弥生三月:環境と健康

2004年3月22日

Vol.56
 

弥生三月:環境と健康


 3月は、ベイエリアでは雨季の中休みとなっていて、平均して10日くらいしか雨が降りません。梅や早咲きの桜がいきなり開花し始め、春爛漫となります。州の花となっているカリフォルニアポピーも、その燃えるようなオレンジの花を咲かせ、鮮やかな草原のアクセントとなります。今年の弥生は、雨が無く、連日記録的な暖かさが続き、春を通り越し、いきなり夏が訪れた感じです。

 


 そんな明るい陽光のシリコンバレーから、今回は、いろいろな話題をごった煮にして提供いたしましょう。


<テレマーケター対政府、第2ラウンド>
 まずは、以前ご紹介した話のフォローアップから始めましょう。昨年10月、消費者を悩ますテレマーケティング対策として、連邦取引委員会(FTC)主催の "Do-not-callリスト" が始まったことをお伝えしました。テレマーケターがこのリストに載っている電話番号にかけると、一回に付き1万1千ドルの罰金が科せられます。
 この制度が始まって5ヶ月ちょっと経ちますが、消費者の受けはなかなかのものです。勿論、違反者がいないわけではありません。しかし、以前と比べ、テレマーケティングの押し売りが激減したのは事実です。全米家庭の45パーセントが既に登録を済ませ、登録者の4人に3人が、この制度に満足していると答えています(唯一、取引のある業者、たとえば地域電話会社などのテレマーケティング行為が許されているところが難点です。こういった相手に対しては、業者独自の"Do-not-callリスト"に載せてもらう必要があります)。

 前回は、テレマーケターの親玉が、言論の自由を楯に取り、リストを無効とするようコロラドの連邦裁判所に訴えていることもお伝えしましたが、先日、裁判所はこれを退ける判決を下しました。"電話で家庭に侵入するセールスを撃退するべく採られた政府の方策は、言論の自由を保障した憲法修正第1条には違反していない" という判断です。
 ふたつの業界団体のうち、5千近くのテレマーケターを代表するDirect Marketing Association(DMA)は、これに従うことを表明しましたが、650のメンバーを持つAmerican Teleservices Association(ATA)の方は、連邦最高裁判所に訴え出る構えです。"Do-not-callリスト"のおかげで多くが職を失うことになると、必死なのです。

  法的にすべてが治まるには、もう少し時間がかかるようですが、消費者の方は、静かな夕餉を心ゆくまで楽しんでいるところです。2年以上を費やしこの制度を築き上げたFTCに、深く感謝です。
 

<スパイは僕に任せてね>
 さて、前月号でご紹介したサラトガ高校のスパイ事件ですが、この話には後日談があります。例のキーロガー装置を使って、テストを盗み出した5人組のひとりが、学校の爆破計画を立てていたとして、警察に逮捕されたのです。三晩にわたり、学校の化学室から爆弾製造に使う薬品を盗み出していたところを、三晩めにその場で逮捕されました。自宅の押入れからも、関連薬品がいくつか発見されています。校長も、この生徒の腹いせのターゲットとなっていたことを明らかにしています。
 この16歳の少年は、裁判所に出頭するまでの間、足首にGPS機能付きのモニター装置をはめられ、自宅監禁処分となっています。これを受け、学区側は、この生徒の退学処分を決定しました。前回登場した、学校のコンピュータの成績データを改ざんした生徒も退学となり、これで同校での退学処分は4人となりました。
 
 いつの時代にも、不正直な生徒や学生はいるものですが、テクノロジーの進化とともに、そのテクニックも巧妙になっています。
 3年ほど前、インターネット・ブームが世間一般に浸透した頃は、論文の盗作(plagiarism)が大きな社会問題となりました。アメリカの学校では、もともと論文形式の宿題が多いのですが、生徒が自分で論文を書かなくとも、インターネットの豊富な情報源からコピーして貼り合わせるだけで、立派な論文が出来上がるのです。テーマ別に論文を売っているサイトもいくつもあります。
 これに対抗するため、先生たちの間でも、論文の盗作発見ソフトウェアが重宝がられたものでした(盗作の定義は、他人の文章をそっくりコピーすることから、意見を拝借したのに適切な引用を用いないことまで様々です)。
 試験にしても、家に持ち帰る形式のテスト(take-home exam)があったりするので、自分の力でやり遂げたかは、学生の自己申告(不正はしないと誓うcode of student honor)に頼るしかありません。学生を信用し過ぎて痛い目にあった教授も、ひとりやふたりではないようです。
 確かに、インターネットは不可欠な情報源であり、それなしでは教科書を離れた勉学はできないかもしれませんが、いい事と悪い事の境目が明確でない学生が存在するのも事実です。

 時は進んで、今時の生徒や学生は、もっと巧妙になっています。携帯電話を使う方法を見つけ出したのです。昨年春、雑誌MOBILITYに紹介された中に、こういうのがありました。メリーランド大学の会計学のクラスで、6人の学生がカンニングしたことを認め、落第となりました。担当教授は、テストが始まってすぐに、自分のWebサイトに解答を載せていたのですが、それを仲間が教室の学生に携帯のテキストメッセージで知らせていたのです。
 中学や高校でも似たようなものです。テスト中に、先生に隠れて、クラスメートに携帯で答えを求めるのは、そんなに珍しい事ではないようです。最近は、アメリカのティーンたちも、日本並みに文字を打つのが上手になっていて、先生たちも苦労しています。中には、携帯でテスト用紙を盗み撮りし、自分のサイトで公開する悪がきもいるようです。日本と違って、いまだに撮影時のシャッター音を消せるようになっているので、いじめられっ子の下着姿を更衣室で盗み撮りというのも新たな社会問題となっています。

 いつの世も、若い世代は大人を出し抜く方法を考え付くものですが、近頃は、本職のスパイも顔負けとなっているようです。


<アメリカ流バカな話>
 アメリカに住んでいると、いろんな人間が集まっているせいで、耳を疑うようなバカな話がたくさんあります。今後、そういった "おバカさん" な話を不定期に載せようかとも考えておりますが、まずは、おひとつどうぞ。

 3月のある日、ジョージア州の女性が、大型ディスカウントチェーンのWal-Martで警察に捕まりました。2千ドル相当の商品を購入しようと、レジで100万ドルの偽札を出したのです。非常によくできた偽札で、使い古した感じもリアルに細工してあって、店員ももう少しでだまされるところでした。けれども、如何せん、米財務省造幣局は、100万ドル札なんて発行していないのです。


<景気と健康>
 この3月10日、テクノロジー会社がひしめくナスダック株式市場が指数5048のピークを記録して、ちょうど4周年を迎えました。頂点からの転がりは速く、翌月の2000年4月には4000台を、同11月には3000台を割る急降下を記録し、2002年秋には1200を割る超低迷期を迎えました。
 "上がったモンが下がるのは当然でしょう(What goes up must come down)" などと言われながらも、氷河期がここまで続くと庶民は納得がいきません。

 昨年はそれでも若干戻し、暦と同じ指数2003で年を越しました。今年に入り、景気回復の見込みありと、1月には株式ラリーが見られましたが、失業率、財政赤字、貿易赤字、企業業績が依然として足をひっぱり、指数2000を上下しています。1月には、国民の7割が景気回復基調を信じていたのに、3月には4割に減っています。

 経済界ではいろいろあった過去4年間ではありますが、アメリカの国民の間では、先日、心配な傾向が明らかにされました。国の疾病予防センター(the Centers for Disease Control and Prevention、通称CDC)の発表によると、2002年には、過去44年来初めて、乳児死亡率が上がったというのです。
 初めて聞いた方もいらっしゃるかと思いますが、乳児死亡率(infant mortality rate)というのは、ある1年間に起きる1歳未満の乳児の死亡率を指し、死産を除く千人の出産に対し、何人の乳児が亡くなったかを示す率です。飲料水や屎尿処理の公衆衛生、妊婦の栄養・健康状態、乳児治療の医療レベルなどによって上下するもので、人口統計学上、平均寿命とともに、国の豊かさを端的に表す重要な指標とされています。よって、これが上がることは、一大事なのです(人の死を統計化するのも、統計屋の大事な使命なのです)。
 アメリカは、先進国の中でも乳児死亡率が比較的高い国ではありましたが、2002年には、前年の6.8から7.0に逆戻りしてしまいました。平均寿命や死亡率全般は毎年良くなっているにもかかわらずです。
 CDCは、未熟児や障害を持つ乳児の一週目の死亡率が上がっていると指摘しています(ちなみに、日本は世界で最も低い率を保ち、2001年は3.1でした。最も高いアフガニスタンでは、2002年に161となっています。これは、日本では大正期に相当します)。

 門外漢の勝手な想像ですが、筆者はこの米国での逆行現象を、景気低迷と因果関係ありと見ています。2001年以降顕著になった、失業者の増加や企業の医療費負担カットとともに、医療保険への国民の加入率が減っているからです。2002年には、人口の15パーセント、実に4千4百万人が未加入となっています(米国国勢調査局発表)。
 妊婦は、妊娠がわかった時から定期健診を受けなくてはならないのに、自己負担ができなくて、受診できない。そういった女性が急激に増えているのではないかと考えられます。2002年は18歳から24歳人口の7割が医療保険に未加入という事実と照らし合わせると、かなり説得力のある仮説かもしれません。

 アメリカにも国や州が医療費の援助をしてくれる制度はあります。国のMedicare、Medicaidや州レベルのMedi-Calなどがそれにあたります(Medicareは高齢者や障害を持つ人を、Medicaidは低所得者層を援助するプログラムです)。しかし、上から下への財政難や医療費の高騰で、こういった援助枠は必ずしも充分とは言えません。
 また、援助を受けるべき側も増え続けているようです。1993年から2000年にかけて確実に減ってきた貧困層は、2000年を境に増加傾向にあり、2002年には、人口の12パーセント、3千5百万人が貧困層とされています(国勢調査局は、子供2人の4人家族の場合、年収1万8千ドル未満を貧困と定義しています)。そして、この貧困層の3割が、Medicaidから漏れています。
 一方、定職を持っていたにしても、決して安心はできません。カリフォルニアの医療団体の調査によると、従業員10人以下の会社に勤務する人は保険未加入率が最も高く、州で650万人という未加入者の半分以上は、年収の上限を超えるとされ、公的な補助を何も受けられないということです。過去3年で、医療保険の自己負担額が7割も上がったという州内の調査結果も出されています。

 保険がない間、"どうか病気になりませんように" と神頼みするのは、いずこも同じでしょう。しかし、事出産に関しては、"お産は病気じゃないから大丈夫" と、軽く考えているアメリカ人も多いのかもしれません。


<メンドシーノ郡の決断>
 歳月を積み重ねると、だんだん食べるものにこだわりを感じて来ます。おいしいものというよりも、体にいいものが食べたいと、近頃は有機栽培(organically grown)にこだわっています。野菜、牛乳、卵など、スーパーでは "organic" のラベルを探します。
 3月2日の "スーパーチュースデー" と呼ばれた火曜日、アメリカ全土が大統領選挙に出馬する民主党候補者選びに注目する中、カリフォルニアの片田舎では、ある重要な条例が住民投票で可決されました。ベイエリアのワイン産地、ソノマの北に隣接するメンドシーノ郡では、遺伝子組み換えがなされた作物や家畜の栽培・飼育が、全面的に禁止となったのです。
 もともとメンドシーノでは、誰も遺伝子組み換え種を育ててはいないのですが、有機栽培農家が中心となり、先手を打って、住民投票に持って行ったのです。全米で初めての同種の禁止条例となったことで、他の地域にも影響を与えると見られています。

 遺伝子組み換え食品(genetically modified foods、以降GM食品とします)は、日本やヨーロッパではたいそう嫌われているので、消費者の食卓に載る確率は比較的低いわけです。けれども、世界中を見渡すと、作付面積の2割がGM作物を育てている計算になります。アメリカなどは、GM生産面積の3分の2を有し、続くアルゼンチン、カナダ、中国を大きく上回っています(ISAAA、the International Service for the Acquisition of Agri-Biotech Applications発表)。
 現在、アメリカで一番多く生産されるGM作物は、大豆、綿、とうもろこしです。GMとうもろこしは全生産量の34パーセント、GM綿は71パーセント、GM大豆は、実に75パーセントを占めています(米国農務省データ)。アメリカのパッケージ食品の3分の2は、なにがしかのGM作物を含んでいるとも言われています。
 昨年は、新たにブラジルとフィリピンがGM種を採用したので、世界のGM作物生産国は18カ国となりました。今月上旬、イギリス政府もGMとうもろこしの飼料用栽培を認める発表をしました。現時点では、ヨーロッパのGM種はとうもろこしと大豆にとどまっているものの、今後、堰を切ったように、GMじゃがいもなどの新種がヨーロッパ中に広まるかもしれないといった不安も聞かれます。
 
 一口に遺伝子操作と言っても、GM作物にはいくつかのタイプがあります。まず、芋虫などの害虫に抵抗できるもの。除草剤に耐えられるもの。穀類の病気を起こすウイルスに打ち勝つものなどです。とうもろこしに一般的な害虫駆除の種は、土中にいるバクテリアBacillus thuringiensis (Bt)の遺伝子を挿入して作ります。この遺伝子の指示によって、Bt作物は、害虫を殺すたんぱく質の結晶体を作り出すようになります。GM大豆や菜種のキャノーラなどは、除草剤への抵抗力を持つタイプです。
 GM作物は、外界に強くなることで、生産量が大幅に上がり、飢饉に見舞われる国々を助けるとされています。また、理論的には、農薬の散布量が減ることも考えられ、環境にやさしいのではとも見られています。

 しかし、いかなるタイプのGM種も、それが安全であるかは議論が分かれるところです。人や鳥や昆虫に害はないのか?アレルギーの原因とはならないのか?遺伝子改良種が自然種に混入し、これを駆逐することにはならないのか?そして、それが進化のプロセスの中で、生態系の破壊に結びつかないのか?
 これらの疑問に対し、科学的には賛否両論の結果が発表されています。特に、長期的な影響は未知数と言えます。政治的にも、ヨーロッパを中心とする先進国と、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ諸国とは意見が大きく分かれます。WTO(世界貿易機構)の国際会議のたびに、場外で抗議のシュプレヒコールを上げる急進的な自然保護団体もあれば、こういった運動を富める国のエゴだと批判する国々もあるわけです。

 当然の事ながら、アメリカ国内でも、環境保全の立場を採る側と、Monsanto、Dow Chemical、DuPontなどのGM品種改良業者には、大きな隔たりがあります。上記のメンドシーノ郡の例では、住民投票の結果、有機栽培推進派に軍配が上がりました。しかし、反対運動に莫大な資金をつぎ込んだGM業者連合は、条例を無効とするよう、法廷で争うことを検討しています。どうやら、これから、目が離せない争いに発展しそうです。


夏来 潤(なつき じゅん)

 

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