ベイエリアにて:Weird-7サンノゼでお披露目!

2005年10月30日

Vol.75
 

ベイエリアにて:Weird-7サンノゼでお披露目!


 なんとも世知辛い話ですが、10月から、ベイエリアのガス代が、去年に比べ7割も値上げされました。今年の冬は、平均すると4割の高騰と予想されていて、年金で生活しているおじいちゃん、おばあちゃんの悲鳴が聞こえています。
 原因は、ハリケーン・カトリーナだそうです。カトリーナとそれに続くリタは、メキシコ湾沿岸の天然ガス産出を8割近くストップしました。カリフォルニアが調達する天然ガスは南部とは無関係なのですが、全米で取り合いとなり、値上げのとばっちりを受けているのです。天然ガスは、ほとんどが国内生産なので、ちょっとしたことで供給不足に陥るのです。
  ガソリンの次は天然ガスと、予想通り、庶民にとっては悲惨な展開となっています。その上、カリフォルニアの電力の4割は、天然ガスから生み出されているそうで、今後の電気代の高騰も想像に難くありません。
 消費者の自由になるお金(discretionary spending)が減ってくると、せっかく上向きの経済に、少なくとも短期的にはマイナスの波及効果を与えることでしょう。

 さて、そんな暗い話題はさて置いて、今回は、カリフォルニアっぽいお話をならべてみましょう。


<デジタルFM>

 以前、ケーブルテレビComcastの新サービスに加入したお話をいたしました。DVR機(デジタルビデオ録画機兼デジタル放送受信機)をタダで顧客に配布していたので、デジタル放送に加入したぞというお話です(今年2月号の第2話「Comcast対TiVo」)。
 この中で、デジタルテレビ放送が見られるようになったばかりではなく、充実したデジタル音楽放送も楽しめるようになり、ジャズ好きの筆者を大いに満足させてくれている話もご紹介しました。
 コマーシャルフリーで、テレビ画面で選曲をお知らせするので、24時間、絶え間なくご機嫌な音楽が流れています。以前ご紹介したときは45あった音楽チャンネルも、今は55に増えています(Comcastのデジタルチャンネルは、1から999番まであり、音楽チャンネルは900番台にまとめられています。将来の拡張性を考えチャンネルを割り振っているので、すべてが使われているわけではありません)。

 そして、9月末、Comcastは従来の音楽サービスをアップグレードし、地元のFMラジオ局のデジタル放送も始めました。地元の人気FM局30局を選び、ケーブルを介し、いろんなジャンルのラジオ番組をデジタルの音質で放送しているのです。
 実は、Comcastのデジタル音楽放送が手に入った頃から、ひとつの不満が芽生えていました。贔屓にしているジャズ専門のFM局、KCSM 91.1をもっといい音色で聴きたいと(公共放送KCSM局に関しては、今年3月号の第3話「2.4GHzの恐怖」でご紹介)。これがComcastの音楽放送に組み込まれたら、どんなにいいだろうと思っていたのです。だって、今までだと、空中を漂う放送をアンテナで受信するか、インターネットのストリーミング放送に頼るしかなかったわけですから、音質が悪いのです。だから、ケーブルのデジタルFM放送は、とっても嬉しいアップグレードなのです。
 まあ、この新サービスは、従来のFM局の番組をそのままケーブルで流しているので、曲の紹介やトーク、コマーシャルなんかが入っているし、Comcast独自の音楽チャンネルと違って、選曲リストやアーティスト紹介がテレビ画面に出ない難はあります。何も出ない画面というのも味気ないし、暗がりで見ると、何か出てきそうで不気味でもあります。でも、音質はとにかく抜群なのです(写真は、デジタルFMチャンネルを表示するテレビガイド。右上の真っ黒な画面が、普段FMチャンネルで見えている画面)。
 そして、音色から察するに、FM局自体のデジタル化も、かなり進んでいるようです。ちなみに、テレビの方は、2009年4月7日をもって、全米のアナログ放送をぷっつり止めるそうです。

 今回、地元FM局、しかもいつも聴いているKCSMがメニューに加わったことで、筆者の中でのComcast株はぐんと上がりました。勿論、Comcastに対し不満がないといえば嘘になります。それどころか、いつか不満特集でも組もうかと思っているくらいです。けれども、事音楽放送に関しては、満足度は非常に高いのです。
 生きていればいいこともあるのね、そんな気持ちでいっぱいです(ずいぶん大袈裟だなあとお思いでしょうが、幸せってそんなものではないでしょうか。庭のバラがきれいに咲いたとか、今日は夕日がきれいだとか、そういう小っちゃなことの積み重ねなのです。「電車男」じゃあるまいし、世の中、そんなに劇的な毎日ではありません)。


<みんな集合!>

 10月上旬、サンノゼで開かれた"おたくの祭典"、RoboNexus(ロボネクサス)に行ってきました。名前の通り、ロボット好きのエキスポで、今年は第2回になります。開催3日目の土曜日、会場のサンノゼ・コンベンションセンターは、"ロボットおたく"と"おたく予備軍"の子供たちでいっぱいでした。
 ロボットに関しては何の知識もありませんが、新聞に載っていた広告にひかれて、エキスポ参りしてみたのです。なんだかかわいい、鉄腕アトムみたいなロボットが、胸を張って"おいで、おいで"しているように見えたのです。

 会場に入ると、いきなりアメリカとアジアが混在しています。まず、入り口に一番近いブースを、アメリカのiRobotが占拠しています。以前ご紹介したこともある、お掃除ロボット「Roomba(ルーンバ)」の生みの親です(2002年12月号の第2話「おそうじロボット」でご紹介。この時は、一般的な発音からローンバと表記しました)。
 近頃は、Roombaくんの改良版も出され、お掃除の予約設定ができるらしいです。床をゴシゴシ洗ってくれる「Scooba(スクーバ)」という仲間も登場しています。RoombaくんもScoobaくんも、ロボットとはいえ円盤状で、床をノコノコと這い回るタイプです。さしずめ、太った三葉虫でしょうか。会場では、実演コーナーも設けられ、これが結構な人気でした。やっぱりアメリカ人は、実用性を追及するのかも。  



 iRobotブースの後ろには、HiTEC RCDが出展します。韓国に本社のある会社です。ここではいきなり、「Robonova-I(ロボノヴァ-I)」数体でバレエの実演が始まりました。アンドレア・ボチェリのテノールの歌声に合わせ、みんなで手を波のように動かしたり、左右に分かれて側転したり、片足でバランスを取ったりと、きれいに統率の取れた踊り(プログラミング)を披露します。バレエのシークエンスの最初で、両足の屈伸なんかをしているので、ウォーミングアップでもしているのかと思えば、屈伸は、ロボットの大会では規定演技のひとつらしいです。
 この会社は、もともと無線ラジオやサーボモータのメーカーだったようですが、今や、ロボット界では有名企業です。日本でも、Robonova-Iの組み立てキットが9万8千円で売られているのですね。

 会場の中心は、日本ブースで占められています。やはり、ロボットといえば、日本なのです。今回の目玉は、昨年大阪に設立されたロボットプロダクションRobo-Pro(ロボプロ)が出展する、「Chroino(クロイノ)」と「VisiON NEXTA(ヴィジオン・ネクスタ)」です。両方とも二足歩行ロボット(ヒューマノイド)の"有名人"です。筆者が魅了された新聞広告には、実はChroinoが登場していたのです。


 おめめパッチリのChroinoくんは、京都大学の学内入居ベンチャー、Robo-Garage(ロボガレージ)の高橋智隆氏の製作です。高橋氏自らがデモしてくれましたが、とにかく動きが滑らかで、ボール蹴りなんかもお上手にできます。ボールを蹴ったあとは、ご機嫌にイェ~イ!とばかり、高橋氏と"ハイファイブ"なんかしています。
 昨年アメリカのTime誌で、一年で一番クールな発明品にも選ばれたそうで、そんなChroinoくんのお披露目に、子供たちは大喜び。デモが終わって、彼らが最初に質問したことは、"いつになったら売り出されるの?"でした。残念ながら、現時点では、市販の予定はないそうです(それにしても、高橋氏の英語はかなりなものでした。日本に住んでいてあれだけになるとは、やっぱりお利口さんなんだろうなぁ)。

 Chroinoくんに続いて、VisiONくんの登場です。という予定でしたが、何かしらの不具合で、デモは残念ながら取り止めとなりました。オペレータであるRobo-Proの今川拓郎氏も腕を組みます。
 VisiONは、大阪大学を中心とする産学官連携コンソーシアム、チーム大阪の開発です。ロボットによるサッカー競技で有名な、ロボカップ2004リスボン世界大会と、ロボカップ2005大阪世界大会で、連続して世界制覇しているヒューマノイドの名士だそうです。今年は全3種目を制し、ベストヒューマノイド賞も獲得しています。
 デモが見られずザワつく観客に、"制御ソフトがのっかるWindows OSが、ウイルスにやられているかもしれない"との説明。"そうか、Windowsかぁ"と、一同ひとまず納得します。でも、実際に動きが見られなかったのがとても残念でした。


<誰でも作れるロボット>

 RoboNexus会場を歩いていると、なんと、知っている顔が出展しているではありませんか。「あれっ、寺崎さん、何してるんですかぁ?」と声をかけると、彼はすかさず、ご自慢の自作ロボットを差し出します。
 この「寺崎さん」、いや、「かづひさん」は、その道ではかなり有名な方のようで、相棒のロボット「Weird-7(ウィアード・セブン)」は、日本のロボット大会でも話題騒然となったそうです。どうしてって、二足歩行ができるわりに、誰でも簡単に作れそうなロボットだからです。

 「かづひ」こと寺崎和久氏は、高校生の頃から自分でパソコンを改造して製品化するような、いわゆる"コンピュータおたく"でした。今は、シリコンバレーに在住する趣味の発明家とでもいいましょうか。たとえば、HP200LXを日本語化したのは彼なのですが、その他Palm Pilotのスクリーンに貼るキーボードの製品化とか、電源不要の小型ネットワーク・ハブの商品化とか、いろんなことにチャレンジするご仁なのです。
 ロボットに関しては、特に詳しかったわけではないのですが、まだ黎明期にあった二足歩行ロボットの競技大会、第1回ROBO-ONE(ロボワン)を見て、"ふ~ん、俺でもできるかな"と思い、ロボットに初挑戦。それこそいろんな二足歩行ロボットが参加している中で、彼の狙い目はいたって簡単。"俺だったら、実にシンプルに、おもしろいロボットを作ってやるぞ"。
 そこで取り出したのが、ノコギリとドライバー。近くで調達した木材をノコギリでゴキゴキ。どうして木かって、自分で簡単に加工できるでしょ。そして、できあがった木製部品を木ネジとプラスティックバンドで固定し、あとは、一番安いサーボモータを9個、制御用マイコンボードや、単三電池ボックスなんかを取り付ける。
 第1号機は、土日で完成し、月曜の夜、オフィスから戻ってプログラムを書いてみた。試してみたら、いきなり歩いた!少なくともモータ(自由度)は16個、しかも、すぐには動いてくれないのが世の常識。それを見事に打ち破る。

 自作ロボットでROBO-ONE参加を目指す以上、いろんな規定ルールを守らなければなりません。そこで考えたのは、何でもルールの範囲ぎりぎりで作ってやること。たとえば、足のサイズはできるだけ大きく。安定感が増すのです。そして、ROBO-ONEが格闘競技である以上、何かしらの攻撃手段が必要です。それは、器用に動く上半身と、みんなから「くちばし」と呼ばれた長?い腕です。それで相手をポンッ。
 歩行のメカニズムにも意外な盲点がありました。それまでのロボットは、スムーズな歩行を意識したがゆえに、足首が自由になるようにモータが取り付けられていました。ところが、歩く際の負荷で、足首が壊れるハプニングが続出。それなら、足首からモータを取ってしまえ!けれども、それでは大きな足の裏が地面につっかえ、歩行できないではないか。そこで考えたのが、体を左右に振りながら片足を浮かすという独特の動き。思わず笑みがこぼれるユーモラスな歩き方は、ここから生まれたのです。
 もともと体を大きく左右に揺らす構造なので、Weird-7はカニの"横歩き"も得意。そして、仰向けに寝転がった姿勢から"起き上がり"もできるし、なんと、その頃は前代未聞だった"前転"という大技も持っているのです。ぎこちない動きのわりに、体は意外としなやかなのです。ROBO-ONE会場では、"オ~ッ"という驚きの声とともに、みんなから、親しみのこもった「キョロちゃん」という愛称までいただきました。

 大技を見てみたいという方には、IT情報ポータルITmedia上で、こばやしゆたか氏の記事の中に、最適な映像があります。
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0510/11/news054_4.html
 一方、実際に動かしてみたいという方は、寺崎氏ご自身のサイトでどうぞ。インターネット経由で、赤の他人が、ご自宅に置いてあるWeird-7に指示が出せるという、二足歩行ロボットとしては世界初の試みです。1時間に1回は、誰かしらアクセスしているそうです。これを立ち上げて2年半となりますが、いまだに壊した人はいないとか。
http://www.kaduhi.com/weird-7/remote.html

 そして、第3回ROBO-ONE(2003年2月)に登場したWeird-7は、今年9月、待望の組み立てキットとして販売開始となりました。ROBO-ONE会場で、寺崎氏が宣言したとおり、3万円を切るという破格の値段です(共立電子産業より税込み29,988円。制御プログラムと組み立てマニュアルが入ったCD-ROM付き)。その安さに、あっという間に発売5日で売り切れ、すぐに増産されています(写真は、右が製作1号機、左が市販の組み立てキット)。


 Windowsベースの制御プログラムも、とても簡単にできています。制御画面左下のメニューでは、プログラム組み込みの動作を走らせることができます。前後左右に歩くとか、左右に旋回とか、"起き上がり"の技とか。画面の右側では、自分で好きな姿勢をキャプチャしながら、自由に動作のシークエンスを作っていくことができます。モーションの合間は、自動的に補完してくれるので、スムーズな動きとなります。ひとつひとつの動きに違った速度を設定するなど、いろんな楽しみ方があるのです。

 この愛嬌たっぷりのWeird-7が登場したお陰で、半年後、ROBO-ONEにはジュニア部門が新たに誕生しました。お父さんと子供、兄弟同士など、身内が集まって二足歩行ロボットを作り、中学生以下の操作で競い合う部門です。モータ数が少ない比較的簡素なロボットでも、アイデア次第でいかようにもできるというのがモットーなのです。Weird-7の貢献度高し!
 小さい頃、外を駆け回り、家にこもってレゴやプラモデルに凝ることもなかった筆者ですが、もしかしたら、Weird-7を完成できるかもしれないなぁ。

追記:ロボットのお話は、さらに「おまけの話」で続きます。


<ブリンって何?>

 "ロボットおたく"のコンベンションの翌週、久方ぶりにウィンドーショッピングに出掛けてみました。サンノゼ市で一番大きな、バレーフェア(Valley Fair)というショッピングモールです。ここは、スタンフォード大学のお隣にある、スタンフォード・ショッピングセンターと同じくらいの売り上げを誇る、大型モールです。最近、改造計画も完了し、きれいになって、売り場面積も倍増しました。向かい側には、おしゃれなレストランやブランド店と、ヨーロッパ風の居住空間が混在するサンノゼの新名所、サンタナ・ロウ(Santana Row)なんかがあります。

 このバレーフェアには、シリコンバレーでも有名な宝石屋さんがあるのですが、その店の前で、美術館の宝飾コーナーよろしく、うやうやしく飾られる腕時計を眺めていると、後ろから若いカップルの声が聞こえてきます。「あ~ら、ここにブリンがあるわぁ」と女の子。すると、彼氏が「うちの親父が、こんなの持ってるんだよね」と答えます。
 このブリンとは、いったい何でしょう?実は、ブリンは、正しくはブリン・ブリン(Bling-Bling)と言います。昨年大流行した言葉で、金銀やダイヤモンドなんかが、ギラギラ、ピカピカ輝くことを言います。たとえば、音楽の世界で、ラッパーが太い金のネックレスやら、大きなビカビカ光るペンダントやらを首から下げている、それがブリン・ブリンの代表例です。
 バレーフェアの若いカップルは、ダイヤが散りばめられた純金のロレックスを指し、ブリン・ブリンと表現していたのです。彼らにとっては、ラッパーであろうが、弁護士や会社の重役であろうが、ピカピカするものを身に付ければ、それはブリン・ブリンなのです。
 そして、どうやら最近は、そのブリン・ブリンを省略し、ブリンと言うらしいのです。筆者は初めて聞きましたが、確かにブリンは、効率を求めるティーンにはぴったりな表現ですね。

 11月からレギュラーシーズンが始まるプロバスケットのNBAですが、9月末、リーグはこんなお達しを出しました。プロの選手たるもの、ひとたび試合が行われるアリーナに足を踏み入れたら、帽子やブリン・ブリンは脱ぎ捨て、きちんとスーツに身を包むように。
 8割方アフリカン・アメリカン(黒人種)の選手が占めるNBA。当然、選手からはブーブーと文句が出ましたが、リーグ側は再度お達しを出します。「ダメダメ、ちゃんとスーツじゃなきゃ」。地元の白人スポーツキャスターからは、これは人種的偏見であり、人権の侵害であると、すかさず批判の声が上がります。

 一方、シカゴWhite Soxが制覇した大リーグのワールドシリーズですが、シリーズ開幕を前に、White Sox井口資仁選手のバッティング練習をテレビで見かけました。なんと彼は、サングラスメーカーOakleyの出す音楽プレーヤ、"Thump(サンプ)"を愛用しているではありませんか(昨年の歳末商戦に登場した製品で、カラフルなサングラスのつるに、小型音楽プレーヤとイヤホンが付いています。オリジナルの256MB4種に加え、今年、120曲入る512MB3種が追加されています)。
 多分、Thumpそのものはブリン・ブリンじゃないと思いますが、野球選手だって、目立つものには目がないのです。派手なことで有名な新庄選手じゃありませんが、やっぱりプロというもの、目立ってナンボの世界ではないでしょうか。


<おまけの話:ロボット好きの方へ>

 サンノゼのRoboNexusエキスポに出展していたiRobotですが、この会社は、家庭用ロボットだけではなく、軍事用ロボット「PackBot(パックボット)」も作っています。ご存じ、火星探査機スピリットみたいな形のロボットで、人間になり代わって、敵地の偵察や爆弾処理をします。制御ユニットのモニターを見ながら、人間が遠くから無線でコントロールします。
 米国国防総省は、このPackBotがいたく気に入り、今年初め、150台(約20億円分)を追加注文しています。今まで殉職したPackBotは、"PackBot129号、2004年4月8日イラクで没す"と、iRobot本社の壁面に奉られているのです。
 そして、次世代の軍事ロボットは、人間が1台を制御すれば、数百台もが同時に働いてくれるようになるそうです。敵地に散らばったロボットが、ゴショゴショと互いに連絡を取り合い、自分たちの裁量で動くようになるのです。そして、敵地で見てきたことを、漏れなく人間にご報告です。

 一方、近頃、すっかり話題にのぼらなくなった火星探査機スピリットですが、双子のオポチニティーとともに、いまも元気に火星で活躍しています。ふたりの近況報告をどうぞ。
 昨年1月3日、ファンファーレとともにグーセフ・クレータへの着陸が報道されたスピリットは、さっそく写真撮影をしたり、分光計で成分分析をしたりと、重大なミッションに就いたわけです。その後ちょっと不調な時期もありましたが、めでたく回復し、半年かけてグーセフの平野を3キロ歩き続けたのち、昨年6月から、コロンビア・ヒルズの登山に挑戦しています。このあたりは、どうやら火星誕生の秘密を持った場所らしいのです。
 そして、今年1月、コロンビア・ヒルズ最大級の丘、標高200メートルのハズバンド・ヒルへ登り始め、8月末、見事てっぺんにたどり着きました。ここでパノラマ写真を撮ったり、あたりを探索したりのお仕事のあと、現在は、ハズバンド・ヒルのあちら側に下山を始めているところです。
 まあ、ひとことで登山といいますが、岩がゴロゴロの火星の表面、障害物と格闘しながら、なおかつ急な斜面を上り下りというのは、ロボットの身には並大抵のことではありません。パノラマカメラと巡行カメラを収める長い首で、重心が高いので、ころげ落ちないように体を前後に動かしながら、そろりそろりと歩を進めます。こうして山の頂に立つスピリットは、まさに、孤高の人なのです。

 スピリットにも増して、オポチュニティーは波乱万丈な人生を送っております。昨年1月24日、メリディアーニ平原にあるイーグル・クレータに着陸したオポチュニティーは、お得意の写真撮影や探査を行いながら、ふた月後ここを無事に脱し、南東方向にあるエンデュアランス・クレータにたどり着きました。昨年6月、クレータを下り始めましたが、半年かかって、この直径130メートルのクレータを脱出しております。
 今年前半は、先達の探査機にあやかったヴァイキング・クレータやヴォエジャー・クレータを訪れ、表面の調査をしたりしていましたが、その後、砂丘につかまって、大ピンチ!一時は車輪が半分砂にめり込み、40日間立ち往生しながらも、自力で何とかここを抜け出し、今はまた別のクレータ、エレバスのまわりを注意深く走行しているところです。このクレータは、直径300メートルの大物です。
 最初に降り立ったイーグル・クレータの科学データを地球人が解析した結果、火星には太古、水が存在していたことがほぼ確実となりました。その後、地球以外の惑星で初めての隕石の調査も行うなど、オポチュニティーのお手柄は続きます。

 当初は3ヶ月といわれた寿命ですが、ふたりの壮健ぶりに、地球人はびっくり。今まで走行した距離は、スピリットが5キロ、オポチュニティーが6キロを超えています。
 二度と地球には戻って来ないふたりに、どうか、一日でも長生きしてちょうだいと願うのは、NASAの探査チームだけではないのです。

追記:火星探査の立役者、コーネル大学のスティーヴ・スクワイヤーズ博士は、今年8月、探査プロジェクトの誕生から昨年9月までの探査機の探検を描いた本を出しました。Roving Mars: Spirit, Opportunity, and the Exploration of the Red Planet (Hyperion Books, August 2005)です。本の7割近くは、探査機が打ち上げられるまでの苦労話に費やされているそうで、彼の情熱がひしひしと伝わってくる作品だそうです。


夏来 潤(なつき じゅん)

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