2月の関心事:税金とガムテープ

2003年2月27日

Vol. 43


2月の関心事:税金とガムテープ


 今回は、テクノロジーをちょっと離れ、筆者の体験談などを交えながら、日常のいろいろを気楽に書いてみることにいたします。


<IRSの甘い言葉>
 前回お知らせした、連邦税務機関IRSのオンライン確定申告、e-file無料サービスのお話ですが、筆者は、何となくだまされた気がしてならないのです。
 タダで申告ができるのかと、喜び勇んでIRSのWebサイトに行ってみました。タダの申告を指す "Free File" なるところをクリックすると、次の画面で、"始める前に" だの "主要な定義" だの "よく質問されるQ&A" だのが出てきます。それを読んでいると、面倒くさくて、まず申告者の半分が脱落するようにできています。そして、いったい誰が恩恵に与れるのか、謎は深まるばかりです。
 そこで、エイヤッとばかり、"Start Now!" のボタンを押してみると、ようやく、税金ソフト会社一覧に入るヘルプボタンが出てきます。そして、ソフト会社一覧表に入ってみると、開口一番、"何これ?" でした。

 17社あるソフト会社は、無料e-fileに関し、各々異なる条件を出しているのですが、今まで真面目にオンライン申告をしてきた人には、なかなか当てはまらないようにできています。たとえば、20歳以下の若い世代専用のサービスがあります。50歳以上もあります。一部の州、たとえば、アリゾナ、ジョージア、ウィスコンシンなどへの無料サービスもあります。軍隊のメンバーは歓迎というものもあります。
 しかし、一番一般的な条件、収入で蹴散らされる人がほとんどなのです。申告する単位である個人か一家の年収が、ある上限を超えるとアウトなのですが、上限は、大抵の場合、3万ドルより下に設定されています。これでは、家族の誰かがハイテク産業に従事する世帯が4割を超えるシリコンバレーでは、まず恩恵に与ることはできません。
 申告者の6割が該当するというe-file無料キャンペーンでしたが、これではパソコンを持っている人のほとんどは無料の条件から漏れ、プロモーションになっていないような気がします。デジタル格差(Digital Divide)をなくそうという大義名分は立派なものですが、現実とのずれが存在しているようです。
 更にこだわると、"申告者の6割" という数字自体も怪しいものです。商務省統計局のデータによると、2001年現在、ひとり世帯も含め、全米世帯の収入の中間値は4万2千ドルもあるそうです(中間値とは平均値ではなく、5割の世帯はこれ以上の収入、5割はこれ以下という中間の値です)。

 今のご時世、あまり文句を言うと国外につまみ出されそうなので、この辺で黙りますが、今回学ばせていただいた教訓はこうでした。連邦政府の甘い言葉には裏がある。


<病気の診断はお電話でどうぞ>
 家族が風邪をひいてしまいました。具合が悪いから、家に戻るまでに、病院の予約を取って欲しいと言います。病院に電話すると、予約係からアドヴァイス・ナース(電話で応対してくれる看護師さん)に繋げられ、症状を根掘り葉掘り聞かれます。当然のことながら、本人ではないので、細かい事は答えられません。
 そこで、ナースは、次回は本人に掛けさせてねと言いながら、車を運転して自宅に向かう本人の携帯に電話し、3者の電話会議に切り換えます(筆者はただ聞いているだけでしたが)。間もなくナースは症状を把握したようで、主治医にメッセージを送るから、連絡を待つようにとの指示でした。
 30分後、自宅に戻った本人に主治医から電話がかかり、更なる問診の結果、今流行りの風邪だということに落ち着きました。咳と喉の薬を2種類処方するから、後で病院に取りに来るようにとの指示です。本人が自宅に電話を掛けてきてわずか1時間のうちに、病院で主治医に会うことなく、診断が下されました。
 大きな病院なので、処方薬が準備されるまでに更に3時間掛かりましたが、夕方には無事薬も手に入り、本人も安心したようです。主治医にしても、風邪などの診断には、電話の問診で十分のようです。

 具合が悪いと言っている本人を電話口に出せというのも酷な話のようですが、実際、筆者も、これに思い当たることがあるのです。
 フロリダ州に住んでいた頃、現地の奇妙なウイルス性の病気にかかり、高熱に1週間ほどさいなまれたことがあります。病院に行き、血液を取られ、薬をもらったのはいいけれど、その薬がなかなか効きません。
 数日後、高熱に苦しんでいるところに病院から電話がかかり、検査の結果、新しい薬が必要だから、取りに来るようにと言います。熱で意識が朦朧(もうろう)とする中、"薬はもらったからもういい" と電話を切ったのですが、さすがに病院もこれではいかんと思ったらしく、家族に連絡し、新しい薬を取りに来るよう指示してくれたようです。
 薬の副作用はかなりひどかったのですが、間もなく病気は治り、めでたしめでたしでした。あの時、家族に連絡がなければと思うと、ぞっとする話ではあります。


<流行りのテレビ番組>
 単なる四方山話です。今、アメリカのテレビ業界では、リアリティー分野なるものの花盛りで、これさえあれば視聴率が稼げると、どのテレビ局も一生懸命に新番組に取り組んでいます。リアリティーの意味は、俳優や有名人ではなく、一般人が出ているということで、日本でも放映されている "サバイバー" などが、この分野に属します(日本版の方が、オリジナルのアメリカ版よりもすさまじいかもしれません)。

 実は、この分野の歴史は意外と長く、音楽番組で名を馳せたMTVが、1992年に始めた "リアル・ワールド" という番組が初代と言われています。今のリアリティー番組よりももっと素朴な企画で、ニューヨークやサンフランシスコの都会にある大きな家で、男女7人が共同生活をする様を包み隠さず描くという番組です。一種ドキュメンタリー番組のようでもあります。
 その後、シーズンにひとつふたつと新しいリアリティー番組が登場しましたが、2000年から2001年にかけて、最盛期を迎えます。一般大衆から新たなポップグループを選ぶ "Making The Band" や、ヨーロッパの大人気番組を模した "Big Brother" などが話題となりました。
 後者は、"リアル・ワールド"形式に、3ヶ月間他人がひとつ屋根の下で暮らす様を覗くというものですが、毎週の追放を免れ、最後に残った人は、50万ドルの賞金を獲得というひねりがあります(番組のタイトル "Big Brother" は、お上などに監視されている状況を意味しており、CBSの敷地内に作られた家には、トイレ以外どこにでもカメラが仕掛けられました)。この番組をきっかけに、voyeurism(覗き趣味)なる言葉が、一般的に使われるようにもなりました。
 しかし、何と言っても、2000年6月にデビューした "サバイバー" が、この分野の王様的存在と言え、これ以降、この種の極限状態リアリティー番組がヒットチャートの常連となりました。

 けれども、2001年9月に起こったテロ事件を境に、マスメディアを取巻く状況も大きく変わり、リアリティーテレビも下火となってしまいました。現実の方が、テレビ番組などよりもよっぽどインパクトが大きかったからです。
 しかし、人の記憶が薄れるとともに、またしても他人の生活を覗き見たいという欲求が首をもたげ、リアリティー番組の復活となりました。ありがたいことに、暗い世相からの逃避行先ともなってくれます。けれども、今回は様相が少し異なり、恋愛物が中心となっています。
 今年1月から8週に渡り放映されたふたつの番組、ABCの "Bachelorette" とFOXの "Joe Millionaire" は、サバイバー以来の、久方ぶりのリアリティー大ヒットとなりました。前者は、独身女性ひとりが、25人の独身男性の中から結婚相手を選ぶというもので、以前 "Bachelor" という名で2シリーズ放映したものの女性版となります。女性が選ぶ側に立った事で、がぜん皆の興味がそそられ、ラジオのトーク番組やインターネットのチャットでは、あの人がいい、この人がいいと大騒ぎになったようです(この種の恋愛リアリティーは、女性の視聴者が多いのです)。

 一方、"Joe Millionaire" の方は、FOXらしく、癖のある番組に仕上がっています。5千万ドルを相続した男性が、20人の独身女性の中からひとりを選ぶというもので、やはり彼が相続したフランスのロワール地方のお城でロケをしています・・・という彼の話は、実は真っ赤なウソで、工事現場でブルドーザーを動かす年収2万ドルの男なのです。ただ、見掛けはいいので、付け焼刃で執事からワインの選び方などを学ぶと、ちょっとしたお金持ちに見えます。
 放映の段階では、視聴者の方も彼の嘘っぱちを知らされていて、20人の金目当ての女性達(gold diggers)がおとぎ話にだまされながら、ひとり、またひとりと脱落していくのを、毎週嬉々として見ているわけです(タイトルに使われているジョーという男性名は、日本の太郎さんのようなもので、ジョー何某といった感じです)。

 金がなければ、愛を繋ぎとめるのは難しいという命題に真正面から取り組んだ番組ではありましたが、結局、最後には、視聴者の方もだまされました。大方の予想を裏切り、男性は一番素朴な、田舎の学校の先生を選んでしまうのです。
 そして、彼女の方も、お金が無いなら知らないわと怒って帰るかと思えば、彼の大嘘を許し、カップルとなってしまったのです。彼がお金持ちじゃない普通の人と知って、ほっとしたと言っています。
 めでたくカップルとなったふたりには、FOXから百万ドルが贈られ、これには、今までウソで塗り固めてきた男性の方がびっくりでした。最終回は、視聴者4千万人を記録し、FOXは、四大ネットワークの視聴率トップに踊り出ました。

 水を差すようではありますが、この手の番組で結ばれたカップルは、まず長続きしません。ひと月持てばいい方のようです。しかし、カップルが続くかどうかは、視聴者にとってはまったくどうでもいいことかもしれません。


<流行語はガムテープ>
 もうすぐヴァレンタインデーと世の中が浮かれ立つ2月中旬、ブッシュ政権は、テロ対策のアドヴァイスを国民に向かって発表しました。今年1月、国土安全保障省(the Homeland Security Department)が発足して以来、初の大きな記者会見ではありましたが、結果的には、これがいい迷惑となってしまいました。

 この会見は、前の週、テロ警報が "高" に上げられ、米国へのテロ攻撃の可能性が高い事を示唆したのを受け、国民にも準備を促す目的で行なわれたもので、緊急物資となる水や食料、薬、懐中電灯などを各家庭に備えておくようにという主旨でした。地震などの災害に備え赤十字が出しているガイドラインにもあるように、これらは、日頃多くの家庭が準備しているものではあります。
 が、実は、その中に、余計なものが入っていたのです。それは、ガムテープとビニールシートです(日本でも防水に使われる、あの青いシートです)。
 テロ攻撃は、何も爆弾によるものとは限らず、化学兵器や細菌兵器も充分に考えられます。もし、そういった攻撃方法が取られたならば、一般家庭では、身を守るために、家中の隙間をガムテープとビニールシートで埋め尽くせというのです。イスラエルでは、一家にひと部屋、ガムテープで遮蔽された場所を持つことが法律で定められているそうで、どうやらブッシュ政権はこれを真似たようです。

 しかし、専門家に言わせると、化学・細菌兵器が使われた場合、その後わずか数秒で確実に被害に遭うわけで、それから悠長にガムテープを貼るなどという事はあり得ないのです。ちょっと常識のある人には、それがすぐにわかるわけですが、科学に疎いアメリカ人の多くは、Home Depotなどの大工道具の店に殺到し、ガムテープやビニールシートがあっと言う間に店から消えてしまいました。
 科学者からの助言で間違いに気付いた安全保障省は、さっそく翌週、記者会見を開き、ガムテープは押入れにしまい込むようにとお達しを出しましたが、何とも恥ずかしい勘違いではありました。
 この一連の大騒ぎに関し、歴史の教科書に載るほどのヒステリアだ、と表現した友人もいました。経済活性化の苦肉の策か、と皮肉を言う人もいました。

 ところで、2月に入り、シリコンバレー最大の電器店Fry'sでも毒ガスマスクが売られ始め、いやがうえにも、今の状況を認識させられる今日この頃です。


<Centenarians>
 最後に、おじいちゃん、おばあちゃんのお話です。昨年9月、ハワイのオアフ島に住む高齢者、イトおばあちゃんをご紹介しました(9月23日掲載"ハワイあれこれ")。彼女はアメリカで3番目の高齢者でしたが、その時ご紹介した彼女の先輩、ミシガン州のジョン・マクモラン翁が、先日、残念ながら113歳で亡くなりました。

 これでイトさんは、113歳にして国で2番目の高齢者となったわけですが、一番の長寿であるメアリー・クリスチャンおばあちゃんは、カリフォルニアの人です。1889年6月生まれの同じく113歳で、イトさんより6ヶ月年上です。イトさんと同様、視聴覚は衰えていますが、頭の切れはとても良いそうです。牛肉とジャガイモが大好物で、2年ほど前までは、KFCのフライドチキンなども食べていたというスーパーおばあちゃんです。その元気さには、医者も驚くほどだそうです(メアリーおばあちゃんよりずいぶん若い筆者でも、KFCはちょっと避けたいですね)。
 1906年のサンフランシスコ大地震の時は、近郊のリッチモンドにあるチョコレート工場で働いていて、床に落ちて割れたチョコレートを自宅にお持ち帰りさせてもらったわよ、と思い出話をひ孫達に披露しています。生きた歴史を後世に伝えるために、一日でも多く長生きしてもらいたいものです。(ちなみに、題名のcentenarianというのは、百歳を越えた長寿の方々のことです。)


夏来 潤(なつき じゅん)

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