The パート2 (「ザ・定冠詞」 ふたたび)
先日、「定冠詞 the 」のお話をいたしました。
すると、これを読んでくれたお友達が、こんな意見を送ってきてくれました。
わたしも、アメリカの学校では定冠詞でとても苦労したけれど、一番記憶に残っているのは、こういう the の使い方ですと。
I want to go to the beach.
(わたしビーチに行きたいわ。)
I need to go to the bank.
(わたし銀行に行かなくちゃいけないの。)
そう、こういう場合は、どこのビーチとか、どこの銀行(支店)とか決まっていないのに、the を付けなければならない。固有名詞や特定の場所という定冠詞のルールには則していないのに。
それが、ちょっと理解に苦しみますよねと、彼女は言っていました。
たしかに、ビーチや銀行には、慣用句のように the を付けます。
つまり、go to the beach とか、go to the bank という風になります。
同様に、病院とかお医者さんにも the を付けます。
I have to go to the hospital.
(病院に行かなくっちゃ。)
I should go see the doctor.
(先生に会わなくっちゃ。注: この文中の go see というのは、go to see の簡略形です。)
(ちなみに、上の海の写真は、シリコンバレーから1時間ほど南にある観光地、モントレーの海岸です。パシフィック・グローヴという小さな半島沿いの遊歩道で撮りました。)
その一方で、ややこしいことに、the を付けない場所もあります。
たとえば、学校や教会には、the は付けません。
I go to school every day.
(わたしは毎日学校に行っています。)
I go to church every Sunday.
(毎週日曜日には、わたしは教会に行きます。)
このように、the が付かない場所もあるものですから、こればっかりは、慣れるよりしょうがないのです。お友達もこう言っていました。こういうのは、日本語の「てにをは」みたいに、感覚的に覚えるしかないんですよねと。
もしかしたら、言語学的には何かしらの法則があるのかもしれませんが、一般人にはわかり難いです。やはり、人間の言葉ですから、規則どおりに何でもカチカチと決まっているわけではないのかもしれませんね。
ちなみに、「学校に行く、go to school 」には、おもしろい表現があって、「この学校に通っている」というのを、go here と言ったりもします。
I go here.
(わたしこの学校に通ってるの。)
Do you go here? (あなたはこの学校に通っているの?)なんて質問されたりしても、びっくりしないでくださいね。
さて、話は変わりますが、前回の「ザ・定冠詞」では、道路のお話をいたしました。果たして、フリーウェイの号数に the を付けるのか、付けないのか。101号線は、「 the 101 」なのか、それとも、単に「 101 」なのかと。
前回は、北カリフォルニアでは the を付けないのに対し、南カリフォルニアでは the を付けるというご説明をいたしました。
このお話は、シリコンバレーの地元紙サンノゼ・マーキュリー新聞を参考にさせていただいたのですが、そんな重要な問題提起をした同紙の交通欄では、先日、読者による投票が行われました。北と南は、どっちが正しいのかと。
すると、それが大反響を呼びました。もちろん、96パーセントの人は「絶対に the なんか付けない!」という反応だったのですが、そんな地元住民の熱い意見をどうぞお聞きくださいませ。(2008年6月14日付、サンノゼ・マーキュリー新聞より)
NO NO NO NO NO NO. And NO ! Understood ?
(いや、いや、いや、いや、いや、いや、そして、いや!わかったわね!)
(注: 絶対にイヤだという意思表示をするときには、このように、No を7回繰り返すことがあります。ゴロがいいんですよね。)
それにしても、この方は、南の習慣がよほどお気に召さないようですね。
こういう女性もいらっしゃいました。息子がロスアンジェルスの大学に行ったとたん、フリーウェイに the を付けるようになってしまった。だから、こう言い放ったのだと。
I told him I wouldn’t tolerate that language in my house !
(彼には「わたしの家では、そんな言葉は許されないのよ」と言ってやったわ。)
「LAイズム」、つまり「ロスアンジェルス信仰」を問題にする方もいらっしゃいました。
Creeping L.A.–isms are invading our airwaves !
(忍び寄るLAイズム(ロスアンジェルス信仰)が、わたしたちの電波を占領しようとしている!)
この方は、サンフランシスコのラジオ局の放送を聞いていたら、フリーウェイ380号線に the が付けられていて、非常に憤慨したというものでした。
「 The を付けるのは、SoCal(南カリフォルニア)だけにしてくれ。だって、あっちの真似なんかしていたら、気が付かないうちに、交通渋滞だろ、スモッグだろ・・・そんな悪いものが全部押し寄せて来るよ。」
それから、こんなご意見も。
Adding “the” to freeway numbers is purely an L.A. thing, and it hurts my ears.
(フリーウェイの号数に the を付けるのは、純粋にロスアンジェルスの習慣だよ。そんなのを聞いてると、耳が痛くなってしまう。)
この方は、テレビコマーシャルに余計な the を聞き取り、非常に憤慨したそうですが、このコマーシャルがロスアンジェルスで作られたに違いない事実に、大いなる憤りを感じているのです。ベイエリアにやって来てまで、我々の仕事を奪い、その上、彼らのおかしな言葉を押し付けるなんて。
How dare they come up to the Bay Area, steal our jobs in advertising and try to force their funny language on us !
(注: How dare ~ というのは、「よくもまあ、そんなことができたもんだね」というような、毒づくときの慣用句です。)
一方、こんな冷静なものもありました。
まあ、the Santa Monica Freeway (サンタモニカ・フリーウェイ)だとか、the Golden State Freeway (ゴールデンステート・フリーウェイ)だとか、ニックネームを聞けばだいたいの場所はわかるわけだけれど、405号線のことを the San Diego Freeway (サンディエゴ・フリーウェイ)と名付けてしまうような人たちを信用できる?
だって、サンディエゴ・フリーウェイなんて、1マイルたりともサンディエゴ郡を通っていないんだよ。
Can you trust a group of people who named 405 “the San Diego Freeway” even though not a single mile is in San Diego County?
そして、そのサンディエゴからは、こんな投稿がありました。
これって「LAイズム」の最たるものなんだけど、僕みたいなサンディエガン(サンディエゴの住民)は、ロスアンジェルスと十把ひとからげにされるのが、何よりもイヤなんだよ。
This is L.A.–ism, and there’s nothing a San Diegan like me hated more than to be lumped in with L.A.
だから、この「後退した言語表現」が、ロスアンジェルスからメキシコ国境まで根付いているのを見ると、悲しくてしょうがないのだと。
なんでも、フリーウェイの号数に the を付ける習慣は、ロスアンジェルスの南にあるサンディエゴに限らず、北に位置するサンルイスオビスポ( San Luis Obispo )辺りでも息吹いているそうです。
サンルイスオビスポは、ロスアンジェルスとシリコンバレーのほぼ中間地点にあり、学生の集まる大学街( California Polytechnic State University、通称 Cal Poly のお膝元)としても有名なところです。
(写真はこの街の観光スポット、1772年に創設されたサンルイスオビスポ・ミッション、San Luis Obispo de Tolosa です。)
だとしたら、SoCal (南カリフォルニア)と NorCal (北カリフォルニア)の境界線はいったいどこ? フリーウェイに the を付ける(変てこな)習慣は、いったいどこまで侵食しているの?
マーキュリー新聞の交通担当記者ゲリー・リチャーズさんによると、観光地として有名な、海沿いのモントレー( Monterey )辺りではないかと。
でも、それだと、かなりシリコンバレー寄りではありませんか・・・
追記:日本でも、スターバックスを「スタバ」と呼ぶとか、ミスタードーナッツを「ミスド」と呼ぶとか、地域によっていろいろと違いがあるようですが、その境界線はいったいどこなのかって興味がありますよね。
「うどんの汁が濃い、薄い」の境界線は、名古屋辺りだというようなテレビ番組を観た記憶があるのですが、言葉にしても、習慣にしても、地域性というものは大事にすべきだと思います。だって、国中全部が同じだったら、まったくつまらないですものね。
ところで、数年前、ロスアンジェルス近郊のフリーウェイについて、風変わりなお話を書いたことがあります。110号線(通称ハーバー・フリーウェイ)から5号線(通称ゴールデンステート・フリーウェイ)への分岐箇所についてですが、ここでの問題を解決しようとアーティストのヒーローが現れたお話です。
興味のある方は、こちらへどうぞ。3つ目のお話「アーティストに見習え」です。
ちなみに、このお話に出てくる5号線( Interstate 5 )の看板とは、こんなものですね。
そうそう、ご説明するのを忘れておりましたが、フリーウェイの名前にもなっている「ゴールデンステート( the Golden State )」というのは、カリフォルニア州のニックネームですね。1848年の金の発見に始まる、ゴールドラッシュから来ているのでしょう。