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ヒューレット・パッカードとフィオリナ氏:1足す1は2でしょうか?
Vol. 23
ヒューレット・パッカードとフィオリナ氏:1足す1は2でしょうか?
2週間前のテロ攻撃で、忘却の彼方に去ってしまいそうなニュースではありますが、9月上旬、シリコンバレーのコンピュータ会社、ヒューレット・パッカードが、テキサス州のコンパック・コンピュータを買収することを発表しました。
この日、9月3日は "労働の日(Labor Day)" と呼ばれるもので、地下鉄や大手スーパーマーケットなど一部の雇用者が、経営者側と賃金交渉をしていた他は、家族とのんびり夏の最後を楽しむ一日でした。HPとコンパックの合併は、ウォールストリートの株式アナリストの間では、既に噂になっていた話だそうですが、一般人にとっては、3日間のウィークエンドをびっくり話で締めくくることとなりました。
【フィオリナ氏、最大の賭け】
今回のニュースに関しては、HP、コンパック両者とも、IT業界での自分達のあり方を模索していたようなところがあるので、そういう意味では有意義な合併になる、と評価するアナリストもいるようです。でも、大方の見方は、こんなに文化の違う2社がうまく融合できるのか、とか、結構やっていることが同じで、無駄がいっぱいあり、1足す1は2にはなれないかもしれない、といった懐疑的なもののようです。コンパックにとっては、1998年のデジタル・イクイップメント社買収での苦い経験という前科があるので、吸収する側のHPも同様にかなり苦労するだろう、と眉をひそめるアナリストや株主も多いようです。
また、14万5千人に膨れあがる新会社の従業員の中から、1万5千人を解雇することが既に決まっていて、雇用者にとっても、手放しで歓迎するような雰囲気ではないようです。特に、HPでは、合併を待たず、今年中に1万人以上が解雇や配置換えされる予定で、テレビなどで突然今回の合併話を知らされた従業員は、心中穏やかならず、といったところのようです。
株式市場でも、発表の翌日、HPの株価が19パーセント、コンパックは10パーセント下がりました。その翌日も、更に下落が続き、両社とも数年来の最安値を記録することとなりました。普通、合併話が発表されると、買う側の株は若干下がり、買われる側は期待を反映し、かなり上がる、というのがシナリオですが、今回は、投資家達の冷ややかな眼差しが、株価に如実に表われているようです。この合併の意義は、首切りで経費を切り詰めるところにある、という意地悪すら聞かれます。3兆円の値段がついた、HP株での買収も、たった二日間で、7千億円も価値が下がったらしいです(1ドル120円換算)。
HPのCEO(最高経営責任者)、カールトン(カーリー)・フィオリナ氏にとっては、コンパック買収を成功させることは、経営者としての信用巻き返しをはかる、またとない機会と言えます。2年前にCEOとなって以来、何かと話題にのぼってきた彼女ですが、最近は、シリコンバレーの皮肉屋の間では、いつまでCEOを続けられるか、とまで噂されていました。
その中には、ルーセント・テクノロジーズから引き抜かれた2年前、契約金が80億円ほどだったことへのやっかみもかなりあるようです(今は、年棒4億4千万円だそうです)。また、シリコンバレーの外からやってきたマーケティング屋の彼女が、今までヒューレットとパッカードが長い間かけて築き上げてきた、技術に重きを置き、人を大切にする会社文化(the HP way)を、著しく変えようとしている、という反発もあるようです。でも、それだけではなく、在任中必ずしも会社の業績が芳しくないことや、たとえばサン・マイクロシステムズのスコット・マクニーリーのように、過去に会社建て直しの経験がない、などの不安材料も否めません。
それに対し、フィオリナ氏は、サービス分野強化のため、プライスウォーターハウス・クーパーズのコンサルティング部門の買収を試み、それに失敗していただけに、今回の合併は、何としても成功させたい意気込みです。米国経済の低迷が続く中、これは、会社建て直しに向けた、彼女、最大の賭けと言えます。
【女性CEO】
この合併話は、これから両社の株主達の承認を受け、また、独占禁止の観点から、米国政府やヨーロッパ連合の認証が必要となります。お互い思いが変わり、途中で話がお流れになる可能性も、まったくないわけではありません(そうなると、お互いが違約金を支払うことになるそうです)。また、実現したとしても、成功、失敗の結果が出るのは、かなり先のことになります。
この買収に関し、フィオリナ氏の経営者としての才覚がうんぬんされるのは、本来、もっと先になるべきなのですが、発表翌日から、さっそく否定的な意見が大勢を占めるのは、若干公平さに欠けるところがあるようにも見うけられます。
勿論、今のパソコン業界の難しさを考えると、合併が問題解決には必ずしも繋がらない、という意見にうなずけるところはあります。また、オラクルのラリー・エリソンが耳打ちしていたと言われる、2社間のUnixサーバ分野での技術提携に留まっていた方が、ずっと良かったのかもしれません。
ただ、新会社のCEOとなるフィオリナ氏が、いきなり矢面に立たされている背景には、彼女が女性であることが多少なりとも影響しているのでは、という見方もできそうです。しかも、単に女性というだけではなく、9月6日に47回目の誕生日を迎えた、魅力的な女性、と来ています。表立って口にはしないけれど、そんな彼女にちゃんと経営ができるのかな、と疑問視する人も中にはいるようです。
男性が圧倒的にトップマネージメントを占めるハイテク産業で、HPのような、シリコンバレーを代表する企業の経営を彼女に任せるのは心外だ、と密かに思っている人も少なくないのかもしれません。もし彼女が、前クリントン政権の司法長官、ジャネット・リノ氏のような人だったら(背が高くて、がっちりしていて、パロディーショーの中では、必ず男優が真似をする人)、みんな "まあ、いいか" と納得していたのかもしれません(そのリノ氏は、ブッシュ大統領の弟、ジェブ・ブッシュ氏が知事を務めるフロリダ州で、来期の州知事戦に出馬しようと、元気にがんばっています)。
ところで、フィオリナ氏と並び、シリコンバレーの女性CEOとして有名な、ウェブ・ホスティング会社、エキソダス(Exodus Communications)のエレン・ハンコック氏は、HP・コンパック合併騒ぎの中、突然辞任を発表しました。
エキソダスは、ヤフーのホスティングで一躍有名になった会社ですが、最近は、顧客であるドットコム会社の不調や、ホスティング分野の変革に適応し遅れていたなどの理由で、経営がかなり難しい状況にありました。ハンコック氏は、会社の身売りもありえることを公にし、魅力的な買い手を探してもいましたし、経営安定のため投資を募ってもいました。
その彼女は、IBMで重役まで勤め上げた後、ナショナル・セミコンダクターとアップル・コンピュータを経て、3年前エキソダスに入り、昨年6月、CEOに就任しました。ハイテク産業30年のベテランですし、シリコンバレーでもかなりの経験があります。でも、ビジネス環境が急激に悪化する中、彼女の元の雇い主IBMや、電話会社ワールドコム、そしてアメリカに触手をのばしつつある、イギリスのケーブル&ワイアレスなどの競合会社を相手にし、四苦八苦していたようです。
彼女は、以前、サンノゼ・マーキュリー紙のインタビューで、経営者としての一番のチャレンジは、会社を存続させることではなく、ウォールストリートの期待に応えることだ、と言っていたそうです。今回の急な辞任の理由は、明らかにされてはいませんが、もしかしたら、ウォールストリートからの黒字転換のプレッシャーに、少し疲れたのかもしれません。自分のスタッフが気に入らないと、トップクラスの重役でも辞めさせるほどの強い経営者ではありましたが、アナリストや株主達のシビアな眼差しや、経済という気難し屋には、いかに彼女でも勝てなかったのかもしれません。
でも、彼女が辞めるニュースは市場に不安感を与えたようで、この日株価は4分の1下がり、65セントになりました。今は、何をしても市場に気に入られないサイクルに入っているようです。
その後、いよいよエキソダス社は会社更生法の適用を申請するようだ、という噂が流れ始め、株価は更に下落しています。ハンコック氏の辞任は、巨額な負債を抱えた会社を一気に再編するための、準備事項のひとつだったのかもしれません。
【コンパック・ブランド】
ところで、コンパック・コンピュータと言えば、気になることがあります。気が付かれた方も多いと思いますが、半年前、"コンパック・センター" と名前を変えたサンノゼ市のアリーナが、今後何と呼ばれるのか、です。HPとの合併が実現した暁には、"HPアリーナ" と変更されるのかは、まだ何ともわかりません。でも、少なくとも、シリコンバレーの住人にとって、"HP" の方がしっくり来る名前で、今後15年間つきあってもいいかなと思える選択であることは確かなようです。
そのコンパック・アリーナでは、9月20日、テロ攻撃後初めてのスポーツイベントが行なわれました。ここを本拠とするアイスホッケーチーム、サンノゼ・シャークスのシーズン開幕前のエキシビション・ゲームです。駐車場や入り口では、厳しいセキュリティー・チェックが行なわれ、おまけにシャークスの負け試合でしたが、ファン達はホッケーを楽しめるだけで満足そうな様子でした。
現在、全米のスタジアムの上空は、無飛行地帯(no-fly zone)となっており、スタジアムの廻りも厳しい警戒体制が敷かれています。少しでも早く、以前の平和な状態に戻って欲しいものです。
夏来 潤(なつき じゅん)