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テクノロジーにまつわる話:RFID、Push-to-Talk、新種米
Vol.57
ひとつお知らせです。このSilicon Valley Nowシリーズを掲載していただいているプーマテックジャパン株式会社が、インテリシンク株式会社に名称変更されました。それに伴い、このシリーズのURLも変更されております。
それでは、本題に入りましょう。筆者が時々行くシリコンバレーの南端のゴルフ場に、企業向けソフトウェアで有名なSiebel Systemsの経営者、トム・シーベル氏もプレーしに来るようです。何でも、インターネットバブルがはじけた頃は、毎日のように通っていたそうで、本人曰く、"だって誰も製品を買ってくれないのに、会社に行ったって同じだよ"とのこと。
今はそんなこともなくなり、同社の収益も健康的に伸びているようで、シリンコンバレーの景気もボチボチといったところでしょうか。
そう言えば、春の株主総会を目指して送られて来る企業の業績報告書も、どの会社も以前のように豪華なものに戻っているし、好調な不動産業界からは、"あなたの家を買いたい人がいるのよ"と名指しで手紙が舞い込んだりするようになりました。
そんなベイエリアから、今回は、テクノロジー関連のお話をいくつかご紹介いたしましょう。最後に、分類不能なお話も付いています。
<アメリカ流バカな話、テクノロジー編>
先月に引き続き、"おバカさん"なお話の登場ですが、こちらはちょっとシリアスです。
ご存知の通り、スーパーなどで使われている商品上のバーコードに成り代わり、"RFID(radio-frequency identification)タグ"が実用化されつつあります。バーコードに比べて情報量が多く、無線でコンピュータとデータのやりとりができるので、在庫管理、流通コントロール、偽造品の認識などに便利とされています。
既に、米粒大のRFIDタグは実用段階にあり、一部のハイウェイ料金所やガソリンスタンドなどで使われています。カリフォルニアの養蜂家たちは、盗難防止のため、大切な巣箱に取り付けたりしています。以前ご紹介したように、人間にも試験的に埋め込まれたりしています(2002年8月掲載)。
大規模な採用もごく間近で、アメリカの国防省は、主要取引業者5百社に対し、来年夏までにRFIDタグを採用するよう義務付けていますし、ディスカウントチェーン最大手のWal-Martは、2006年までの採用を取引業者百社に促しています。現行のサイズが充分に縮小されれば、紙幣に組み込まれる計画もあります。
ところが、技術的な障壁が次々とクリアされるにしたがって、プライバシーの問題がクローズアップされるようになりました。RFIDタグの追跡能力が裏目に出て、読取装置があれば、店の外で、お客が何を買ったか事細かく読み取れるじゃないかという心配があるのです(低周波RFIDタグは、読取装置から1メートル以内の距離が求められるのに対し、高周波タグは、1メートル以上でも読取可能とされています。タグは、読取機が出す電波で作動します)。
アメリカのWal-Martに先駆けて、今秋からRFIDタグを採用するドイツの大手小売業者メトログループは、昨年4月から、顧客カードにRFIDチップを内蔵していました。これに対し、顧客が店内で買い物をしている間に密かに追跡しているんじゃないかという非難が集中し、既に発行された1万枚のRFID顧客カードを、バーコード付きのカードに取り替えるという騒ぎまで起きました。
同様に、イタリアのアパレルBenettonは、昨年、小売店での大規模なテストを中止しています。
このプライバシー問題の対策として、アメリカでよく耳にするのは、顧客がレジで支払いを済ませた途端に、RFIDタグを殺してしまうという方法です(タグを殺すスイッチが内蔵された型で、Alien Technology、Matrics、Philipsなどが製造しています)。これなら店を出ても、何を買ったか情報が盗まれることはありません。
表面加工業のAvery Dennison(本社カリフォルニア州パサディナ)は、従来の商品ラベルやバーコードのノウハウを生かし、RFIDタグ実用化の急先鋒ともなろうとしていますが、同社は、このRFID消去の方法を試験的に採用し、今後の展開に自信満々のようです。
しかし、このような解決策は、実に短絡的なアメリカらしい思考と言えます。消費者が自宅に持ち帰ったRFIDタグは、いろいろな転用が考えられ、たとえば、冷蔵庫内の商品管理の実用化を目指す家電メーカーも少なくないはずです。レジでRFID情報がなくなったら、元も子もないではありませんか。
自分の段階で問題解決できれば、あとは知ったことか!ということでしょうか。
日本には"次工程はお客様"という言葉すらありますが、彼らにとっては馬の耳に念仏なのです。(こういった時、ふたつの異なる文化の間に入る人は、たいそう苦労するのです。)
追記: RFIDタグの技術的な面は、次のものを参考にさせていただきました。RFID: A Key to Automating Everything. Roy Want in Scientific American, January 2004, pp56-65.
<それって何に使うの?>
日本でもサービスが始まったそうですが、携帯電話の機能の中に、ウォーキートーキー形式に話ができる"push-to-talk(プッシュ・トゥー・トーク)"というのがあります。いちいち相手に電話をかけずに話ができるので、以前から建築現場などで重宝されていました。
この分野の草分けであるNextelは、10年以上前からこのサービスを提供していますが、ここに来て、"Nextelに追いつけ"と、携帯キャリア最大手のVerizon Wirelessが昨年夏にサービスを開始し、データサービスで他をリードするSprint PCSもこれに続いています。
Nextelのユーザーのように、特殊な環境での利用ではなく、幅広いユーザー層の獲得を狙っているのです。また、新機能を追加することで、昨年11月に始まった"番号ポータビリティー"への対抗策とも目されていました。
そこで、この機能はどういった場合に必要でしょうか?
まず、複数で会話ができる利点があるので、みんなでどこかに集合する時に便利です。たとえば、ショッピングモールやスキー場。でも、建物の中では電波が届かない場合もあるし、スキー場では利用不能なキャリアが多いです。
結局、いろいろと考えてみたのですが、プッシュ・トゥー・トークでないといけない場合というのは、なかなか思い付かないのです。実際に使っている人もほとんど見かけませんし、先駆者のNextel以外、キャリアの宣伝を見たこともありません。
今、企業人に大人気となっているパソコンメールのインスタントメッセージ(IM)と違って、たとえば、重役とのミーティング中に、"今夜はすき焼きだから、帰りに牛肉を買って来てね"といった大事なメッセージも送れません。
だって、声の伝達って、結構場所を選びますよね。
<食べ物は薬?>
先月に続いて、またもや遺伝子組み換え種で騒ぎが起きました。州都サクラメントに拠点を持つVentria Bioscienceという小さなバイオテクノロジーの会社が、米をベースに薬を作りたいので、新種米の大規模栽培を緊急に許可してほしいと言い出したのです。
これに対して、上質の米の産地として名高いカリフォルニアの米委員会は、"穀倉地帯から離れていればよい"と条件付でこれを指示し、州と国の農務省の許可待ちとなっていました。
ところが、春の種まきに間に合わないと州を催促していた企業側に対し、州食糧農務長官は、緊急決議すべきことではないと判断を下し、とりあえず今年は、カリフォルニアでの大規模栽培は、可能性がなくなりました。
この2種の新種米は、人間の母乳や涙、唾液に含まれるlactoferrinとlysozimeというたんぱく質を含有するもので、収穫後、乾燥させ脱穀し、粉にして成分を抽出します。これらのたんぱく質は、腸内の感染症に抵抗力を持ち、下痢に効果があるとされています。また、lactoferrinは、消化器官での鉄の吸収を助ける特性もあり、貧血にも効果があるとされます。
世界的には、下痢は5歳以下の死因のトップであり、栄養失調による貧血も広くみられるので、恩恵を受ける発展途上国は多いはずだと指摘されます。動物から抽出されたこれら2種のたんぱく質は、既に粉ミルクなどの食品に添加されているそうですが、米からは大量に抽出できると、企業側は主張しています。
このようなバイオテクノロジー業界での遺伝子組み換え種は、"pharm(ファーム)作物"と呼ばれ、現在300種ほどが研究されています(pharmingとは、遺伝子組み換えの技術を使って、植物や動物を、医療の場で利用できる細胞の生成の場とすることです)。
上記Ventriaの米は、アメリカで初めての"pharm作物"大規模栽培の事例となるところでしたが、この他に、ガン、心臓病、リューマチ性関節炎、糖尿病などの治療に使われる、とうもろこしやじゃがいもの栽培が検討されています。こういった植物は、病気に対抗する様々なたんぱく質の"生成工場"となっているのです。
たとえば、ベイエリアのはずれにあるLarge Scale Biologyは、リンパ腫瘍(non-Hodgkin's lymphoma)の再発を防ぐワクチンを開発し、現在臨床試験の第2段階にあります。これには、タバコの葉の親戚を使います。
まず、腫瘍の細胞から、抗体の遺伝子を取り出し、タバコの葉を枯らすウイルスに注入します(リンパ腫瘍は、病原体に侵された細胞自身が抗体を作り出すという、ユニークな特質があります)。
植物の葉が、このウイルスに侵されると、腫瘍抗体と酷似するたんぱく質を生成するようになります。これをワクチンとして治療に使うのです。ワクチンによって体内に免疫が作り出され、病気の再発を防ぎます。
他のガンと違って、リンパ腫瘍は個人によって性質が異なるため、十人十色のワクチンが必要となります。しかし、従来の製薬のアプローチに比べて、植物を使った、個人に合う特製ワクチンの生成だと、開発の費用も時間も大幅に縮小されるという利点があります。
一方、ワクチン生成植物は、免疫力を強化する抗原を含んだ"ワクチン食品(edible vaccines)"として、口から食べる方法も研究されています。トマトやじゃがいもなどが研究されていますが、ワクチンの量が少なすぎたり、量産に耐えられなかったり、口からの摂取で効果が薄れたりと、克服すべき点は多いようです。
将来性のあるpharmingの分野ではありますが、GM食品(Genetically modified food、遺伝子組み換え食品)と同じく、危険が伴います。なぜなら自然種への混入の可能性があるからです。
上記Ventriaの米のケースは、カリフォルニアという土地柄から、大きな波紋を投じました。米作は、年間5億ドルの産業となっており、日本などへも輸出されているからです。混入の可能性が出てきたら、輸出などできるわけがありません。
実際、GM種の自然種への混入が、社会問題となったことがありました。2000年9月、飼料用に限定されていた"Btとうもろこし"が、メキシコ料理チェーンTaco Bellのタコスに含まれていたとして、回収される騒ぎが起きたのです("Btとうもろこし"については前号で説明していますが、その中で、このAventis CropScience社の品種StarLinkとうもろこしは、人間にアレルギーを起こす可能性があるため回収措置がとられました)。
アメリカばかりではありません。マフィン・ミックスとして、日本、韓国、イギリスでも発見されたと言います。
このStarLinkとうもろこしは、回収騒ぎから3年経った昨年9月の時点で、アメリカの食用とうもろこし全体の1.2パーセントを占めているとも報告されています(米農務省発表)。
さらに2年前、試験段階の"pharmとうもろこし"が、アイオワとネブラスカ生産の大豆の袋に紛れ込んでいたのが発見され、企業側が農務省から罰金を科せられたこともありました。このとうもろこしは、ブタのたんぱく質を使ったワクチン生成に利用されていました。
世界的に見ると、GM種の生産国は毎年増えているわけですが、非生産国だったとしても安心はできません。
昨年GM大豆を解禁としたブラジルでは、許可以前に、すでに大豆生産量の15パーセントはGM種だったと推定されています(Monsantoの除草剤Roundupに抵抗力を持つ同社開発のGM大豆)。
現地で許可されていなくても、お隣のアルゼンチンから混入したり、外部から密輸されたりしたからです。
物の流れを厳しく管理するのは難しいことではありますが、一度壊したものは元通りにはなりませんし、"人の体は食べ物でできている(We are what we eat)"という事実を変えることはできません。
追記: ワクチン生成植物については、以下のものを参考にさせていただきました。Tobacco Pharming. Tabitha M. Powledge in Scientific American, October 2001, pp25-26. Edible Vaccines. William H. R. Langridge in Scientific American, September 2000, pp66-71.
<怪奇現象を科学しましょう>
最後に、世にも奇妙なお話をひとつ。遠く離れたルーマニアの片田舎のお話です。
首都ブカレストから南西に160キロほど離れた小さな村で、1月から騒ぎが続いています。ある男性が、義理の兄の墓をあばき、遺骸を切り裂いて心臓を取り出し、燃やして灰にした心臓の粉を水に混ぜ、家族で飲んだと言うのです。この男性には、既に亡くなっている人の眠りを妨げた罪で、3年の刑もあり得るそうです。
こんな話は、普通ならニュースにもならなかったでしょう。違法ではあるものの、"吸血鬼(strigoi)" を墓から引きずり出し、徹底的に殺してしまうのは、この南部地方では取り立てて珍しい事ではないのですから。
しかし、警察が介入し、裁判沙汰にもなる勢いである事に、当事者や村人たちは憤りを感じているのです。"吸血鬼を殺して何が悪い?これで人の命が救われたのに" と。
この男性が、義理の兄を "吸血鬼" だと信じるのには、訳があります。まず、埋葬間もなく、彼の息子、嫁、孫が次々と原因不明の病気になりました。吸血鬼が夜な夜な出てきて、家族の血を吸っている証拠です。勇気をふりしぼって墓をあばいた彼の目に映ったものは、横向きになっている遺体と、口のまわりの血のりでした。心臓を焼いた時も、ねずみのようにキューという鳴き声をあげフライパンの上で飛び跳ねましたし、心臓の粉を水に溶かして飲んだら、家族の容態が途端に良くなりました。頭も痛くないし、胸も痛まない。気分もすっきり。これが吸血鬼でなくて何でしょう?
ある穏やかな日曜日、サンノゼ・マーキュリー紙の一面の隅っこに掲載されたこの記事に、筆者は妙にこだわりを感じていました。それは、ひとつに、シリコンバレーからのアウトソーシング(業務移管)先として、かなりポピュラーなルーマニアのことを何も知らないこと。そして、どんなに奇妙に映る人間の行動にも、必ず裏に隠されたロジカルな意味があるからです。数百年間、脈々と受け継がれた "吸血鬼退治(vampire slaying)" にもです。
ここでまずひっかかるのは、吸血鬼の犠牲者は、家族に限られるということです。吸血鬼と言えば、15世紀のワラチア地方の王子Vlad Tepes(ヴラッド・テペシュ)を題材にした "Dracula(ドラキュラ)" を思い起こしますが、実際に狙われるのは、小説やハリウッド映画に出てくる、カウント・ドラキュラの城に舞い込んだ美しい女性などではありません。身内なのです。埋葬して間もなく、墓から出てきた吸血鬼に血を吸われ、気分がすぐれなくなる。
これは、愛する家族を亡くした深い悲しみから来る体の不調なのではないでしょうか。今の言葉で、サイコソマティックな(psychosomatic、心身相関の)現象とでも言いましょうか。また、心臓の粉を水に溶かして飲んだら、気分が良くなったというのも、プラシーボ効果(placebo effect、偽薬でも精神的な面から治療効果があること)とは考えられないでしょうか。
そして、血を吸いに来るというところにも、何かしら象徴的なものを感じます。血は赤い。すなわち、赤は、死んだ側のこの世に対する執着心を表しているのかもしれません。
中国には、墓に赤いろうそくを供える風習があるそうです。赤は主要な七色の中で、最も現世に近いものとされ、赤いろうそくを灯すことで、この世への未練を断ち切れない霊とコミュニケートするらしいのです。言うまでもなく、ルーマニアと中国は文化が異なるわけですが、色に対する価値観には、ひょっとしたら相通ずるものがあるのかもしれません。
ルーマニアには行ったこともありませんが、いつか行く機会があったら、トランシルバニア・アルプスの南に広がる平野地方を訪ねてみたいものです。どこかの村で、吸血鬼退治のひとつやふたつに巡り合えるかもしれません。
あ、そうそう、映画と違って、十字架もニンニクも吸血鬼対策にはならないそうですよ。
夏来 潤(なつき じゅん)