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2003年はどんな年?:メトロセクシュアルな一年です
Vol.53
いろいろあった2003年ももう終わりとなりますが、今回は、一年をちょっと振り返ってみたいと思います。
<師走>
残念ながら、今年は景気も思ったほど回復せず、まだまだ人々の心はすっきりと晴れません。イラク戦争のつけもあり、国の財政赤字は5千億ドルにも膨らんでいます。
ただ、企業の調子が少し上向いて来たとか、失業率の悪化は多少緩和されたようだとか、ほんの少し明るいニュースも聞こえており、来年に期待を寄せているところでしょうか(11月現在、全米の失業率は5.6%、シリコンバレーでは7.2%となっており、最悪の状態はどうにか脱したようです。業績に少しは希望が持てると、"cautiously optimistic" といった表現も頻繁に耳にします)。
そういった心理を反映してか、年末商戦の幕開けとなったサンクスギヴィングの翌日、全米の売上は、去年よりは5%ほど良かったようです。以前お話したように、感謝祭の翌日の金曜日は、黒字を表す "ブラック・フライデー" と呼ばれ、クリスマスのプレゼントを求め、人々がお店に殺到する日なのです。この週末、消費者の7割はショッピングに出かけたと推定されています。
特に、何でも揃っている大型ディスカウントチェーンのWal-Martでは、ブラック・フライデー一日の売上が、15億ドル(約1600億円)を越えました。この日、全米の売上の5ドルに1ドルは、Wal-Martでの消費という計算になります。
そのお陰で、年末に息を吹き返すトイザラスなどのおもちゃ屋は、今年の業績は思わしくないと見られています。中でも、140年の歴史を誇るおもちゃの老舗FAO Schwartzは、今年4月に引き続き、2度目の会社更生法の適用を申請しました。今回、買い手が現れなければ、すべての店を閉じることとなります。
一年の行事として、FAO Schwartzみたいなお気に入りの店には行ってみるけれど、実際買う段になると、Wal-Martなどのディスカウントストアに出向く。これが最近の消費のパターンになりつつあるようです。
近頃は、大型ストアの"Wal-Mart化"も進んでいて、ついこの前まで洋服屋だと思っていた大型店が、インテリア製品も扱ったりしています。こういった大型店の "略奪的な価格付け(predatory pricing)" という言葉まで耳にするこの頃です。質より価格を重んじるアメリカでは、安い値段には誰も勝てないようです。
<流行語大賞>
アメリカで今年一押しの流行語といえば、何と言っても "メトロセクシュアル(metrosexual)" でしょう。これは、ある程度地位もお金もあり、ストレートな(同性愛ではない)男性が、自分の身の回りを気にし、おしゃれにすることを意味します。
"セクシー" という言葉がありますが、これをもうちょっとインテリっぽく、都会的にした感じで、自信の表れも含んでいます。"メトロな洗練" とでも言いましょうか。もともとイギリスで流行った言葉だそうですが、あちらのベッカム選手などが筆頭に挙げられるそうです。
メトロセクシュアルな男性は、高級エステでマッサージに美顔、マニキュア、ペディキュアを堪能し、美容院ではカットと部分染めでスタイルを完成し、足元はスニーカーなんぞではなく、Bruno Magliの靴で固めます。顧客にも気持ちよく対応できるし、女性の受けも大層良いそうです。サンフランシスコのNob Hill Spaなどは、メトロセクシュアルたちが4割を占めています。
以前、2001年6月に、お子様やお父さんたちのエステ通いのお話をご紹介したことがありますが、バブルがはじけて久しい今、どうやらエステ通いやブランドショップ通いが復活して来ているようです。身の回りに気を配る余裕が出て来たのでしょうか。それとも、"機会あらば、我も行かん" という気持ちは、誰もが持っているものでしょうか。
それにしても、バスローブをまとった男性たちが、ずらりと並んで両足をバラの香りのお湯に浸しているところなどは、あまり気持ちのいい光景ではなさそうです。
実は、このメトロセクシュアルの大流行には、今年流行ったある番組が火付け役となったとも言えなくもありません。ケーブル・チャンネルのBravoが放送している、"Queer Eye for the Straight Guy" という番組です。Queerとは、ゲイを指し(おもに男性の同性愛の人という意味で、別に女装をしたり、女性言葉を使ったりするわけではありません)、Straightとは、先述の通り、ゲイではない人を指します。つまり、かしましいゲイの5人組が、寄ってたかって、むさくるしい男性をおしゃれに改造し、彼女とのデートに備えるという番組です。5人組には各自、ファッション、ヘア・身づくろい、エチケット、グルメ、インテリアの担当があり、毎回それぞれの持ち場で最大限の力を発揮します。
たとえば、ファッション担当がこの野暮ったい男に似合う服を探してあげている間、インテリア担当は、彼の家の改造にいどみ、グルメ担当は、おいしい生牡蠣を調達してあげます。見違えるようにおしゃれになった男は、やはり見違えるほどの家に彼女を招き、生牡蠣の前菜で食事を楽しみ、キャンドルで灯されたパティオでは、バーナーの火でデザートのcreme bruleeを仕上げ、彼女を驚かすというミッションを達成します。
このショーのあまりの人気に、来年は、女性を改造する姉妹番組も登場するという話です。今まで、真面目な芸術番組や、大受けはしないものの、渋い映画を放映していたBravoは、これで一気にメジャーなチャンネルになってしまいました。
この5人組の人気も上昇中で、さまざまな雑誌やテレビ番組に引っ張りだこのようです。リーダー格であるファッション担当の"Yummy!" という黄色い声も、何となく耳に残ります。(本来Yummyとは、味がおいしいという意味ですが、この男性は "おいしいわー!" つまり "まあ、素敵!" という意味で連発しています。ステレオタイプ化するわけではありませんが、服飾業界には、女性っぽい話し方の男性も多いようで、いつかRalph Laurenで応対してくれたおしゃれな彼が、"このシャツは、あたしたちみたいな細身の人用にできてるのよ" と英語で言っているように聞こえました。実は、番組のYummy氏も、昔はRalph Laurenで働いていたそうです。)
ちなみにひとことご忠告ですが、queerという言葉は、侮蔑的な意味合いが強いので、実生活では使わない方が無難です。また、女性の同性愛の人をゲイと言うこともありますが、"男性的な" 女性のゲイを指すdykeという言葉も、軽蔑を含む単語なので、口にするのはタブーです。まあ、誰が誰を好きだからって、一向に構わないではありませんか。
それにしても、"Queer Eye" という表現がメジャーに受け入れられるようになったとは、まさに隔世の感があります。
<失言大賞>
日本でもよく、大臣級の政治家の失言がアジア諸国に迷惑をかけたりしていますが、ユーモア好きのイギリスでは、毎年こういった有名人の失言に賞をさしあげるのが恒例となっているそうです。12月初旬に発表された、2003年 "Foot in Mouth"賞では、アメリカのラムズフェルド国防長官が栄えある一等賞に選ばれました。
今年2月12日の記者会見の席で、イラクとテロ組織の関係を質問された際、ラムズフェルド氏がこう答えたのが、主催者であるPlain English Campaignのお気に召したようです。
"何もなかったとするリポートは、私にとってはとても興味深い。なぜなら、我々も知っているように、我々が知っていると知っているわかっている(既知の)こともあるし(known knowns)、我々が知らないと知っているわからないこともある(known unknowns)。しかし、また、我々が知らないことを知らないわからないこともあるからだ(unknown unknowns)。"
何やら、やけに哲学的で、結局何が言いたかったのかは釈然としませんが、受賞理由もどうやらそこにあるようです。主催者は、"我々は、彼の言っていることはわかっているつもりだが、本当にわかっているかどうかはわからない"と述べています。
ちなみに、このちょっとお茶目な、とぼけたラムズフェルド氏と一等賞を争ったのは、あのシュウォルツネッガー現カリフォルニア州知事です。ご存知の通り、彼はオーストリア生まれなので、英語が若干怪しく、いろいろな珍回答で世間を楽しませていますが、その中にこういうのがあったそうです。
"僕は、ゲイ結婚(gay marriage)というのは、男と女の間で行われるべきだと思っている。"
エッ?何?ちょっとちょっと、ちゃんと事情わかってます?
それにしても、あなたが財政建て直しにもたもたしてるから、Moody'sの公債格付けで、カリフォルニアは50州のビリになっちゃったじゃない。これから州の借金も、利子がうーんと上がりますよ。
<広告大賞>
まったく独断と偏見に満ちた、筆者が選ぶ広告大賞です。車メーカーのホンダ・アメリカに差し上げたいと思います。特定の機種ではなく、ホンダのメーカーとしてのイメージを売るCMが、広告にはちょっとうるさい筆者の心に深く残ったのでした。
オルゴールのかわいらしい音楽にのり、左半分にホンダのいろいろな車種、右半分に持ち主たちが次々と映し出されます。何組目かでふと気が付くのですが、車と持ち主がどことなく似ているのです。鼻が高い彼には、鼻先の長いスポーツカー、伏し目がちの彼女には、斜め上から眺めたボンネット、耳が大きいそばかすの君には、扉を開けたところ、角刈りの若者には、四角いSUVを後ろから眺めたところ。全部で10組くらい出てくるのでしょうか、最後ににんまりと笑った男性と愛車が出てきた後に、こういったメッセージが写し出されます。"It must be love."
残念ながら、アメリカ人にはあまり受けなかったようで、すぐにオフエアーとなりましたが、やたら暴力的な、奇をてらったCMが多い中、その素朴な広告制作の姿勢は、とても好感が持てました。今は、メルセデス・ベンツやBMWの宣伝にも、怪獣や戦士のような天使が登場する時代です。CMとは、"どんな手段を使ってもいいから、いかに短い時間で、視聴者の注意を引くか" という媒体になってしまっています。でなければ、集中力を持続できない視聴者にチャンネルを替えられてしまうのです。
ホンダのような素朴なCMが影を潜めるのは残念至極ですが、そう嘆いているのは、実は少数派なのかもしれません。(ちなみに、筆者自身はホンダの持ち主ではありません。あしからず。)
<最高裁の判断>
ちょっと真面目なお話です。今年は、連邦最高裁判所から、重要な判決がいくつか下された年でもありました。その中から、ひとつは人種・民族に関するもの、もうひとつはゲイに関する判決をご紹介しましょう。
まず、6月下旬に下された判決では、人種的少数派を社会的に優遇する措置 "affirmative action" が守られることとなりました。これは、市民権運動が盛んだった1960年代に生まれた、有色人種の企業や学校での受け入れを優先する措置ですが、今回問題となっていたのは、ミシガン州立大学の法律学校の入学者選抜に際し、同等の実力を持つ黒人学生を人種という点で優遇したばかりに、白人学生が受け入れられなかったという訴えでした。
最高裁がこのミシガン大学の措置を合憲としたのは、"ひとつの国家という夢を実現するためには、すべての人種・民族の社会への有効な参画が不可欠である" という理由です。つまり、人種の多様性(diversity)を狙った、ある種の優遇措置がなければ、すべての人種が等しく社会に参画はできないであろうということです。
単純に考えると、理想はあくまでも、人種・民族を気にしなくてもいい "colorblind社会(肌の色の見えない社会)" の実現です。しかし、それに至るまでの道のりはまだまだ遠いと言わざるを得ません。
たとえば、ブッシュ政権で要職を占める、パウエル国務長官とライス大統領補佐官は、もしaffirmative actionがなかったならば、自分たちはここまでは来られなかっただろうと擁護発言をし、彼らのボスとは一線を画しています。
また、どちらかと言うと頭脳派と分類されるハイテク産業ですが、シリコンバレーのハイテク企業トップ10の人種内訳を見ると、7割近くは白人となっています。これに対し、サンタクララ郡全体では、白人人口は5割を切っています。ヒスパニック系に至っては、郡人口の24%に上るのに対し、ハイテク企業従事者の7%のみとなっています。もし大企業の努力がなければ、もっと傾いた状況となっているでしょう(企業の人種内訳は、米労働省に提出された2000年のデータを基に、サンノゼ・マーキュリー紙が集計した結果。郡人口の内訳は、2000年国勢調査データ。"人種(race)" や "ヒスパニック系(Hispanic)" についての議論は、別の機会に譲ります)。
今回の最高裁の判決では、法律学校での個別の選抜優遇措置は認めるものの、ミシガン大学の学部学生に対する、人種に基づく自動的な入試点数加算の方法や人種構成の割り当て制は認めていません。また、affirmative actionは、今後25年で終わりにすべきとも条件を付けています。
大方の見方は、最高裁の判断を良しとするものですが、あと四半世紀で撤廃できるものかは、疑問の残るところではあります。
一方、上記の裁決の3日後に下された判決は、ゲイ同士の性行為を禁止する法律(anti-sodomy law)をひっくり返すこととなりました。ちょっとびっくりですが、実際にテキサス、オクラホマ、カンザス、ミズーリの4州には、そういった法律があるのです(性別を特定せず、一部の性行為を禁止した法律があるのは、アラバマ、ミシシッピ、ユタなど9州です。カリフォルニアは、1976年に同種の法律を撤廃しています)。
事の発端は、1998年にテキサス州で、ふたりの男性が自宅に踏み込んだ警察に捕まったことにあります。"同性の者との逸脱した性行為" を禁止した州法に違反したという理由です。テキサス州の裁判所は、いずれも警察を支持する判決を下したわけですが、今回、連邦最高裁判所は、同性の者同士であろうと、男女間と同等の権利が与えられるべきであると判断したわけです。
世界的に見ても、ゲイの権利を認める動きが強まっており、オランダ、ベルギーなどのヨーロッパ諸国に引き続き、カナダでも今年、同性結婚が国会で認められています。アメリカでも、マサチューセッツで、州最高裁が同性結婚を認める判決を下しています。英国国教会派の米国Episcopal教会では、ニューハンプシャーの主教にゲイの牧師が選ばれています。
そういった追い風の中、同性パートナーの多いサンフランシスコでは、今回の最高裁の画期的な判決に、大歓声が上がったというのは言うまでもありません。
<師走に追われることなかれ>
ホリデーシーズンになると、楽しいと思っているのは子供ばかりで、アメリカの大人たちは、多かれ少なかれストレスを感じる季節です。プレゼント選び、クリスマスの飾り付けやカード書き、親戚が会するディナー、仕事の締め切り、そして、年末の税金対策。
最近は、クリスマス直前の一週間が一番の書き入れ時だといわれるように、アメリカ人の物事の先延ばし傾向も強まり、ぐずぐず屋の "procrastinator(先延ばし屋)" だと自負しているようでもあります。
しかし、先延ばしする悪い癖は、何もアメリカ人に限ったことではなく、"そう自分を責めないで" と肩を叩いてあげたくもなるのです。
皆さまも、ストレスを感じることなく、どうぞ良い年をお迎えください。
夏来 潤(なつき じゅん)