軍人と、ありとあらゆる分野の第一線で活躍される方々を招待し、聞き手のローズ氏が忌憚の無い質問を浴びせかけ、ホンネの部分を聞き出す、という番組構成になっています。
 こちらの『シリコンバレーナウ』シリーズでも、オンラインショップ・アマゾン(Amazon.com)の創設者ジェフ・ベィゾズ氏や、ツイッター(Twitter)の共同設立者エヴァン・ウィリアムズ氏など、過去何回も参照させていただいています。

 そんな有名な番組ですので、これに登場するのは「誉れ」とも言えることで、わたしは常日頃、「どうして日本人が出ないのかなぁ?」と不満を抱いていたのでした。もちろん、英語でやり取りするわけですから、ある程度の英語力は必要ですが、それにしたって、アジア系の出演者は極端に少ないのが実情でした。
 孫氏の2週間後、建築界のノーベル賞と呼ばれる『プリツカー賞』を受賞された板茂(ばん・しげる)氏が番組に登場されたところを見ると、今後は、アジアにも重点を置く方針かもしれません。

 というわけで、孫さん。彼のすぐ間近で働いてこられた方を存じ上げているので、この方が親しみを込めて呼ばれる「孫さん」を使わせていただきましょう。
 

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 それで、孫さんは、開口一番「アメリカのインフラは世界で15位だ」「しかも、16カ国中の15位だよ」と、アメリカ人にとってはショッキングな事実を提示します。
 何かというと、21世紀で一番大切なインフラとなる「モバイルインターネット」が遅過ぎるのだと。

 どうしてこうなるのかって、携帯キャリアのデュオポリー(duopoly、二社独占)とも言えるAT&TモビリティとVerizon(ヴェライゾン)ワイヤレスが、現状に満足しきっているから。市場の8割近くを独占しているし、業界の利益のほぼ全額が懐に入ってきて、株主への還元も大きい。みんなが自分の立場にただただハッピーなんだよ。

 だから、昨年(2013年)モバイルキャリア三番手のSprint(スプリント)を買収した。そして今、四番手のT-Mobile US(ドイツT-Mobileの米子会社)を傘下に置こうとしている。
 だって、アメリカで戦おうとすると、ある程度の規模が必要だろう。やせ衰えた蚊では戦えない。だから、SprintとT-Mobileという二つの小物をたばねて力を付け、AT&TとVerizonを相手に三者間のヘビーウェイトの戦いを繰り広げようと思っている。

「僕は、ニセモノの戦いじゃなくって、ホンモノの戦いをやりたい(I’d like to have a real fight, not a pseudo-fight)。激しい価格競争と技術競争をもって、業界ナンバーワンになりたいんだ(With massive price competition and technology competition, I want to be number one)」

 何もここで、アメリカのモバイルインフラが日本や韓国、そして世界に劣っていることを強調したいわけじゃない。僕だって今は、(Sprint会長として)その責任の一端を担っていることをここに宣言したいんだと。

 このインタビュー放映の翌日、孫さんは首都ワシントンD.C.の米商工会議所で、SprintとT-Mobileの合併の意義を訴えましたが、やはりここでも、AT&TとVerizonの事実上のデュオポリーによって、アメリカの消費者は値段の高い、スピードの遅い、信頼性の低い携帯ネットワークに甘んじているという主張をなさったそうです。
 

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 ここまでインタビューを聞いていると、わたし自身も含めて、孫さんが何者であるかを知らない人だって、彼とローズ氏の会話にグイッと引き込まれているのでした。
 そうなんです。前述の親しみを込めて「孫さん」と呼ばれる方も、わたしが孫さんについて何も読んだことがないと白状すると、えっ? と絶句されていましたが、アメリカの一般人は、ほとんど同罪だと思うんです。

 ですから、ローズ氏が「あなたは、(本田技研工業の創業者)本田宗一郎氏や(ソニー創業者のひとり)盛田昭夫氏、そして(マイクロソフトの共同設立者)ビル・ゲイツ氏や(アップルの共同設立者)スティーヴ・ジョブス氏を尊敬していらっしゃる」と水を向けると、孫さんの応答に、皆が熱心に耳を傾けるのです。

 なるほど、本田宗一郎や盛田昭夫なら知っているし、スティーヴ・ジョブスとの絆も深いのか!

 なんでも、新しい商売の武器(携帯電話)をつくるのはジョブス氏のアップルしかないと信じていた孫さんは、スマートフォンiPhone(アイフォーン)が世に現れる2年前に、「僕が日本で出してやるよ」と約束されていたとか。

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 ある日、クーパティーノにいるジョブス氏を訪ね、自分で描いた電話機能付きiPod(アイポッド)の絵を見せたら、「マサ、うちでちゃんとやってるから、きみの絵なんか見せてくれなくていいよ」と絵をつっ返されたそうです。
 そこで、日本で任せる旨の契約書をつくってくれと頼んだら、「まだ誰にも(iPhoneを)発表していないのに、マサ、きみはクレージーだね。でも、そこまで言うんだったら、契約書は書かないけど、日本での展開はきみに任せるよ」と口約束していただいたそうです。

 けれども、このときはまだソフトバンクがボーダフォン(Vodafone Japan)を買収する前で、孫さんは携帯ネットワークを持っていない時期だったとか!
「あなたが僕に新しい電話をくれるんだったら、僕が日本でネットワークを提供してあげますよ」という意気込みでした。

 ジョブス氏のことを『現代のレオナルド・ダヴィンチ』と称する孫さんは、「彼はまさにダヴィンチのように、アートとテクノロジー両方に秀でた人だった」とおっしゃいます。
 ジョブス氏がアートとテクノロジーだったら、あなたはいったい何なのだろう? というローズ氏の問いには「僕は、ファイナンス(財務)とテクノロジー」と答えます。
 早くから日本のヤフー(Yahoo! Japan)、中国のアリババ(Alibaba)と投資も重要な柱とし、それが大きく成長した先見の明をお持ちですから、的確な自己分析と言えるでしょう。

 けれども、自分にとっては、お金よりも大切なことがあるとおっしゃいます。それは、情報革命(information revolution)。世界の人々のために、新しいライフスタイルをつくること。
 情報革命で世界の人々が瞬時につながり、コミュニケートできれば、世界はもっと幸せな場所になれる。

 自分の使命は、美しい車(新しいデバイス)をつくることじゃなくて、車が走るハイウェイ(デバイスがつながるインフラ)をつくること。今は、このハイウェイが多くの国で問題になっている。だから、日本でもNTTにチャレンジして、情報ハイウェイをつくった。
 デバイスにとっては、光ファイバーにつながっていようが、ワイヤレスだろうが、そんなことは関係ない。だから、自分が世界中に優れたワイヤレス情報ハイウェイをつくりあげようと思っている。

 ずばり、「あなたの投資に対するモットーは何ですか?」という質問には、孫さんのビジョンが如実に表れているように感じました。
 それは、この技術は行ける! と思ったら、迷わずに資金を投入すること。

「僕は、いつも将来を見据えている(I’m looking at the future)。現状にとらわれることなく、10年、20年、30年先のことを考えている」と。

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 僕にとって唯一の関心事は、デジタル情報革命。人類は農業革命、工業革命と歩んできて、今は情報革命のさなかにいる。これは、300年先まで続く大きな課題だ。
 だから、僕は300年先のビジョンを持っているんだが、誰がどのテクノロジーをつくるかなんて、そんなことは関係ない。なぜなら、革命はみんなで起こしていくものだから。僕は、ひとつのビジネスモデル、ひとつのブランドに賭けるなんて信じない。ひとつが世界を駆逐してしまうなんてことはないから。

 革命を起こすには、みんなの発明や新発想が欲しい。みんなが協力してパートナーとなり、一緒に何かをつくりあげるシリコンバレーみたいなところがいいと思っている。だから、ソフトバンクグループも仮想シリコンバレー(virtual Silicon Valley)にしたいと考えている。

 と、熱く夢を語っていらっしゃいました。

 テクノロジー業界を超え、原子力に代わる太陽光/風力発電を推進するのも、それが日本の人々のため、ひいては世界の人々のためになると信じていらっしゃるからだそうですが、この「孫さん」というご仁は、スゴいパワーをお持ちだとお見受けいたします。
 だって、いつもは茶々を入れたがるローズ氏も、お行儀よく聞いていたではありませんか。

 いえ、正直に申しあげて、アメリカのテレコム業界は、決して一筋縄では行かないと思います。

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 たとえば Sprintひとつ取っても、彼らは内陸のカンザス州で商売を展開してきた人たちでしょう。
 1899年の創業以来、Sprintは、アメリカで最初に光ファイバーを敷設した「Pin drop(ピン・ドロップ)」を誇る電話屋さん。「ピン(針)を落とした音が聞こえるくらい鮮明な音質」をキャッチフーレズとしてきた、大陸横断の長距離電話会社です。

 要するに、西海岸のカリフォルニアとは文化が違いますし、シリコンバレーのスタートアップの心意気は通じない部分もあるでしょう。

 シリコンバレーとサンフランシスコの間にあるサンカルロスという街に、ソフトバンクのオフィスがあって、そこがSprintのグループ吸収に尽力なさっているそうです。が、なんとなく、前途多難の気配が・・・

 でも、そんなハードルは乗り越えて、孫さん、ドカーンと一発、アメリカで大きな花火を打ち上げてください!



電話業界のお話:
蛇足ではありますが、興味のある方のために、アメリカの携帯キャリアの変遷を簡単に整理しておきましょう。
 

AT&T logo.png

 まずは、孫さんがデュオポリーの一社とされるAT&Tモビリティは、1984年の規制緩和で誕生した「地域ベル電話会社」SBC(サウスウェスタン・ベル)と後にSBCに買収されるベルサウスの携帯部門を合併した、Cingular(シンギュラー)ワイヤレスがベースとなっています。
 2004年、CingularがAT&Tワイヤレスを買収し、全米トップクラスのキャリアに成長したもので、翌年、地域電話会社SBCが親会社AT&Tを吸収したときに、CingularワイヤレスもAT&Tモビリティと名称変更しています。
 

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 デュオポリーのもう一社、業界最大手のVerizonワイヤレスは、東海岸の地域ベル電話会社ベルアトランティックが母体となっています。2000年、独立系の電話会社GTEとベルアトランティックが合併してVerizonコミュニケーションズとなりましたが、Verizonと英ボーダフォンが共同出資したのがVerizonワイヤレス。
 今年2月、Verizonがボーダフォンの持ち株を買い取り、Verizonの100パーセント子会社となっています。
 

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 そして、孫さんが買収したSprintは、上記のように長距離電話会社が母体ですが、Sprintの携帯部門は、2005年、独自路線のiDENテクノロジーを採用するネクステルと合併しています。
 ネクステルは、ウォーキートーキーみたいな「プッシュ・トゥー・トーク」などユニークな機能を売りにしていましたが、ユーザ獲得では「主流」にはなれず、Sprintに吸収されました(合併に際し、Sprintが誇る「ピン・ドロップ」をロゴとしましたが、黄色はネクステルのコーポレートカラーを踏襲しています)。

 2004年AT&TワイヤレスがCingularに買収され、翌年ネクステルがSprintに買収されたことで、現在アメリカの携帯キャリアは、Verizonワイヤレス、AT&Tモビリティ、Sprint、T-Mobileと、それまでの6社から4社に集約されています。


夏来 潤(なつき じゅん)


 

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