To the moon and back(月へ行って、戻ってくる)
<英語ひとくちメモ その169>
新しい年が明けました。
新年のスタートと同時に能登半島では大地震が起き、羽田空港では航空機衝突事故が起き、なにやら暗雲たち込める一年の始まりとなりました。
とくに能登半島で被害に遭われた方々には、一日でも早く元の生活に戻れるように心よりお祈り申し上げます。
さて、今年最初の英語のお話は、to the moon and back
直訳すると、「月に行って、戻ってくる」。
一般的には、このように使います。
I love you to the moon and back
これは、「あなたをとっても好きです、愛しています」を誇張した表現になります。
つまり、「地球から月に行って、月から地球に戻ってくるような遠い距離ほど、あなたのことを想っています」といった感じ。
地球から月への距離は、平均すると38万5千キロメートルだそうなので、往復で77万キロ。77万キロを行って帰って来るほど、あなたを深く想っているのです、という表現になります。
遠いということは、愛が深い。よく子どもが「こ〜んなに好きなんだよ」と言いながら両腕を広げることがありますが、それを言葉で大袈裟に表したものですね。
日本語で「愛している(love you)」というと、一般的に恋愛感情をさしますが、英語では必ずしも恋人同士の愛情とは限りません。親子でも兄弟姉妹でも、親友同士でも、とっても大切な人への想いには love を使います。
ですから、お母さんが息子に向かって I love you to the moon and back と言っても、何の違和感もありません。
そう、このお話を書こうと思ったきっかけは、カリフォルニア州サンノゼ市のご近所さんにありました。
彼女は、斜め前(diagonally across the street)に住むご近所さん。感謝祭(Thanksgiving)や復活祭(Easter)と親族で開くイベントに招待していただいたり、ご近所さんが定期的に集うランチでご一緒したりと、「斜め前同士」で過ごした23年間、大変お世話になりました。
そして、わたしが日本に戻って来てからも、事あるごとに、メールで近況を報告し合っています。
梅や桜が咲いたとか、山の紅葉がきれいだったよと写真を送ってさしあげると、愛用のiPadでじっくりとご覧になって、一枚ごとに丁寧に感想を述べていただいています。
とくに日本の紅葉は、なかなかカリフォルニアではお目にかかれないもの。「息をのむようだわ(Breathtaking)! そちらには訪れるべき名所がたくさんあるわね(You have so many beautiful places to visit) シェアしてくれてどうもありがとう(Thank you so much for sharing)」と返信をいただきました。
そんな彼女が、孫が3歳にもならない頃に「おばあちゃんは、スーパーマンより強いんだよ(Grandma is stronger than Superman)!」と言ったことを思い出して、昔を懐かしがっていたのでした。
毎年クリスマスの時期、サンノゼ市の中心部は、クリスマス公園(Christmas in the Park)として市民の憩いの場となります。アイスリンク(写真)も設けられ、ヤシの木の下でアイススケートもできるようになるのですが、そこで遊ばせていた孫が「僕のパパは強いけど、おばあちゃんはスーパーマンよりも強いんだよ」と宣言したんだとか。
すると翌日、「もっと思い出したわ」とメールを送ってきて、「スーパーマンより強い」コメントの背景を説明してくれたのでした。
なんでも、その頃は彼女の娘も忙しくて、なかなか孫にかまってやれず、そうなると孫が「ねえ、ママが遊んでくれないんだ。おばあちゃん、来てくれる?」と電話をかけてきたそう。娘一家は車で20分ほどの距離に住んでいたので、すぐに飛んで行っては、孫をすくい上げて抱っこしてあげたのでした。そんな力強い抱っこの印象があって、「おばあちゃんはスーパーマンよりも強い!」になったようですね。
孫を抱っこしてあげる時には、I love you to the moon and back と言いながら愛情を注ぎます。
すると、孫はこう返してくれたそう。
I love you to Mars and back
「火星に行って帰ってくるくらい、おばあちゃんが大好き!」というわけです。
そうなんです、この I love you to the moon and back には、面白い返答の仕方があって、もっと遠い距離を使って「(僕の方が)もっと好きなんだよ」と返すんです。
つまり、孫は3歳にも満たない頃に、すでに月と地球よりも、火星と地球の距離が大きいことを知っていた! ということになるのです。
地球から火星への距離は、平均すると2億2千5百万キロメートル。往復では、4億5千万キロ。往復でも77万キロしかない月と地球の距離とは比べものにならないほど、火星は遠い。
彼女の孫は、3歳にしておばあちゃんを喜ばせる方法を論理的に知っていた、というわけなのです。
実は、このお孫さんには、以前「エリックくん(仮名)」としてエッセイ『学校は卒業しなくても』に登場していただいたことがありました。
あまりにもお利口さんなので、14歳でカリフォルニア州立大学バークレー校(UCB)の大学院に入学し、16歳でマサチューセッツ工科大学(MIT)の博士課程に入ります。
その後、仲間と起業して成功し、学校には戻らず、実社会で生きている好青年。そんな青年は、小さい頃から地球と月や、太陽系にある惑星との関係などは把握していらっしゃったのでしょうね。
と、お話がそれましたが、I love you to the moon and back
語源を調べようと、Dictionary.com というサイトを読んでいたら、1979年の法廷劇『Nuts』にこんなセリフがあったと書いてありました。
わたしが小さい頃、彼女にはこう言っていたものだわ。 I love you to the moon and down again and around the world and back again(月へ行って帰って来て、世界をグルッと回って戻って来るほど、あなたが大好き)
すると、彼女はこう言ってくれるの。 I love you to the sun and down again and around the stars and back again(太陽に行って戻って来て、星の間をグルッと回って戻って来るほど、あなたが大好きよ)
いずれにしても、宇宙開発などで宇宙への関心がふくらんだ時期、地球上を離れて宇宙スケールの表現を編み出そうと、「月へ行って戻って来るほど、あなたが好き」と言い出した方がいらっしゃったのでしょう。
最初は、え、なんだって? と聞き返されていたんでしょうが、1990年代になると、なかなかクールな表現だね! と、一気に広まったようです。ご近所さんのお孫さんが3歳だったことを考えると、きっと1990年代というのは正しいのでしょう。
I love you to the moon and back
なかなかロマンティックな表現ですよね。
恋人だけではなく、家族にも使えるので便利な表現でもあります。
実際に使うかどうかは別として、覚えておいて損はないでしょう。