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10月の出来事:お騒がせテレマーケティング
Vol. 51
早いもので、今年も残すところ3ヶ月未満となりました。近頃、アメリカでは何かと世の中を騒がせることが起きていますが、今回は、そんな騒動を3つご紹介しようと思います。
<憎まれっ子、テレマーケター>
アメリカに少しでも住まれた方は経験済みだと思いますが、アメリカ独特のマーケティングの手法に、テレマーケティング(telemarketing)というのがあります。一般家庭に向け、電話で物やサービスを売る手法です。長距離電話サービスや生命保険、クレディットカードにバケーション・パッケージと、勧誘の種類は多岐にわたります。カタログ販売やテレビ・ショッピングを発明したこの国では、電話販売も重要な販路です。
自宅の電話番号や携帯番号をどこかの店や金融機関に知らせたら最後、番号リストは次々と転売され、多くのテレマーケターの知るところとなります。ショッピングモールで見かける車の抽選会なども、基本的には、マーケティング目的の個人データ集めだと考えた方が無難です(中には、コンピュータで自動的に組み合わせた番号に、片っ端からかけるテレマーケターもいます)。
こういったテレマーケターは、大部分の国民から嫌われているわけですが、その理由は、一日に何度もかけて来る彼らのしつこさと、かけるタイミングにあります。法律で、朝8時から夜9時までと制限されているのですが、多くの電話は、お昼休みの頃と、夕食時に集中します。仕事から帰って来て夕食の支度を始めた頃から、食後テレビを見ながらくつろぐまでが、彼らのゴールデンアワーとなります。
テレマーケター対策として、筆者などは、電話が鳴ってもすぐには出ず、家族や友人がメッセージを残し始めたところで受話器を取るのですが、そうしているアメリカ人はかなり多いようです。中には、"明日から監獄に入るんだよね" とか "僕まだ11歳なんだ" と言って逃れる人もいます。
押し売り電話に対し、国民の不満の声が高まる中、今年1月下旬、テレマーケティング対策の法案が連邦議会に提出され、電光石火で可決されました。一般家庭の "うちにはかけて来ないでリスト(Do-not-call list)" を作成し、公正取引委員会(the Federal Trade Commission、通称FTC)がテレマーケターの違反を取り締まるというものです。10月1日以降、違反者には、一回に付き1万1千ドルの罰金が科せられます。
これに備え、4月には早々とカリフォルニア州が代理登録を始めたのですが、その時には、あまりの反応にウェブサイトがパンクしたほどです。6月下旬に連邦政府の本番登録が始まった頃には、最初の4日間で、1千万の電話番号が登録されました。現在、リストは5千3百万件以上に膨れ上がっています(自宅の電話や携帯など、ひとりが複数番号登録可。登録は5年間有効)。このDo-not-callリストは、ブッシュ政権が採択した、初めてのいい事とも言えるでしょう。
ところが、いい事というものはスムーズに行く訳がなく、10月1日の施行を目前に控え、オクラホマの連邦裁判所が異議を唱えました。連邦議会はリスト作成の権限をFTCに与えていないので、リストには法的拘束力がないというのです。
この裁定に対し、各方面から非難の声が上がりましたが、翌日、連邦議会が最優先で法律を通し、FTCは無事に権限を譲渡されました。裁判所の決定から実に24時間以内という、驚くべき早技でした。
ところが、事態はまたまた反転し、もっと重大な裁決が、同じ日にコロラドで下ることとなりました。そもそも、このリストには例外が存在し、慈善団体や政党、世論調査会社などは、リスト上の電話番号にかけても良いことになっています。これが、言論の自由を保障した米国憲法修正第1条に違反するというのです。テレマーケターの言論の自由を著しく制限しているという理由です。業界の親玉ATA(the American Teleservises Association)が、自分たちの食い扶持を守ろうと、先に、裁判所に提訴していたのです。この成り行きに、"私たちのプライバシーは一体どうなるの?"と、市民からは怒りの声です。
これは危うしと、法律施行の前日、電話業界を取り仕切る連邦通信委員会(the Federal Communications Commission、通称FCC)が、FTCの助っ人として現れました。が、これもコロラドの連邦判事からお叱りを受け、FCCは、肝心の登録リストをFTCから入手できないまま、手足をもがれた状況となりました。テレマーケターも、リストは絶対にFCCには渡さないぞと、がんばっていました。
どんでん返しの結果、今はとりあえず、最終審判が出るまで、FTCが取締りを続けても良いこととなり、国民の溜飲も少し下りました。ATAの方も、組織内のテレマーケターに、リスト上への電話勧誘を自粛するよう、お達しを出しています。筆者の家でも、7月に登録して以来、迷惑電話が激減したのは確かです。FTCの取締り開始後は、いまだ我が家への違反者はいないようです。
"テレマーケターの言論の自由" 対 "一般家庭のプライバシーの権利"。どちらが優先するのか、今後の法廷での裁断が気になるところです。
19世紀にシカゴでカタログ販売が始まった頃は、自分で組み立てる家まで売っていたというアメリカです。テレマーケターに成り代わり、別の奇抜なマーケティング手法が現れたとしても、驚きはありません。
<移民局の統計をどう読む?>
10月と言えば、連邦政府機関の新年度が始まる時でもあります(カリフォルニア州政府などは、7月始まりです)。たとえば、国防総省の年間予算や連邦最高裁判所の開廷期間がこれに当たりますが、外国人に発行される労働ビザの年間割り当ても、10月1日から仕切りなおしとなります。
国土安全保障省所轄の移民局が発行するH-1Bは、ハイテク業界などで働く外国人技能者に出される労働ビザですが、その枠は今年度から大幅に縮小され、各方面に波紋を投ずる模様です(3年間有効のビザで、その後3年間のみ延長可能。コンピュータ関連に限らず、建築士、会計士、弁護士、医師、ファッションモデルなどにも広く適用。雇い主がスポンサーとなり、身元を保証する必要があります)。
ハイテク・バブルの影響で、2000年10月から今年9月までの3年間、H-1B発行枠は、過去最高の19万5千となっていました。しかし、景気不調が続く中、労働ビザ・プログラムに批判的な声が高まり、今年度から6万5千と、大幅な縮小となったのです(実際のところは、"枠とは何か" の定義が複雑な部分もあります。たとえば、3年間の延長申請分や、大学・研究機関での発行申請など、枠内には数えられないものもあります)。
枠がどうであれ、テクノロジー業界でのH-1B新規発行数は、近年激減しているのは確かなようです。9月下旬の移民統計局の発表によると、一昨年度は11万件だったものが、昨年度は2万6千件にまで減っています。H-1B全体への比率にすると、コンピュータ関連は、55パーセントから25パーセントに減少しています。サンタ・クララに本社のあるIntelでは、2000年から昨年にかけ、新たに雇用したH-1B保持者は、6割も減少しているそうです。
これを受け、ハイテク企業を代表する米電子業協会(AeA)は、"職を失った人は、H-1Bビザを批判するけれど、この統計を見れば、他のみんなと同じように、景気の悪影響がビザ取得者にも出ているのがわかるだろう" と主張しています。また、H-1B取得者の半数近くは修士号・博士号を持っており、アメリカに不足している部分を補っているとも弁明しています。
しかし、統計に見られるH-1B発行数の減少は、まったく別のことを意味しているのかもしれません。すなわち、風当たりの強い外国人労働者をアメリカに招聘するよりも、現地で人を雇ってしまえ、という企業側の姿勢です。
前号で触れたように、海外に業務移管する米国企業は年々増えています。前述のIntelは、昨今インドやロシアでの活動を拡大しています。中国に開発センターを開いたOracleは、インドでも現地スタッフを増員しています。そんな中、インドのある人材派遣会社などは、H-1B発行枠の引き下げは、歓迎すべき状況かもしれないと述べています。米国企業のインドへの業務移管に拍車が掛かると見られるからです。
実際、移民統計局のデータで見ると、インド国籍へのH-1B新規発行数は、一昨年度9万件だったものが、昨年度は2万1千件に減っています。これは、全数の45パーセントから20パーセントへの減少です。インドへの発行数が激減したことで、2位の中国、3位のカナダ以下、他の国の比重が若干増えています(昨年度、中国は11パーセント、カナダは8パーセント、3位のフィリピンは6パーセント。ちなみに、7位の日本は、3千件弱で3パーセントを占めています)。
興味深いことに、1990年代中頃から、ハイテク企業の業務移管先として人気を博して来たアイルランドは、近頃、失業率の上昇を経験しています。人口4百万弱のこの国は、若い世代の人口比率が高いうえに、教育レベルも高く、おまけに法人税が低いこともあり、人気が高かったわけです。インドと同じく、英語が通じるという要因もありました。
このような企業の海外進出を見越し、シリコンバレーのベンチャーキャピタルも、インドへのアウトソーシング専門会社や、現地のコールセンターに投資を始めているようです。YahooやCisco、Googleなどへの投資で知られるSequoia Capitalも、これに名を連ねています。投資の理由としては、インドの安い賃金で、3割から6割のコスト削減を可能にするという発展性を挙げています。
シリコンバレーでも、エンジニアは、アウトソーシングに対しかなり神経質になっているのがわかります。しかし、それに輪を掛けるように、近頃は、インドから中国へのアウトソーシングの動きも見られ、状況は複雑化を呈しています。ソフトウェア開発・輸出で急成長を遂げる、インドのInfosys Technologiesも、中国に200人規模の子会社を作ると発表しています。
今時のアメリカのカスタマーサポートが "スティーブ" と名乗ったにしても、彼の名前は、実は "サンジェイ" なのかもしれないし、彼を支えるソフトウェアは、"リーウェイ" さんが作ったものかもしれません。
アメリカのH-1B発行数の減少が、実のところ何を意味するのか、また、発行枠の縮小が業界にどのような影響を及ぼすのか、しばらく経過を観察する必要がありそうです。
<ベイエリアと政治>
世界中の注目の的となっていた、カリフォルニア州知事のリコール戦も終わり、少しは騒ぎも治まったところです。州内の大方の新聞の激励もむなしく、デイヴィス知事は現職を退くこととなりました。追うは強く、追われる者は弱いのは世の常です。
いつかこの辺のアメリカ人に、お前の国では、東京や大阪の知事にコメディアンを選ぶのか?と言われたことがありますが、こちらも同じようなものです。リコール戦の終わった週末には、さっそく、NBCの人気コメディー番組 "Saturday Night Live(サタデーナイト・ライヴ)" では、選挙のパロディーのオンパレードとなりました。この中には、緊急記者会見が開かれ、シュウォルツネッガー氏が、知事の座を対立候補だったブスタマンテ副知事に譲るという場面もありました。"僕はこれから何をやっていいのかわからない。だって僕は、今までボディービルダーと俳優だったんだ" という理由です。ニューヨークからの冷ややかな眼差しを感じるブラック・ユーモアです。
選挙の成り行きは、日本でも相当詳しく報道されていたと思いますが、ここではちょっと違った観点から、選挙を眺めてみましょう。まず、55対45で、カリフォルニア全体が一様にリコールに賛成だったように思われがちですが、実は、地域によって様相は大分異なります。
シリコンバレーを含むサンフランシスコ・ベイエリアでは、64対36で、圧倒的にリコールには反対でした(ベイエリアというのは、サンフランシスコ湾に接する9つの郡を指します。サンフランシスコ郡や、シリコンバレーの大部分が広がるサンタクララ郡、オークランド・バークレー両都市が位置するアラメダ郡、ワインの産地ナパ郡などが、これにあたります)。
サンフランシスコなどは、リコール反対派が8割にものぼり、民主党支持の震源地ともなっています。そこから民主党基盤は同心円状に派生し、ベイエリアと北カリフォルニアの海岸線は、すべてリコール反対を固持しています。
一方、南カリフォルニアは、ロスアンジェルス郡以外、全地域がリコール賛成多数となっています。カリフォルニアの北と南では、考え方がかなり違い、海岸線の都市部を外れると、保守的な土壌が根強く残るわけです。
とは言え、選挙の結果からは、支持政党を問わず、民衆の幅広い支持がうかがわれたシュウォルツネッガー氏です。が、彼の今後の政治生命は、とにかく州財政の巨額の赤字をどう解決するかに懸かっており、多難な道行となりそうです。
選挙公約のひとつだった自動車登録税の増税撤回ですが、これを実施すると40億ドルの収入減となり、その穴埋めには、教育や福祉を犠牲にしなければなりません。増税撤回の公約を破っても不満が高まるし、教育・福祉をカットしても人気は下るという、綱渡り状態です。
不法移民への運転免許証発行も、今後揉め事となるでしょう。7月にご紹介したように、おもにメキシコ国境を渡ってきた不法労働者に対し、運転免許を発行しようという動きが強まっており、リコール戦の直前、デイヴィス知事はこの条例に署名しました。しかし、シュウォルツネッガー氏は、カリフォルニアで力を伸ばしつつあるラテン系移民の人気取りだとこれを批判し、国土安全の観点から、この条例を撤回すると公約しています。
ドメスティック・パートナー(domestic partners)に関する条例の行方も気になります。州の仕事を請け負う業者は、社員の同性のパートナーに対し、結婚と同じ福利厚生を保障せよという画期的な法令です。同性カップルの多いカリフォルニア州では、デイヴィス政権のもと、同居する者同士のドメスティック・パートナー登録が1999年に開始され、既に2万1千組が登録しています(たとえば、プライベートのゴルフクラブなどで家族会員を認めるところは、原則的にドメスティック・パートナーも認めなければなりません)。
2001年には、ドメスティック・パートナーに健康保険、相続権、医療の場での決定権などを与える条例も制定されました。更に、今年9月には、親権、財産譲渡、葬儀・埋葬の手配などと、その権限は結婚と同等に広がって来ています。これに対し、州上院の共和党議員が中心となり、"男女間の結婚のみが法的に認められるべきだ" と、住民投票に持って行く構えも見られます。
今回のドメスティック・パートナーの新条例は、リコール戦の直後、デイヴィス知事が署名したもので、2007年から施行される予定です。しかし、共和党知事のもと、これもひと揉めあるかもしれません(リコール戦の結果が正式に認定されるまで、デイヴィス知事は現職にあり、議会を通った法案の署名や役職の任命も可能です。その間署名した条例は200を越えます。役職任命の方は、州上院での承認が必要となります)。
昨年11月に詳しくお伝えしていたように、現在カリフォルニアでは、副知事以下、州の要職と上院、下院すべてを民主党が握っています。ここに共和党知事が少数の味方とぽつんと置かれることになるのですが、彼の意向がどこまで通るのかは不透明な状況です。一方、ブッシュ大統領との結びつきも強く、これがお互いの追い風となるかもしれません。
来月シュウォルツネッガー氏の宣誓式の後、彼の一挙手一投足は世界中のメディアの吟味に晒され、コメディアンの格好の題材となります。もしかしたら、彼の州知事選出馬は、来期となる2006年まで待った方が無難だったのかもしれません。
夏来 潤(なつき じゅん)