- ホーム > シリコンバレー・ナウ > 業界情報 > 日常生活(パート2):PDAと携帯電話
日常生活(パート2):PDAと携帯電話
Vol. 37
日常生活(パート2):PDAと携帯電話
前回に引き続き、今回もこちらの日々の生活を、テクノロジー環境を中心としてお伝えしてみようと思います。
<犬とお散歩>
友人B氏のお話です。ある時、ペットの犬が家族の一員となって以来、彼の生活パターンが変わってしまいました。犬のお散歩が彼の役目となってしまい、好むと好まざるとに拘わらず、毎朝家の近所をこの犬と歩くことになったのです。
機転の利くB氏は、この時間を無駄に過ごす手はないと、お好みのPDA、ハンドスプリング社のVisor Prism(ヴァイザー・プリズム)を利用し、歩きながら、Eメイルのチェックをすることにしました。
日本のiモードがあれば話は簡単ですが、B氏は代わりに、OmniSky(オムニスカイ)の無線Eメイル&インターネット・サービスというPDA向けのサービスを使っています。会社や私用のアカウントのEメイルがOmniSkyのアカウントに転送され、好きな時にPDAで受け取れます。
無線でインターネットにアクセスもできるので、iモードのように、PDA専用にフォーマットされたWebサイトで、レストランや店舗などの情報検索もできます。会議中に、必要な情報をWebで逐一入手できるのも、便利な点です。
アンテナ付きのモジュールは別売りで、サービスは月30ドル強の定額とお手頃です(現在は、大手ISPのEarthLinkがサービスを引き継いでいます)。
この手のサービスとしては、プーマテック社の協力で、リサーチ・イン・モーション社が1999年に開始した、BlackBerry(ブラックベリー)というEメイル・ページャーのサービスが草分けですが、B氏にとっては、画面が大きく、ワープロやスプレッドシート機能も付いているPDAを使うサービスの方が、使い勝手が良いようです。
勿論、OmniSkyも万能という訳ではありません。例えば、通信範囲に制限があり、B氏の場合、近くの市道で通信が切れる障害があります。シリコンバレーの中でも、一部通信不能な場所もあります。また、歩いていてはうまく繋がらないので、メイルをダウンロード中は立ち止まらなくてはいけません(犬はダウンロード中であろうと、構わず歩きたがります)。しかし、このサービスは、一度使い始めるとなかなか手放せないもののようです。
一方、PDAでの情報アクセスの延長として、PDAと携帯電話の合体型があり、ここ2、3年、アメリカでも新製品が登場しています。B氏が使っているVisorを提供するハンドスプリング社も、今年、Treo(トゥリオ)というハイブリッド製品(白黒とカラーの2種類)を発表し、ビジネスウィークやウォールストリート・ジャーナルなどの評論家の間では良い評判を得ています。OmniSkyと同様、Treoにも、社用や私用のEメイル転送サービスがありますが、こちらは定額ではなく、時間により課金されるので、使い過ぎに気を付ける必要があります。
また、PDAと携帯電話のハイブリッドというコンセプト自体も、誰にでも受けるというものではありません。先日も、携帯電話サービスキャリアのヴォイスストリーム社が、マイクロソフトのポケットPCの電話内蔵バージョンを発売し始めましたが(HP社のPDA、iPaqを製造する台湾のHTC社製)、こちらの方は、Treoより低い評価を受けています。
携帯電話としては、キーボードがないので電話が掛け難いし、PDAと併用なので電池残量の心配をしなくてはいけないし、ヘッドセットを使わない限りPDAのスクリーンが顔に接触して曇るし、結局、両方必要な人は、両方持ち歩くだろうという批評です。どちらかと言うと、電話に機能を追加した方が、正しいアプローチではないか、という評も耳にします。
B氏の場合も、今までのスタイルのVisorとOmniSkyサービスで満足しているので、電話内蔵型PDAに移行する気はないようです。
もともとB氏は、PDAのパワーユーザーと言え、スケジュール管理だけではなく、初対面の人の情報を細かく書き込み、次回に会った時の参考書代わりに使ったり、プレゼンテーション用のモジュールでVisorをプロジェクターに繋ぎ、PDAでお客様にプレゼンをしたりしていました。
今回のペットの件では、思いもよらずこれが生活改善に役立ったようです。犬が一日のスケジュールに割り込んで以来、通勤前のひとときに仕事のメイルやビジネスニュースに目を通し、準備万端でオフィスに向かう、というビジネスパーソンの鏡のような生活を送っています。
"あの犬のお陰で、生活パターンが変わってしまった" とB氏は言うものの、規則正しい彼の生活は、うらやましい限りです。
<ハイテク犬>
こちらはB氏の犬のお話です。B氏がPDAでメイルやニュースを見ている傍ら、彼の犬も負けずにハイテクしています。体にチップが埋め込まれているのです。
これは、迷子対策のために、持ち主の連絡先が記録されたチップをペットの体に埋め込むもので、サンタクララ郡では、ほとんどのペットが、予防接種とともに受けています。迷子のペットが動物病院に連れて来られると、獣医がスキャナーで情報をスキャンし、持ち主に連絡する仕組みになっています(スキャナーの電波でチップが作動)。首輪の身分証明では、外れてしまう可能性があるので、ちょっと残酷なようですが、チップが使われているのです。
先日も、迷子になった犬がベイエリアの3つの都市を転々とし、拾い主が獣医の所でスキャンしたお陰で、ようやく10日後に持ち主の元に帰ることができたというお話がありました。首輪と4種類の情報札はすべてなくなっていたそうです。
チップの埋め込みは、情報登録込みで50ドルほどですが、迷子のペットを血眼になって探す持ち主にしてみれば、安い投資と言えます。
ところで、最近は試験的に人間にもチップが埋め込まれ始め、いよいよサーボーグ時代の到来かと世の中を驚かせています。去る5月、フロリダ州の3人家族が米粒大のチップを腕に埋め込み、人間チップの第一号となりました(勿論、3人は自ら希望しています)。
これは、Applied Digital Solutions社のVeriChipという製品で、ペット用チップの類似品です。注射器で体に挿入するため、局部麻酔の後、簡単に済みます。この家族の父親は、複数の病症を抱え、十数種の薬を服用しており、今回のチップは、あくまでも本人がしゃべれない状態を想定した救急対策です。プライバシーの観点から、チップには病歴そのものは記録されず、電話番号と今までの処方薬の履歴が書かれています(今のところ、128文字まで記録)。
情報をスキャンすると、インターネットを介し、個人のカルテや、ペースメーカー、人工関節などの体内の医療機器に関する情報にもアクセスできるようになっています。
将来的には、この手のチップは、アルツハイマー患者にも使われることになるようで、ADS社は、次世代のリチウム・イオン電池内蔵チップにGPS機能を入れることも計画しています(こちらは25セント大で、手術で挿入。チップ内の電池の問題は克服し、今後は信号を送るアンテナ改良が課題。GPSは、勿論Global Positioning Systemsの略で、衛星で居場所を確定する機能)。
ADS社によると、現在、フロリダ州だけで、チップ希望者が4、5千人いるということで、今後ベービー・ブーマー達が老いていくにしたがって、体内チップの需要は確実に増えるようです。
また、同社は、GPS機能をページャーに取り付けたデジタル・エンジェルという製品をカリフォルニア州に納めており、こちらは既に実用段階です。かわいい名前とは裏腹に、これは、決められた場所にしか行けない仮出所中の受刑者の行動を、GPSでつぶさに追うために使われています。
既にこの手の製品は30州ほどで実用化され、受刑者の手首や足首に付けられた装置は、少しでもコースを外れると、監察官のオフィスの警報を鳴らします。
ところで、5月に行なわれたチップの人間への試験的挿入の後、医療分野を司る米国食品医療品局(FDA)は、病歴が書かれていないチップも医療機器として認可が必要だと立場を変更しています。このFDAの認可プロセスは長いものと思われますが、ADS社は既に、子供の誘拐が多発するブラジルで、VeriChipを売る契約を済ませています。
人間チップ第一号の14歳の少年は、自ら強く希望して先端テクノロジーの担い手となったそうで、彼のように、チップに対するこだわりがまったくない人も多いようです。子供が生まれると、迷子対策のためにチップを埋め込み、状況が変わるごとにチップ上の情報も書き換えていく、といった世の中が案外すぐそこに来ているのかもしれません。
<日本がうらやましい>
携帯電話のお話です。1999年春、日本でiモードが発表されて以来、機能満載の携帯電話サービスが瞬く間に世の中を席捲してしまったわけですが、最近は、それがもっと進化して、ビデオ動画を送れるようになったと聞いて、携帯後進国のアメリカで驚いているところです。
こちらでも、日本の動向は注目の的で、古くは "親指文化(thumb culture)" や "親指族(thumb tribes)" なる言葉から、最近は渋谷の地下街で飲み物を携帯で購入したり、テレビ電話を試したりといった密着取材まで、何かと報道ネタになっています。
日本のケータイと違い、こちらの携帯は、ようやく最近メイルやゲームのサービスが始まったものの、楽しい着メロや、カラフルでおしゃれなデザインなどとは縁遠く、電話を使って遊んでみようというワクワクした気になれません。
こちらで話題になることと言ったら、先日スタンフォード大学で開かれたテニス・トーナメント、ウェスト銀行クラシックで、アナ・コーナコーヴァ(トップクラスには勝てないけれど、女優のように注目される選手)が、試合に勝った直後のテニスコートで、携帯で誰かと話をしていただとか、携帯キャリアのヴォイスストリーム社が、ベイエリアで新たにサービスを始めたけれど、スポークスパーソンである女優のキャサリン・ゼタ・ジョーンズ(年の離れたマイケル・ダグラスの奥さん)はベイエリアのセレモニーに来るかしら、とかそんなことばかりです。
現在、アメリカには大手携帯キャリアが6社あり、お客の奪い合いでしのぎを削っています。ベイエリアでも、7月、"T-Mobile"と改名したヴォイスストリーム社が加わったことで、すべての大手キャリアのサービスを利用できるようになりました。
しかし、昨年一年間で、5千3百万台の携帯が売れ、累積すると、アメリカの人口の半数近く、1億4千万人に行き渡っており、新たな顧客を募るのは難しくなって来ています(昨年の販売台数は米国家電協会、累積はTelephia社6月発表のデータ)。
加えて、次世代の高速データ通信のための設備投資で、どこの会社も支出が莫大に膨らんでおり、キャリアの経営は一段と厳しくなって来ています(Telephia社によると、昨年、6社でのシステム・アップグレード費用は推定2兆4千億円)。
業界は、あの手この手で消費者の気を引こうと、"T-Mobile" や "M-Life(AT&Tワイヤレス社)" などの新名称でイメージアップを図っていますが、結局は、斬新なサービスや誰にでも喜ばれる機能での個別化ではなく、月額40ドルで全米週末掛け放題など、安売り合戦に終始しています。ベイエリアのように、都市部ほどその競争は激化していて、低料金でお互いの首を絞め合っている状態です。
また、激戦区では、二重三重に重複した設備投資ともなっていて、先述のPDAと携帯のハイブリッド製品などは、キャリアの投資回収というお家の事情で、実際に使えもしない製品を消費者に売りつけようとしている表われだ、といった悪口も聞かれます。
(そんな悪口にも負けず、10月には、スクリーンがスライドし、キーボードが出てくる新デザインのハイブリッド製品、T-Mobileサイドキックがデビューする予定。日本でもヒップトップという名で話題になった製品で、EメイルやWebアクセスだけではなく、プーマテック社のPIMソフトとのシンク機能も目玉。これを作るパロ・アルトのDanger社は、アップルの創設者のひとり、スティーブ・ウォズニアックが役員であることでも有名です。)
今、この業界では、6社から2、3社に減るのは必至だとされ、合併の様々な憶測が流れています。例えば、テクノロジー陣営内でまとまるという予測。CDMAテクノロジーを使う2社、最大手のヴェライゾンとスプリントがくっつき、GSM、GPRSテクノロジーを使う3社、業界2番手のシンギュラー、AT&Tワイヤレス、T-Mobileのいずれかが統合する、というもの。
その他、独自のiDENテクノロジーを使うネクステルがどこかに吸収されるか、ドイツ・テレコムの傘下にあるT-Mobileが売りに出される、などです。カリフォルニア州やニューヨーク州でのシンギュラーとT-Mobileのネットワーク共用など、すでに協業体制も各地で見られ、それらが統合の暗示か、とも言われています。
業界に対する連邦通信委員会(FCC)の規制は来年緩和され、合併の手助けとなるものの、市場独占の可能性が出てくるので、司法省が絡む話にもなるようです。いずれにしても、歴史的に複雑なこの業界の系譜に、またひとつ新たな世代が加えられることになりそうです。
ところで、こちらの次世代サービスとしては、今年1月からヴェライゾンが始めたデータ通信サービスが先駆的存在で、その後徐々に他の会社にも広がりつつあります。しかし、使い放題のサービスは月額100ドルと高価で、これでは一般ユーザーに受け入れられるのは、まだまだ先のことになりそうです(こちらのブロードバンド普及のパターンによく似ています)。
上記サイドキックは、月40ドルでメイルが使い放題となるなので、携帯メイルを始めとして、次世代サービスの普及に貢献することになるかもしれません。
一方、こちらでは、一般ユーザーのテクノロジーに対する認識もあまり高くないようで、買い替え時に欲しい機能としては、アドレス帳、音声認識(声でダイヤル)、インスタント・メッセージが上位3つとなっています。それに、アラーム時計、着メロダウンロード、Eメイルと続きますが、インターネット・アクセスや、音楽再生、デジタルカメラなどのマルチメディア機能は、あまり人気が高くありません(Telephia/Harris Interactive社7月発表の共同調査)。
8月からは、デジタル写真の通信もオプションとして始まるようですが、この経済スランプ時に、どれほどユーザーに広まるか疑問です。また、携帯の重要性を認識し、家の電話から携帯一台に乗り換えたという人は、わずか3パーセントしかいないようです(Yankee Group今年前半の調査)。
携帯というと、キャリア側も、ユーザー側も、どうしてもビジネス用という固定概念が強いようで、日本のように、ケータイひとつで誰もがコミュニケーション、という状況にはまだまだ追いつけないようです。
夏来 潤(なつき じゅん)