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意外な視点: 外交とビジネス、人の気質
Vol. 205
意外な視点: 外交とビジネス、人の気質
夏のオリンピックも高校野球も幕を閉じ、静かな日々となりました。
オリンピックの閉会式では、着物姿の新東京都知事が旗を受け取り、それが、ひどく新鮮に映りました。世界じゅうの方々も、「へぇ、東京都知事って女性なんだ〜」と感心されたことでしょう。
そんな今月は、近ごろ意外に感じたことを、いくつかご紹介いたしましょう。
<意外な視点:外交編>
世の中には、ときに意外な指摘をなさる方がいらっしゃって、「えっ?」と耳を疑うことがあるのです。
先月末、アメリカの民主党全国大会が開かれる直前、CBSが元防衛長官のロバート・ゲイツ氏にインタビューをしました。
この全国大会で大統領候補に指名されるヒラリー・クリントン前国務長官と、前の週、共和党候補に指名されたドナルド・トランプ氏のどちらかが大統領になるわけだが、新しい大統領が「第一日目」に考慮すべきことは何だろう? と。
すると、ゲイツ氏は間髪入れず、「ロシアのプーチン氏が何をしようとしているかを考えるべきだ」と答えたのです。
常識的に考えると、イスラム圏に広がる「テロの脅威」と答えると思うのですが、ゲイツ氏は、プーチン氏の狡猾(こうかつ)さを挙げ、ロシアが(内戦で揺れる)シリアを土台として中東で力を付け、そこから世界を手中に収めようと計画する、と主張します。
だから、新しい大統領はプーチンが「一目置く」人物でなければならないし、彼から好きなように操られてはならない(new president can’t be pushed around)、と。
このゲイツ氏、もとはロシアの歴史研究で博士号を取得した「ロシア通」で、CIA長官の時代から、ロシア(当時はソヴィエト連邦)の脅威を強調されてきた方だそうですが、そういった思想的な背景を鑑みても、今の時代に「ロシアの脅威を考慮すべき」との指摘は、意外に思えたのでした。
だって、1991年のソヴィエト連邦の崩壊で、西側諸国とソヴィエトの「冷戦(Cold War)」は終焉を迎えたよと、人々の関心はとっくに他に移っているでしょう。
現に、シリコンバレーでは、冷戦時代の建物を「遺構」として保存するかで、議論を戦わすことがありました。
サンノゼ市の南のアマンハム山(Mount Umunhum)頂上には、冷戦時代に空軍の駐屯地がつくられ、でっかいレーダーで四六時中「敵国」の侵入を監視していました。
そのレーダーの土台となったのが、写真のコンクリートの箱みたいな5階建ての建物。
「箱」は、シリコンバレーのどこからでも見えて存在感があるが、なんとも醜いから、どうしよう?
「冷戦は、遠い過去のお話」「先住民がつけてくれた『ハミングバードの住処』の名に恥じないように、自然に戻すべき」と主張する撤去派。一方、「冷戦だって、大事な現代史の一ページ」と主張する保存派。
両サイドが激突したのですが、結局は、建物を保全して、旧駐屯地へのハイキング道を整備することになったのでした。
その昔、ここには兵士の家族も住み、学校やプールでは子供たちの歓声が上がっていた。これが、語り継ぐべき地元の歴史でなくて、なんだろう? と。
けれども、もしかすると、冷戦を「歴史」と呼ぶには、あまりにも現実味を帯びているのかもしれませんね。
まあ、今となっては、「山頂」ではなく、「宇宙」から監視する時代ではありますが、そんな人工衛星に頼るアメリカの軍事戦略には問題あり、とも指摘されているではありませんか。
だって、衛星攻撃ミサイルで打ち落とされたり、サイバー攻撃で機能を失ったりしたら、どうするの? 「敵」の行動だってわからなくなるし、海の真ん中の戦艦に指令が届かず、迷子になるでしょ?
(写真は、米空軍の気象衛星。人工衛星は、諜報・偵察、早期警戒、位置確認・ナビゲーション、通信、指令・制御と、戦略の要でもあり、ゆえに弱点ともなり得るのです。Air Force photo of meteorological satellite from The Washington Post, January 27, 2016;Reference cited: “From Sanctuary to Battlefield: A Framework for a U. S. Defense and Deterrence Strategy for Space”, by Elbridge Colby, Center for a New American Security (CNAS), January 2016)
そして、ゲイツ元防衛長官が危惧していたように、ロシアは不気味な行動に出たのでした。
8月16日、ロシアの空軍爆撃機が、イランの空軍基地から飛び立ち、シリアの反政府勢力に空爆をしかけたのです。イランに近づき、シリアの現政権も味方につけておいて、中東での影響力を拡大しようじゃないか、と。
(写真は、シリアを空爆したと伝えられるロシアの爆撃機ツポレフTu-22M3:Photo by AFP / Getty, from The Washington Post, August 17, 2016;イランもシリア政権に味方していて、そういった意味ではロシアと「仲間」なので、空軍基地を使わせたとか。シリアが反政府勢力の手中に落ちて、サウジアラビアやカタール、アラブ首長国連合、トルコなどと仲良くなるのを、イランは嫌っている)
う〜ん、そうやって考えれば、ロシアに加えて、南シナ海で軍事的プレゼンスを強める中国もいるし・・・。
そんなロシアや中国の動きを牽制しようと、今は夏休み中の米連邦議会も、水面下では、来年の防衛法案の言い回しを変更して、防衛システムの強化を図ろう! と画策しているそうです。
アメリカで「冷戦は終わった」というロマンティシズムが広まり始めたのは、1960年代初頭のジョンFケネディ政権の頃のようですが、ロマンはたった半世紀しか続かない、ということでしょうか?
<意外な視点:ビジネス編>
なにやら、冒頭から「キナ臭い」お話になってしまいましたが、お次は、ビジネスの話題にいたしましょう。
先月号の第一話では、「ベンチャーキャピタルの父」とも称されるピッチ・ジョンソン氏をご紹介しておりました。
1960年代からベンチャーキャピタルを運営されていて、まさに「シリコンバレーの祖」ともいえる、起業の達人です。
それで、この方のインタビュー記事を読んでいて、意外に思ったことがありました。それは、「起業家(entrepreneur)」に関する指摘。
起業家が成功する上で、どんな資質が必要か? という質問に対して、「品行方正であること(high integrity and decent behavior)」を挙げられたのでした。
意識が高く、やることに品性がなければ、たとえ成功したとしても、その成功は長くは続かないだろう、と。
もちろん、それとともに「勝ちたいと願う熱意」「市場を分析する直感的な判断力」「テクノロジーに関する深い理解」と、どなたでも指摘されるようなことを挙げられていたのですが、「品性」とは、ちょっと異質な答えに感じたのでした。
さらに、ベンチャーキャピタルが新しい企業に投資する上では、アイディアやビジネスプランとともに「人」を見極めなければならないが、同じように、起業家がベンチャーキャピタルを選ぶ上では、「親身であるか?」を念頭に品定めしなさい、ともおっしゃいます。
起業家と同じくらい熱心で、いつでも助けてくれそうな人。困ったときにはアドバイスをしてくれて、展示会で人手が足りなかったらブースにも立ってくれそうな人。気分がいいときにも落ち込んでいるときにも話をしたいと思える人、そんな投資家を選びなさい、と。
つまるところ、ビジネスは、人と人のつながり。一緒に仕事をやりたいと思える相手でなければ盛り上がらないだろうし、自分が「イヤなヤツ」だったら、人は去ってしまって、成功も長くは続かないだろう、ということなのでしょう。
先日も、注目のスタートアップ会社が、突然に活動を停止して話題となりましたが、ここで指摘されたのが、「創設者シンドローム(founder syndrome)」。
自分のアイディアや製品にあまりにも自信があるために、ビジネスの論理やまわりのアドバイスを無視して、突っ走ろうとする。
「僕は、誰にも理解できない、まったく新しいパラダイムで動いているんだ」と、投資家や取締役会の勧めにも耳を貸さない。
その結果、会社が危なくなっても「買収案」はまとまらないし、あせって投資を募ろうとしても、誰も協力してくれない・・・。なぜなら、間違ったプライドを最後まで捨てようとせず、苦言にも耳を傾けようとしないから。
シリコンバレーと聞くと、気候と同じように「ドライ」なイメージがありますが、実は、人と人とのつながりを大事にする「ウェット」なところなんでしょう。
そして、「信用」で成り立つ商売の原則は、太古の昔から変わりはないのではないでしょうか。
インタビュー記事: Venture Capital Pioneer Illuminates the Silicon Valley Ecosystem, by Erika Brown Ekiel, Stanford Graduate School of Business, January 16, 2013
<CreepyとTemperament>
最後に、ちょっとした英語のレッスンをどうぞ。
英語で creepy というと、「気持ちが悪い」とか「ちょっと不気味」という意味。そう、「キモい」といった感じでしょうか。
それで、なにが creepy なのかというと、11月8日の米大統領選挙に向けて共和党候補となった、ビジネスマンのドナルド・トランプ氏。(Cartoon by Tom Toles, The Washington Post, August 2, 2016)
まあ、この方は、ビジネスマンの「品格」に欠ける面があり、「言われたら、とことん言い返す」性格がアダとなって、自ら墓穴を掘っている感もあります。
そのトランプ氏、あるインタビュー番組でこんな発言をしたんだとか。
「もしもイヴァンカが僕の娘でなかったら、僕は絶対に彼女とデートしていたね」と。
いえ、このインタビュー番組の詳細は存じませんが、先日、CBSの深夜コメディー番組で、ホスト役のスティーヴン・コベア氏が証拠ビデオを紹介していました(8月2日放映の『The Late Show with Stephen Colbert』)。
まあ、インタビューでは隣にイヴァンカさんがいらっしゃったので、「彼女は、僕がデートしたいと思うほど素敵な女性だよ」と褒めたかったのかもしれませんが、それにしても「たとえ」が不気味ですよね!
もうひとつ、temperament という言葉をご紹介しましょう。
一般的に「気質」と訳される言葉ですが、近ごろアメリカでは「大統領の気質」という表現が取り沙汰されています。
気質という言葉には、性格(character)気性(disposition)知性的な感情(emotional intelligence)心のタフさ、回復力(resilience)が含まれると、著名な大統領歴史家ドリス・カーンズ・グッドウィンさんは指摘します。
大統領に選ばれるためには、こういった長所を備えた人物でなければならない、と。
そう、彼女の目から見ると、トランプ氏なんて「ダメ」な部類に入るわけです。
一方、元CIA副長官のマイク・モレル氏は、「ダメなどころか、国防(national security)を脅かす人物である」と主張します。
この方は、33年にわたりCIAで諜報・情報解析に従事され、近年はCIA長官代理としてホワイトハウスにも足繁く出入りされていました。諜報コミュニティー出身者の中では、もっともわかりやすく庶民に語りかけてくれる方でもあります。
そのモレル氏いわく、「トランプ氏には、3つの大きな問題がある。ひとつは、誰よりもエゴが強く、ナルシストであること。ふたつ目は、すべての理屈や事実を無視して、直感に従って行動すること。三つ目は、自分への批判に対して異常なまでに反応し、激しやすい人物であること」
そんな性格だと、他国から好きなように利用されるし、第一、国を導く大統領としてやっていけない。
ただひとつ、これらの弱点を克服する方法は、優れたアドバイザーをまわりに置くこと。が、彼が聞くのは自分自身の意見であって、誰のアドバイスにも耳を傾けようとしない、と。(8月8日放映のインタビュー番組『チャーリー・ローズ』より)
長年、諜報活動に従事してきたということは、政治には無関係(apolitical)の中立な立場を貫いてきた、ということ。そのモレル氏が淡々と語る言葉には、重みを感じたのでした。
夏来 潤(なつき じゅん)