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アメリカ社会: そろそろ女性でもいいんじゃない?
Vol. 194
アメリカ社会: そろそろ女性でもいいんじゃない?
今月は、女性に関するお話をいたしましょう。軍隊、スポーツ、政治と各方面で活躍する女性のお話です。
<男の涙、女の涙>
「今月は女性のお話」と言いながら、いきなり話はそれるのですが、9月22日、ローマ教皇フランシスコが訪米され、アメリカじゅうが大騒ぎとなりました。
「アメリカ大陸初」「イエズス会初」「初のフランシスコ襲名」と初めてづくしの教皇ですが、アメリカに来られるのも、生まれて初めて。
資本主義の申し子のようなアメリカは、今まで敬遠されていたようですが、ひとたびアメリカの土を踏まれると、やさしい笑顔で人々と接され、信者も信者でない人も「願わくば、お召し物に触れん!」と、沿道から懸命に手を伸ばします。
「初めてづくし」の教皇フランシスコは、連邦議会も訪れ、教皇としては初めて上下両院合同会議で(苦手な)英語で演説をなさったのですが、この議会演説の実現に尽力したのが、下院議長のジョン・ベイナー氏。
副大統領のジョー・バイドゥン氏(下の写真、左奥)、女性初の前下院議長ナンシー・ペローシ下院少数党代表とともに、敬虔なカトリック信者として知られる方です。が、ベイナー氏は、同時に「泣き虫」でも知られる方。
演説の直前、下院議長として「Pope Francis of the Holy See(ヴァチカン市国の教皇フランシスコ)」と紹介なさると、じきに感極まって、内ポケットから白いハンカチを取り出し、涙をぬぐうシーンもありました。
いえ、近年アメリカでは、「男性に涙は禁物」という信仰は薄まってきて、とくにリアリティー番組の影響なのか、男性が涙を流すことに寛容な風潮にあるのです。
女性の方も、「まあ、感激家なのねぇ、ステキ〜」と一緒に涙を流すものだから、「涙は女々しいことはない!」と、男性も心強く感じているのでしょう。
<女性はダメなの?:軍隊編>
というわけで、本題ですが、夏の間、こんなことが話題となりました。
米陸軍の精鋭部隊にアーミー・レンジャー(U.S. Army Ranger)というのがありますが、史上初めて、女性のレンジャー学校卒業生が誕生したのです。
レンジャー学校(Ranger School)といえば、その9週間にわたるコースは、体力・スタミナ・気力勝負の第一関門に加え、ジョージアの山奥での生存訓練とフロリダの湿地帯での水陸両用サバイバルと、「世界で最も厳しい軍事訓練」と呼ばれる過酷な選別プロセス。(写真は、フロリダ州の空軍基地でロープを伝って川を渡る女性訓練生:Photo by Nick Tomecek /Associated Press)
今年8月下旬、めでたくレンジャーコースを完了したのは、男性志願者380名中94名、女性志願者19名中、2名でした。
テキサス州出身のシェイ・ヘイヴァーさんは、現在アパッチヘリコプターの操縦士、コネチカット州出身のクリスティン・グリーストさんは軍警察官で、アフガニスタンにも派兵された経験があるとか。
ふたりとも陸軍士官学校ウェストポイントの卒業生なので、もともと軍隊の中でも「逸材」だったのでしょう。(Photo by John Bazemore/Associated Press)
もちろん、今のところ、女性はレンジャー部隊として戦闘任務(combat roles)を負うことはできません。
2013年、当時のパネッタ防衛省長官が「軍隊の戦闘任務を女性にも開放する」と発表したものの、現在、陸・海・空軍と(海軍省下の)海兵隊から意見を求めていて、来年1月に防衛省が最終判断を下す予定です。
その一環として、今夏初めて、女性のレンジャーコース参加が認められていて、来年初頭には、海軍特殊部隊ネイヴィー・シールズ(U.S. Navy SEALs)の訓練参加も始まる計画です。
先日、「いくつかの戦闘任務は女性には向かない」と首脳陣が暫定発表した海兵隊は例外として、だんだんと男女の区別なく、戦闘、非戦闘任務に従事できる傾向にはあるようです。
すでに、同性愛の兵士もオープンに兵役に従事できる規律になっていますし、トランスジェンダー(性転換した)兵士についても、現在、6カ月の実態調査が行われています。アメリカの軍隊も、「排除」から「包括」へと変身を遂げつつあるのかもしれません。
軍事費削減計画にともない、徐々に兵士の数を減らしたい米国政府ではありますが、「ストレートの(同性愛者でない)男性のみ」なんて制限を設けていたら、「定員割れ」する恐れもあって、それで女性にも声がかかっているのかなぁ? と、いぶかしくも感じるのです。
<女性はダメなの?:アメフト編>
社会の変化といえば、国民的スポーツのアメリカンフットボールだって、「男性のスポーツ」とは断言できなくなっているようです。
まあ、アメフトというスポーツは、学校の間は女のコも男のコに混じって活躍していて、高校チームのラインバッカーとか、大学チームのキッカーとか、有名な選手も多数輩出しています。
が、プロともなると、男性でも大学とは歴然な差があって、女性には近寄りがたい。
けれども、女性だってアメフトを続けたい人はたくさんいますので、セミプロの女性フットボールリーグは3つあって、女性チーム同士が闘う形式となっています。が、いかんせん知名度が低く、ホームフィールドも各地の高校に間借りしている状態ではあります。
そんな中、今年は、男性のプロリーグNFL(ナショナルフットボールリーグ)で話題になったことがありました。史上初の女性の「審判」と「コーチ」が誕生したのです。
と言いましても、キャサリン・コンティさんが務めたのは、「開幕前プレシーズン」のサンフランシスコ49ers(フォーティーナイナーズ)対ダラス・カウボーイズの線審(Line Judge)。
まあ、「お試し期間中」みたいな感じで、一試合だけNFLで審判を務めたようですが、この方は、昨シーズンは、大学フットボール(PAC-12:西部12校)で「女性初の審判」として線審を務めた方。
49ersのリーヴァイス・スタジアムでの審判ぶりも、なかなか評判が良かったようですし、「お試し期間」がはずれて、NFLのレギュラー審判となる日も近いのでしょう。
一方、ジェン・ウェルターさんは、NFLのコーチとして注目を浴びました。
まあ、キャサリンさんと同じく、プレシーズン中にインサイド・ラインバッカーコーチの「インターン」としてアリゾナ・カーディナルズが採用。シーズンが開幕すると、地元のテレビ局に「NFLアナリスト」として雇われています。
けれども、インターンであろうと、NFLコーチとして女性が雇われたのは初めてですし、博士号を持つコーチも珍しいことですし、周囲から熱い眼差しを注がれたのでした。
なんでも、彼女自身、女性リーグでプレーしていたし、男性に混じってアリーナフットボール(屋内のプロリーグ、写真)の経験もあるので、タフな方ではあるようです。その後、オンライン大学コースでスポーツ心理学の博士号も取得して、文武両道の方。
カーディナルズの選手や奥さんからも、「コーチ」「ドクターJ(ジェイ)」と親しまれていらっしゃったとか。
女性初の審判とコーチの誕生に、「これからはNFLも変わりそうかな?」と、新たな兆しを感じた出来事ではありました。
ちなみに、女性として初めてNFLのサイドラインに立たれた方は、わたしの記憶する限り、日本人女性です。
ピッツバーグ・スティーラーズのトレーナーを務めていた方で、「アキコさん」とおっしゃる方です。サンノゼ州立大学で運動学(kinesiology)を専攻され、ビル・キャワー監督下(1992~2006)のスティーラーズに採用された時には、シリコンバレーでも、ちょっとした話題になりました。
ごく近年までスティーラーズのサイドラインでお見かけしていましたが、小さな体躯のわりには、でっかい選手たちを気持ちで包み込んでいらっしゃいました。
<女性はダメなの?:大統領編>
最後に、政界のお話です。
7月号でもご紹介しましたが、現在、アメリカでは、大統領候補を選ぶプロセスが始まっていて、競馬予想よろしく、巷(ちまた)は大いに盛り上がっています。
7月号では、不動産王でリアリティー番組のスター、ドナルド・トランプ氏が共和党レースのトップを走っていることをお伝えしましたが、8月6日、9月16日と2回の共和党候補者討論会を経て、いまだトップを死守しています。
が、現在、ジリジリと人気を上げているのが、元HP(ヒューレット・パッカード)CEOのカーリー・フィオリナ氏。(Photo by John Minchillo/Associated Press)
彼女については、CEO在任中(1999~2005)も退任後も何度か書いたことがありますが、まあ、シリコンバレーでは、あんまり評判の芳しい方ではありません。
ひとつに、在任中多くの従業員を解雇して、シリコンバレーの象徴ともいえるHPの文化を壊してしまった張本人と目されるから。さらには、HPを業績不振に導いたと非難されるわりには、何十億円という「さよならボーナス」をもらって、自分だけいい思いをしている、と冷たい目で見られているから。
そんな彼女が、政界に目をつけたのは、2010年。カリフォルニア選出のベテラン連邦上院議員バーバラ・ボクサー氏(民主党)の議席を狙って共和党から出馬しましたが、CEO時代の悪評と「過去30年、一度も投票したことがない」事実からは逃れられず、あえなく落選。
ところが、そんな経歴があっても、シリコンバレーやカリフォルニア圏外では無名に近いので、他州の人にとっては「フレッシュな新人」。「大統領には、政治家ではなく新しい息吹を!」と熱望する共和党支持者の間で、グングン名声を高めています。
8月6日の討論会では、「トップ10」を逃し「ジュニア討論会」に出たフィオリナ氏でしたが、そこで人々の関心を集め、ゴリ押しで入った次の「トップ11討論会」では「彼女が一番素晴らしかった!」と評されています。
対する民主党といえば、ヒラリーさん(クリントン前国務長官)が長官時代に自宅にメールサーバを立てて、極秘文書のセキュリティがずさんだったと非難されています。
が、民主党支持者は「政治のベテラン」を欲していますので、いろいろと雑音はある中、十中八九、彼女が民主党候補に指名されることでしょう。(Photo by Charlie Neibergall /Associated Press)
となると、ヒラリーさんとフィオリナ氏の女性候補同士の一騎討ち(!)も夢ではないかも?!
ま、個人的には、大統領選というものは、とくに今回のように共和党候補者が乱立する場合、「自転車レース」に似ていると思っているのです。
そう、レースの早いうちは、風を避けるために人の後ろに付き、ゴール近くになって、グイッと抜き去る。それが秘訣かもしれないな、と思っているのです。
ですから、「女性同士の一騎討ち」は難しいとは思いますが、可能性が生まれただけでもスゴいことではないか、と感心しているのです。
アメリカという国は、労働人口の約半分が女性で、子供のいる家庭の4割は女性が世帯主です。
ところが、男性と女性の賃金格差は大きく、男性が1ドル稼ぐところ、女性は78セントしか稼げません。これが、黒人女性となると64セントで、ヒスパニック系の女性になると、44セントだとか!
そして、先進国で唯一「有給の産休(maternity leave with pay)」が法制化されていないので、「無給」でも産休を認めている企業は、全体の3分の1だとか。産休がなければ、子供を産んだら、どうにか自分でやりくりするか、仕事を辞めなければなりません。
これが、女性が社会進出する上で大きな妨げともなっていて、そういった事情を真にわかってくれるのは、女性政治家だろう、と多くの方々が期待しているようです。
ところで、冒頭に出てきた「泣き虫」のベイナー氏ですが、教皇演説の翌日、「僕は下院議長を辞める!」と突如辞任を表明しました。来月末には、議員も辞職されるそうです。
もしかすると、教皇にも親しくお会いできたし、「もう揉め事の多い共和党をまとめるのは疲れた」と、吹っ切れたのかもしれません。
いつも「わたしはオハイオ州の貧しい家庭の出だ」とおっしゃるベイナー氏。
「このわたしに、Pray for me(わたしのために祈ってください)と教皇がおっしゃったんだよ」と記者に答えながらも、感極まって涙を浮かべていらっしゃいました。
夏来 潤(なつき じゅん)