ナスダック:鬼より怖い除名処分

2001年4月 2日

Vol. 12

ナスダック:鬼より怖い除名処分


 最近は、インターネット関連企業も自然淘汰(natural selection)のプロセスを経ている様で、昨年3月までは株価高騰の波に乗り、飛ぶ鳥を落とす勢いだった有名会社も、時代の流れには逆らえず、ひとつまたひとつと店じまいを宣言しています。
 特に、小売やコンテンツ業にその傾向が強く、先日も、オンラインおもちゃ屋としては代表格で、お客様サービスにも定評があったeToys社が、閉店を発表しました。ヨーロッパの操業も含め3月中旬で完全閉鎖し、"えっ、ここもそうなの?" とクリスマス商戦でお世話になった消費者達を驚かせています。

 こういった中で、傾きかけた会社の延命装置のスイッチを握るのは、テクノロジー企業が集中する株式市場、Nasdaq(ナスダック)です。問題を抱える会社にとって、Nasdaqでの取引持続は最後の砦とも言えるもので、ここから外されると、信用の観点で資金集めがますます難しくなり、よって会社の存続自体が怪しくなります。
 実際、昨年Nasdaqから外された(delisted)5つの会社のうち、ペット商品を扱うドットコム会社としては認識度ナンバーワンだったPets.com社は、外されてすぐ負けを悟り、さっさと店じまいを宣言しました。犬のパペットを上手に宣伝に使い、知名度抜群のサイトでしたが、あまりにあっけない幕切れに、消費者の間に寂寥感すら残りました。
 6番目に除名されたオンライン薬局のPlanetRx.com社は、南サンフランシスコ市にあった会社を経費節減の理由でテネシー州メンフィスに移し、扱う商品もガンやエイズなどの難病の処方薬に制限し、再起をかけています。除名直前、8株を1株とする "逆スプリット(reverse stock split)" を行ない、株価が8倍になることを願いましたが、これがかえって災いし、株価は1ドルから50セントに下がり除名処分となりました。

 Nasdaqが除名候補とするのは、株価が1ドルを割り、それを30労働日続けた会社だそうです。日本と違い、優秀企業でも数十ドルという値で取引される米国Nasdaqでは、株価が2,3ドルになってもまだまだ希望は持てます。事実、昨年初頭の異常な株価高騰以前は、将来有望と目された会社でも、株価数ドルという長い下積みの時期を経験していたりします。
 しかし、1ドルを割ると話は急変し、それこそ心停止寸前と受け取られるようになります。そういう会社には、Nasdaqから通知が届きます。90日以内に株価を1ドル以上に上げ、それを10日以上持続するように、さもなければ、最後の嘆願をNasdaqに行なうように、というものです。
 1ドルルールを守れないと、最終手段として、会社の重役が首都ワシントンDCに出向き、3人のNasdaq陪審員の前で、命乞いをします。もし、これが認められないと、除名処分の憂き目を見ます。

 除名されると、最初に落ちる先がOTCBB(the Over The Counter Bulletin Board)です。前述のPlanetRx.com社は、申し開きもせず、ここに落ちていったそうです。ここでは、大きなリスクが伴うのとリターンが小さいという理由で、一部の勇敢な投資家しか取引しないようですが、それでも、この市場にもそれなりの規則があります。それを守れないと、さらに次に落ちていきます。
 俗にピンクシート(Pink Sheets)と呼ばれるものです。これは、取引にピンク色の紙を使う、という以前の習慣から来ているそうですが、解雇通知のことを "ピンクの紙切れ(Pink Slips)" と言うのと何となく似ています。この市場では、参加企業は、株式市場取り締まり団体のSEC(the Securities and Exchange Commission)に登録することも、会社の収支を公表する義務もないらしいです。さしずめ、"ならず者の集まる無法地帯、西部(the wild, wild, West)" といったところです。

 1971年2月に取引が開始されて以来30年、Nasdaqはじわじわと市場を広げ、現在は5千社ほどが取引されています。1994年には年間取引数で、1999年には取引額でニューヨーク株式市場を追いぬいた、という輝かしい歴史を持っています。こういった強い立場を築いたのは、ホームコンピュータ、携帯電話、インターネットなどのテクノロジーが広く一般に浸透した、ここ数年のことと言えます。
 その急激な発展過程では、参加企業に随分お世話になってきたNasdaqですが、今年に入り、全米で2百社ほどに、除名候補の通知を送りつけたそうです。そのうちかなりの会社が、昨年公開したばかりの新米ということです。昨年3月に史上最高値を記録した後、Nasdaq平均値はそこから6割ほど下がっている現状で、経験が浅い会社ほどその影響を大きく受けているようです。
 シリコンバレー近郊のドットコム会社のうち、除名の危機を迎えているのは、自動車販売のAutoweb.com社、ソフトウェア販売のBeyond.com社、グリーティングカードのEgreetings社、MP3フォーマット音楽販売のEmusic.com社、クーリエ・流通サービスのE-Stamp社、健康・医療情報サイトのHealthcentral.com 社、そして、女性専用の情報発信サイトWomen.com社などがあります。いずれも知名度の高いサイトではありますが、昨年あたりから、経営の不安定さを指摘されていたり、従業員の一部解雇を行なったりしています。

 このうち、Women.com社(Women.com Networks Inc.)は、同業ナンバーワンのニューヨークのライバル会社、iVillage社(iVillage Inc.)に買収されることが先日発表されました。両者とも広告収入に頼っている状況ですが、業種1位と2位の合併後は、増収を狙い、リサーチデータの契約販売などの新分野を開拓するようです。今後2社合わせて月間2千万人近くのビジターを予測しており、3番手であるOxygen社(Oxygen Media)に大きく水をあけることになりそうです。
 この業界は、米国インターネット人口の半数を占める女性視聴者層をターゲットにしているわけですが、これをうまくセグメント化し各々に特化した魅力を引き出せていないので、巨大ポータルのYahoo!ほどにファンを増やせていない、という指摘を今のところ否めません。

 気の毒なことに、先述のオンラインおもちゃ屋eToys社(eToys Inc.)は、閉鎖を待たず2月末にNasdaqから除名されたようです。この会社の業績低迷には、景気の影響が多少あるようですが、おもちゃ業界全体では、それは必ずしも見うけられないようです。現に、世界最大のオモチャメーカー、マテル社(Mattel Inc.)は、看板商品のバービー人形を中心に、年末商戦を含む昨年第4四半期で、増収・増益を記録しています。
 eToys社の場合はむしろ、Toysrus.com (Amazon.comのノウハウを受け継ぎ昨年秋から運営開始した、おもちゃ販売最大手のToys R Us社のWebサイト)や WalMart.com (総合小売チェーンとしては世界最大のWal-Mart社のWebサイト)などの、いわゆるクリック&モーター(click-and-mortar:小売店舗を持つ会社、通称bricks-and-mortarが運営するオンライン・ショッピングサイト)に押されて苦戦していたようです。eToys社は最後まで、吸収合併や会社の建て直しの道を模索していましたが、Nasdaq除名が噂されるようになって、それも更に難しくなってしまったようです。

 こういった比較的新しいドットコム達にとって、Nasdaqは強い味方でもあり、怖い存在にもなり得るわけですが、そこから追い出されるだけではなく、自ら出て行った会社もあります。オンライン証券会社としては古株とも言える、業界2位のEトレード社(E*Trade Group Inc.)は、先日Nasdaqからニューヨーク株式市場(NYSE)に移動しました。世界の名だたる金融会社がひしめく取引市場に移ったことで、一介のドットコム会社から金融業界の一流企業に脱皮したぞ、という意思表示をしたようです。
 過去には大企業が取引市場を変更することはありましたが、オンライン会社(born-on-the-Net companies)のNYSE移動は珍しいようです。

 NasdaqにあかんべーをしたEトレード社に対し、"彼らも大きくなったものだなあ" と感無量のシリコンバレー住人も少なくないと思います。


夏来 潤(なつき じゅん)

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